第45話 星屑のダンス(前編)
パーティー会場の前は、すでに色とりどりのドレスや正装に身を包んだ生徒たちで溢れ、華やかな熱気に包まれていた。
しかし、ある一角だけぽっかりと空間が空き、周囲からの熱を帯びた視線が集中している場所があった。令嬢たちが頬を染めてキャアキャアと遠巻きに見つめ、令息たちでさえ感嘆の眼差しを向けている。
その中心に立っていたのは、リュシアン殿下とテオ様、そしてルーカスの三人だった。
「お待たせいたしました、殿下」
ロザリアが声をかけると、殿下の顔がパッと華やいだ。
「ああ、ロザ。今夜の君は一段と美しい。僕の目に映るのは、君の輝く姿だけだ」
「……もう、殿下ったら、皆さまが見ておりますわよ!」
照れ隠しのように扇で口元を隠すロザリアに、殿下は優しく、そしてスマートに腕を差し出した。
二人が腕を組み、テオ様が呆れたような、それでいてどこか微笑ましい表情を浮かべながらその後ろに続き、三人は会場へと足を踏み入れていく。
幸せそうな親友たちの背中を見送り、私はそっと息をついてから、目の前に立つ青年に向き直った。
「お待たせいたしました、ガランド様」
「……いえ。シェイン様、その……とても、素敵だね」
普段の制服姿とは違う、仕立ての良い夜会服に身を包んだ彼が、静かに目を細める。その瞳が私のドレス姿をそっと辿るように見つめた。
「ありがとうございます。ガランド様も……とても素敵です」
彼がスッと差し出してくれた腕に、そっと手を添えて歩き出す。
重厚な扉を抜け、二人で会場に足を踏み入れた瞬間、周囲の空気が変わったのがわかった。
「ねえ、あの方……連日のお誘いを全て断っていたガランド様じゃない?」
「お隣の方は、シェイン伯爵令嬢……?」
さざ波のように広がるどよめきと、あちこちから突き刺さる好奇の視線。
無理もない。あれほど令嬢たちの誘いを躱していた彼が、私にエスコートの腕を差し出しているのだから。
緊張で思わず肩が強張った私に気づき、ルーカスは添えられた私の手を、安心させるように優しく包み込んでくれた。
「大丈夫。僕だけを見ていればいいから」
「……うん」
その落ち着いた声に不思議と心が軽くなり、私はピンと背筋を伸ばして彼と共に会場の奥へと進んだ。
ファーストダンスが始まるまでには、まだ少し時間がある。
私たちは壁際にある立食のテーブルへ移動し、色鮮やかな軽食や果実水を楽しんだ。
「このカナッペ、すごく美味しいわ」
「本当ですね。シェイン様、あちらのタルトも取ってきましょうか?」
「ふふ、ありがとうございます。でも、ダンスの前にお腹がいっぱいになってしまいます」
他愛のない会話を交わしながら、二人で笑い合う。
周囲の視線もいつの間にか気にならなくなり、ただ彼と一緒に過ごすこの時間が心地よかった。
しかし、ホールの中央で楽団が楽器のチューニングを始め、いよいよファーストダンスの時間が近づいてくると、途端に心臓がドクドクと大きな音を立て始めた。
(どうしよう、すごく緊張してきた……)
手のひらにじんわりと汗をかいているのを感じた私は、一度心を落ち着かせるために小さく息を吐いた。
「申し訳ありません、ガランド様。少しだけ、化粧室へ中座してもよろしいかしら」
「もちろん。ここで待っていますよ」
彼の優しい笑顔に見送られ、私は足早に会場の端にある通路へと向かった。
人の熱気から離れ、少しひんやりとした廊下に出たところで、ふぅっと長く息を吐き出す。
身だしなみを整えようと歩き出した、その時だった。
「……ひぐっ、うぅ……」
人気のない廊下の隅から、微かに押し殺したような泣き声が聞こえてきた。
不思議に思って足を止め、声のする方へと近づいていく。
そこには、私より少し幼い顔立ちをしたご令嬢が、壁に寄りかかるようにしてうずくまり、ポロポロと大粒の涙をこぼしていた。




