第41話 パーティーの足音
サロンの窓際席に用意されたテーブルでは、いつものように甘い紅茶の香りと、令嬢たちの華やかな笑い声が弾けていた。
「それにしてもリリア様、先日は本当に大変でしたわね」
ふわりと上品に微笑みながら紅茶を口にしたのは、マーガレット様。その隣では、アイリス様もコクリと頷いている。
「ええ。アシュトン様との噂をお聞きした時は、私たちも驚きましたけれど……まさか、殿下によるサプライズのための極秘任務だったなんて!なんてロマンチックなのかしら」
「あはは……ご心配をおかけしました」
うっとりと両手を組むアイリス様に、私は引き攣りそうになる頬を必死に抑えて愛想笑いを浮かべた。
チラリと隣を見ると、ロザリアも扇子で口元を隠しながら、私と同じように微かに苦笑いを浮かべている。
実際のところは、胃に優しい茶葉を探し回っていただけの、ロマンチックとは程遠い一日だったけれど……。
しかし、ここで真実を話すわけにはいかない。私は令嬢らしい微笑みを浮かべた。
「ええ、まあ……殿下の綿密な計画のおかげで、無事に誤解も解けましたから」
「殿下ったら、本当に手が込んでいるのだから。私もすっかり驚かされてしまいましたわ」
ロザリアが嬉し恥ずかしそうに頬に手を当ててみせると、マーガレット様とアイリス様は「まあっ!」「素敵ですわ!」とさらに盛り上がった。
さすが未来の王妃様は、惚気演技も見事である。
「でも、リリア様が嫌な思いをされなくて本当に良かったわ。もし誰かがリリア様を悪く言うようなことがあれば、わたくしたちが黙っていませんでしたけれど」
「マーガレット様の言う通りです。リリア様には、いつも助けていただいてばかりですから」
二人の心からの温かい言葉に、私は胸がじんわりと熱くなるのを感じた。
かつては少し距離のあった彼女たちと、こうして美味しい紅茶と焼き菓子を囲み、他愛のないおしゃべりを楽しめる日が来るなんて。
「ありがとうございます、お二人とも。……この新作のクッキー、とても美味しいですね。アイリス様も、お一ついかがですか?」
「まあ、嬉しい。いただきますわ!」
和やかな空気の中、話題は最近の授業のことやドレスの流行色など、令嬢らしい平和なものへと変わっていく。
お茶会が終盤に差し掛かった頃、マーガレット様が扇子をパチンと閉じ、思い出したように言った。
「そういえば皆様。あと一月もすれば、いよいよ修了パーティーですわね!」
その言葉に、テーブルの空気が少しだけ浮き足立ったものに変わる。
修了パーティー。それは学年末を締めくくる、学園で最も華やかな夜会だ。
「ロザリア様のパートナーは、当然リュシアン殿下ですわよね。今年もお二人が踊るお姿を拝見できるのが楽しみですわ」
「ふふっ、ご期待に応えられるよう、今からステップの練習をしておかないとね」
ロザリアが優雅に微笑むと、マーガレット様の視線が、今度はスッと私の方へ向けられた。
「それで……リリア様は?もう、エスコートのパートナーはお決まりになって?」
「えっ、わ、私ですか!?」
「ええ。アシュトン様とはただのご友人だったとしても……生徒会に名を連ねる皆様は、令嬢たちの憧れの的ですのよ。リリア様は生徒会の方々とも面識がおありなので、どなたか候補がいらっしゃるのではなくて?」
興味津々といった様子のマーガレット様に、アイリス様も身を乗り出してくる。
「わたくし、ガランド様がよろしいのではないかと思いますわ!」
「ガ、ガランド様……!?」
「ええ。最近よくお二人でお話しされているところをお見かけしますし……実際のところ、どうなのですか?」
「なっ……!」
アイリス様の無邪気でストレートな質問に、私は赤面した。
(幼馴染だということを隠して、他の方々と同じように接しているつもりだけど、そんな風に仲良く見えちゃってるの!?)
先日の、温室での少し拗ねたような彼の顔がフラッシュバックする。
「そ、そんなことないですよ!た、ただの同級生として言葉を交わすくらいですし、私なんかエスコートしたって向こうは面白くないというか……そのっ」
しどろもどろになって否定する私を見て、事情をすべて知っているロザリアが「ふふっ」と楽しげに笑い声を漏らした。
「あら、そうかしら?私はアイリス様に賛成だわ。……彼はファンクラブまであるくらいの人気者ですから、モタモタしていると、他の令嬢に取られてしまうかもしれないわよ?」
ロザリアのからかうような、けれど本質の混じった言葉に、私の心臓は大きく跳ねた。
あと一ヶ月。ルーカスが他の誰かをエスコートして、楽しそうに笑い合いながら踊っている姿を想像する。
(……そんなの、絶対に嫌だ)
自分の胸の奥に芽生えた独占欲に気づき、私は膝の上で両手をギュッと強く組み合わせた。
賑やかなお茶会のテーブルで、密かに修了パーティーまでの残り時間を数えていたのだった。




