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第35話 ティータイム

 冬休みが明け、活気を取り戻した王立学園。

 私はロザリアと共にサロンに向かって歩いていた。

 

「リリア、冬休み中は全然会えなくて寂しかったわ。風邪はもう良くなったの?」

「ええ、心配掛けてごめんね。もうすっかり元気よ!」

 

 心配そうに覗き込んでくるロザリアに、私はニコリと笑い返した。

 他愛のない会話を交わしながらサロンの入り口へと差し掛かった、ちょうどその時。

 

「やあ、ロザにリリア嬢。奇遇だね」

 

 ふわりと軽い空気を纏った声が降ってきた。

 振り返ると、そこには薄茶色の髪を優雅に揺らすリュシアン殿下と、その後ろに控えるテオ様、そしてルーカスの三人が立っていた。

 

「あら、殿下。ごきげんよう」

「ごきげんよう。皆様、お久しぶりですね」

 

 ロザリアと私が軽く会釈をして挨拶を返すと、殿下はいつものように周囲の空気を甘く染め上げるような微笑みを浮かべた。

 

「それにしても、休暇中はロザに会えなくてひどく退屈だったよ。新学期が待ち遠しくて仕方がなかった」

「も、もう、殿下ったら!妃教育で毎日のように王宮に通っていたので、顔は合わせていたじゃありませんか……!」

 

 ほんのりと頬を染め、ツンツンと少し早口で言い返すロザリア。

 言葉とは裏腹に、彼女の瞳が嬉しそうに揺れているのを、私たちは微笑ましく眺めていた。

 

「立ち話もなんだし、中に入ろうか。今日は冷えるからね」

 

 殿下のエスコートで、私たちは連れ立ってサロンへと足を踏み入れた。

 

 新学期のサロンは、休暇中の土産話に花を咲かせる学生たちで大いに混雑していた。

 大きな石造りの暖炉には赤々と薪が焚かれ、パチパチと心地よい音を立てて空間全体を暖かく包み込んでいる。私たちは運良く空いていた暖炉前の大きなソファ席に腰を下ろした。

 

「私、あちらのワゴンで皆様のお茶菓子を見繕ってきますね」

「あ、それならお供しますよ。女性にトレイを運ばせるわけにはいきませんから」

 

 私が立ち上がると、ルーカスもスマートに立ち上がり、ごく自然な動作で私の隣に並んだ。

 人気者の彼と並んで歩くだけで、周囲の令嬢たちから羨望の眼差しが向けられているのを感じる。

 

 サロンの中央にある、色とりどりのマカロンや焼き菓子が並ぶワゴン。そこでトレイを手にした彼に小声で尋ねられた。

 

「……そういえば、夜会はどうでしたか?」

「あー……実はあの後、ひどい風邪を引いてしまって……。冬休みの後半はずっと寝込んでいたんです。なので、予定していた夜会は行けませんでした」

 

 私が苦笑いしながら返すと、ルーカスの目がわずかに見開かれた。そして、どこかホッとしたような顔つきになった。

 

「そうだったのですか……」

「ええ。寒い中、薄着で外を歩いたのがいけなかったみたいで……」

 

 私は少し気まずくて、目を逸らした。

 

「え、もしかして……あの日が原因で?」

 

 ルーカスの声が、急に罪悪感を帯びた小声に変わる。

 

「……ごめん。もっと早くから、上着を貸していたらよかったね」

 

 しゅんと耳を伏せた大型犬のような彼に、私は思わずクスッと笑ってしまった。

 

「いやいや、薄着で出掛けたのは完全に私のせいだから!むしろ、私に付き合ってくれたルーカスが風邪を引かなくてよかったよ」

 

 ニコッと笑いかけると、ルーカスはハッと息を呑むように私を見つめた。

 

「ルーカス?」

「……いつも言ってるでしょ?僕は鍛えてるから、あれくらい平気。……リリアの体調が良くなって、本当になによりだよ」

 

 彼はとびきり優しい微笑みを浮かべた。

 

(……ああ、もう)

 

 自分の気持ちを自覚してからというもの、彼の無防備な笑顔や、こんな風に至近距離で顔を覗き込まれるだけで、いちいち心臓がうるさくて困る。

 顔が熱くなっているのを悟られないよう、私は誤魔化すように小さく頷くことしかできなかった。

 

 お菓子を乗せたトレイをルーカスが持ち、二人で席に戻る。

 そこには、相変わらず楽しそうに笑う殿下と頬を染めながら抗議しているロザリア、そして、早くも遠い目をして虚空を見つめているテオ様の姿があった。

 その光景に、私たちは顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。

 

 その後は、暖かな暖炉の火に癒されながら、美味しい紅茶とお菓子とともに、冬休みの出来事について語り合ったのだった。

 

 すっかり日が傾き始めた頃。

 学生寮に帰るためサロンを出て解散しようとした時、ふいに背後から声をかけられた。

 

「あ、リリア嬢。少しいいですか?」

「テオ様?」

 

 振り返ると、テオ様が立っていた。

 すると、横にいたロザリアは「それじゃあリリア、私は先に戻っているわね」とだけ言い残し、スマートに女子寮へと歩いていった。

 

「あの、お引き止めしてすみません」

「いえ、気にしないでください。……それで、テオ様。私に何かご用ですか?」

「ええ、実は、折り入ってお願いがありまして……」

 

 テオ様は深刻そうな表情でメガネを押し上げた。

 

「以前リリア嬢からいただいた特製のハーブティーですが……大変美味しくて胃に優しかったので、ぜひ作り方を教えていただきたいのです」

「ふふっ、ハーブティーですか。ええ、もちろん喜んで」

 

 私は『胃薬同盟』の仲間からの頼みに、ホッと頬を緩めた。

 

「実はこれからの三学期、学年末の修了パーティーに加え、五年に一度の『建国記念祭』の準備に追われることが確定していまして……。想像しただけで、あのハーブティーの力にすがりたくなる毎日でしてね」

「それはテオ様の胃に多大な負担がかかること間違いなしですね。私でお役に立てることがあれば、なんでも言ってください!」

 

 私は力強く頷いた。

 

「あのハーブティーは、王都にある老舗の茶葉屋さんで購入した茶葉を、私なりに調合したものなんです。……よろしければ、今度の休日に一緒にお店に行きませんか?その場で試飲もできるので、テオ様の胃に合う、他のお気に入りも見つかるかもしれません」

「ぜひ……!よろしくお願いします」

 

 テオ様はまるで救いの女神を見たかのような眼差しで、深く深く頭を下げたのだった。

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