第34話 冬空の下(後編)
こうして、私たちは図らずも二人きりで装飾品のお店を訪れることになった。
店内には、ガラスのショーケースに煌びやかなネックレスやピアス、髪飾りなどが整然と並んでいる。
髪飾りを眺めていた私の隣で、ルーカスがふと尋ねてきた。
「そういえば、何用の装飾品を買うんだい?」
「……夜会」
小さく呟くように答えると、ルーカスの足がピタリと止まる。
「……夜会!?」
驚きの声には、明らかな動揺が混じっていた。
「ち、違うの!私は断るつもりだったんだけど、お母様に今回は必ず一緒に行くよう言われて……」
焦って言い訳を並べ立てる自分の声が、少し上擦っているのが分かった。
ルーカスには、自分から夜会に行きたがっているようには絶対に思われたくなかった。
「……そっか。リリアは伯爵令嬢だもんね」
ルーカスは眉を少し下げ、困ったような、どこか寂しげな複雑な笑みを浮かべた。店内を包む沈黙が急に重たく感じられ、私は気まずさに視線を落とす。すると彼が、それを振り払うかのように優しく声をかけてくれた。
「……あ、これ、リリアに似合いそう」
彼がガラス越しに指さしたのは、白と金色の細工で作られた『すずらん』を象った繊細な髪飾りだった。
小さな白い花がシャラシャラと揺れるデザインで、上品で可憐な光を放っている。
「綺麗……。私、これにする!」
「……うん。とても素敵だと思うよ」
ルーカスが選んでくれたことが嬉しくて、私は迷わずその髪飾りを購入した。
買い物を終えて店を出ると、冬の澄んだ空気が頬を撫でた。馬車の停留所へと続く石畳の道を二人で並んで歩く。
「今日は買い物に付き合ってくれてありがとう」
髪飾りが入った紙袋を大切に胸に抱えながらお礼を伝えると、ルーカスは少し躊躇うように視線を彷徨わせた。葛藤するように何度か口を開きかけ、やがて意を決したように静かに問いかけてくる。
「……リリアは、その……婚約者とか、ほしいと思っているの?」
「えっ……ううん。お父様やお母様が言っているだけで、私はまだ、将来のこととか考えられないなぁ」
「……そっか」
彼がホッと小さく息を吐き出す横顔が見えた。安堵したような彼の様子に胸が跳ね、私も思い切って言葉を口にする。
「……ルーカスも、婚約のこととか言われないの?」
「多少は話が出るけど……でもうちは、まず僕が近衛騎士になることが最優先だから」
「そっか……」
静かな間に、私たちの足音だけが小さく響く。
流れる静けさは少し気恥ずかしいけれど、ルーカスが隣にいるだけでどこか温かくて心地よい。そう思っていると、鼻先にツンとした冷たさを感じた。
「あ、雪……」
「ほんとだ。急に冷え込んできたね」
見上げると、灰色がかった冬空から白い雪がひらひらと舞い降りてきていた。
すると、ルーカスは迷いのない動作で厚手の上着を脱ぎ、私の肩にふわりとかけてくれた。
「えっ!ありがとう。でも、それじゃあルーカスが寒いでしょ?」
「僕は鍛えてるから大丈夫。寒さには強いんだ」
クスッと笑う彼の笑顔に、胸の奥がギュッと締めつけられる。
「もう……」
私は小さく溜め息をつくと、自分の首に巻いていたマフラーを外し、少し背伸びをしてルーカスの首にぐるぐると巻き付けた。
「……ルーカスは、これ巻いてて!」
「……っ」
ルーカスの肩が小さく跳ね、驚いたように目を見開く。
彼のその表情に、自分がすごく大胆な行動をとってしまったことに気がつき、じわじわと恥ずかしさに襲われる。やってしまった、と後悔してももう遅い。
私は彼の上着の大きな袖に手を隠し、漂う爽やかな香りに包まれながら俯いた。一方のルーカスは、私の体温が残るマフラーに口元を深く埋めている。
冷たい雪が舞い散る中で、私たちの周囲だけがまるで別の世界のように熱を帯びていた。雪の寒さのせいか、相手の存在を近くに感じてしまったせいか、お互いに赤くなった顔で残りの道を歩く。
「…………」
「…………」
そこからは、馬車の停留所に着くまで完全に無言だった。
恥ずかしくてルーカスの顔を見ることができない。けれど、彼の温もりに守られているこの時間が愛おしくて、離れがたくて、ほんの少しでも長くいられるように、いつもよりゆっくりと雪道を歩き続けたのだった。
♢♢♢
そして、数日後。
「……けほっ、けほっ」
「見事に熱を出しましたね、お嬢様。……雪が降るような寒い日に、薄手の上着で出歩いたのが原因でしょうか。私の注意も足りず、申し訳ございません」
「ううん、私がお気に入りの上着で出掛けたいって言ったから……ごめんなさい」
ベッドの中で氷嚢を頭に乗せられた私は、久しぶりに出した高熱で朦朧としていた。
あの帰り道、ルーカスの体温に包まれてポカポカしていた私は、上着を彼に返して馬車に乗った後も、すっかり油断してしまい見事に冬の冷え込みにやられてしまったのだ。
「明日の夜会はお休みですね。奥様もとても残念そうにされていましたよ」
「うん……そうだね」
お母様には申し訳ないけれど、夜会に出られないことに、正直ホッとしていた。
(残りの冬休み、ずっと安静かぁ……)
窓の外の雪景色をぼんやりと眺める。
火照る頬の熱さは、風邪のせいなのか、それともあの日の彼の体温を思い出しているからなのか。自分でも分からないまま、私は愛おしい記憶に浸るように目を閉じたのだった。




