第33話 冬空の下(前編)
期末試験が無事に終わり、学園は冬休みに突入した。
私はシェイン伯爵家の屋敷へ帰宅し、久しぶりに家族と温かい夕食のテーブルを囲んでいた。
「親善試合での一件は大変だったな。その後、問題ないかい?」
「はい、お父様。彩雲石関連では色々ありましたが、平和な学園生活を送れています」
学園での出来事を報告したりと和やかな会話が続く中、食後の紅茶を一口飲んだお母様が、いつものふんわりとした笑顔で口を開いた。
「そういえば、年末にエルマー公爵家主催の冬の夜会があるのだけれど……今年こそは絶対に、あなたを連れて行くわよ」
「えっ!?」
唐突な宣言に、私は思わずスプーンを落としそうになった。
「お、お母様。でも私、冬休みの課題が沢山ありまして……」
「あら、今までずっと『学業が忙しいから』という理由でお留守番ばかりしてきたのだから、今回くらいはちゃんと顔を出しなさいな。あそこは有望な殿方がたくさん集まるから、あなたも将来を見据えるのにちょうど良いでしょう?」
お母様はニコニコと笑っているが、その瞳の奥には『反論は許さない』という圧がある。
「……っ、お父様!」
助けを求めて視線を向けるも、お父様は「し、しっかり防寒して行くんだぞ……」と完全に目を逸らして紅茶をすすっていた。
「実は秋頃から、あなたのために特別なドレスを仕立てておいたのよ。明日、さっそく街へ最終的なサイズ調整に行ってきてちょうだい。ドレスに合う装飾品も自分で選んでくるといいわ」
有無を言わさぬお母様の決定と用意周到さに、私は項垂れるしかなかった。
♢♢♢
翌日。馬車を降りた瞬間、ピリッとした冬の冷たい風が頬を撫で、私は思わず身震いした。
(少し歩くだけだからって薄手の上着で来ちゃったけど、思ったよりずっと寒い……)
私は侍女のニーナを連れて足早に王都の仕立て屋へと入った。店員に促されるままドレスの最終的な調整をこなし、煌びやかなドレス姿で鏡に映る自分を見て、密かにため息をつく。
(はぁ……夜会なんて行きたくないな)
貴族の令嬢として、将来のために有力な縁談を探すのは当然の義務だ。でも、よく知らない誰かと打算で愛のない結婚をするなんて、私にはどうしても考えられなかった。
(……ルーカスは今頃、何してるのかな)
ふと、頭の中に幼馴染の顔が浮かんだ。
仕立て屋を出た後、私はニーナに「少しこの辺りを散歩したい」ともっともらしい理由をつけて、近衛騎士団の訓練場がある方角へと足を向けた。
今日、彼も訓練に参加していたらいいな。そんな淡い期待を抱きながら。
訓練場に着くと、ちょうど午前の訓練が終わったタイミングだったようで、入り口付近は屈強な騎士たちで混雑していた。
(流石に、こんなに人がいたら見つからないかな……)
そう諦めかけた、その時。大勢の騎士たちの中に混じっていても一際目を引く、高身長で洗練された佇まいと端正な横顔を私の目は捉えていた。
私がハッとしたのとほぼ同時に、遠くにいたルーカスも私に気づいたようで、周囲の騎士たちに軽く会釈をしてからこちらへ駆け寄ってきた。
「シェイン様?こんなところでどうされたのですか?」
私の後ろで控えるニーナにチラッと目線を向け、彼らしい礼儀正しい口調で話しかけてくる。
「その……ちょうどこの辺の仕立て屋さんに用があって。たまたま訓練場の前を通りがかったの。……ニーナ、こちらは学園で一緒の、ルーカス・ガランド様よ」
私が紹介すると、背後に控えていたニーナが「ガランド……」と小さく呟いた。そして、ハッとしたように目を丸くした後、深くお辞儀をした。
「ガランド様。幼い頃にお会いしたことがありますよね。ご無沙汰しております」
その言葉に、ルーカスは少し驚いたように目を瞬かせた。
「覚えていてくださったんですね……!」
「ええ」
ニーナは、泥だらけになって遊んでいた幼少期の私たちを思い出したのか、ふわりと温かく微笑んだ。
「……ルーカスは、今日も訓練に?」
私は会えたことの嬉しさを悟られないよう、心を落ち着かせて話しかける。
「ああ。休みを利用して、近衛騎士団の訓練に参加させてもらっていてね」
「日頃の鍛錬に加え、近衛騎士団との訓練まで……ほんとお疲れ様です」
「ありがとう。でも、冬の時期は寒さもあって、今日の訓練はもう終わりなんだ。……リリアは、この後も用事があるのかい?」
「うん。あとは、装飾品も見繕わないといけなくて……」
そこまで会話が進んだ瞬間、ニーナがわざとらしく「あっ」と声を上げた。
「お嬢様、申し訳ございません。私、これから奥様のおつかいを済まさなければならないのです……。ガランド様、もしお時間よろしければ、少しの間お嬢様の護衛をお任せしてもよろしいでしょうか?」
「!……はい、喜んで」
ニーナの言葉に、ルーカスは顔を明るくする。
いきなりのことに、私は「えっ、ちょっとニーナ!?」と声をあげるが、彼女は完璧な笑顔を残して止める間もなく足早に去ってしまった。




