第32話 模範回答(後編)
席に戻ると、テーブルには温かい湯気を立てるティーポットと茶葉が用意されていた。
「少し休憩にしましょうか。詰め込みすぎるのも、よくありませんからね」
テオ様の提案に全員が頷き、静かなお茶の時間が始まった。
少しして、ティーカップを傾けていたロザリアが、私をチラリと見てから口を開いた。
「そういえば、ガランド様。親善試合での一件から大人気で、非公式のファンクラブまであると聞きましたわ。訓練後も令嬢たちに囲まれて、お相手なさるのも大変じゃなくて?」
突然話を振られたルーカスは、少し目を瞬かせた後、首を横に振った。
「いえ。応援していただけるのは有難いことです」
すると、ルーカスの謙虚な返答を聞いたリュシアン殿下が、お茶請けのクッキーを手に取りながら思い出したように言う。
「そういえば、生徒会室前での告白は見事な対応だったな」
「「え?」」
私とルーカスの声が見事に重なった。
驚いて顔を上げる私たちを気に留めず、テオ様が眼鏡のブリッジを押し上げながら淡々と解説を始める。
「『心に決めた人がいる』。相手の家格やプライドを一切傷つけず、かつ他者が入り込む隙を完全に塞ぐ。貴族の教本にある、断り文句の模範回答そのものです。おかげで生徒会としても、君のファンによる余計な争いの種が生まれずに済みましたよ」
そう言って、テオ様は微笑んだ。
「君があまりにも完璧な紳士を演じるものだから、告白した令嬢も納得するしかなかったようだね」
殿下も感心したように頷いている。
――え?
(殿下とテオ様もあの場面を見ていたの!?……いや、それよりも、断り文句の模範回答って!?)
頭をフル回転させて、彼らの言葉を理解する。
(ルーカスに想い人がいるっていうのは、ただの断り文句で、つまり私の勘違いだったってこと!?どうしよう、私、ずっと一人で落ち込んで、変な態度とっちゃってた……!!)
お腹の底に重く沈んでいた石が弾け飛び、一気に視界が晴れ渡っていく。
そんな私の劇的な心情の変化など知る由もなく、当のルーカスは微かに眉間を寄せ、どこかバツの悪そうな言いたいことを飲み込んだような顔で視線を彷徨わせていた。
「……ええ、まあ」
少しだけ不機嫌そうに濁したその返答も、ロザリアが私とルーカスを交互に見比べ、「はぁ」とひどく深いため息をついていたことも、今の私には全く気にならなかった。
休憩が終わり、勉強が再開してしばらく経った頃。
隣を見ると、数式を解いているルーカスが、難しい顔をしてペンを持つ手を止めていた。
「……この問題は、この公式を使うと簡単に解けるよ」
私がノートを覗き込んでこっそり囁くと、ルーカスはハッとして私を見た。
「! ……ほんとだ。ありがとう」
パッと表情を明るくしたルーカスは、少しだけ距離を詰め、ノートの別の場所を指差した。
「ちなみに、こっちも聞いていいかな?」
「もちろん」
私が即答すると、ルーカスはふわりと目を細めた。
その表情に、私もつられて小さく笑い返す。
図書室の静寂の中、肩が触れ合いそうな距離で交わした視線は、先ほどまでの不自然な距離感が嘘のように、とても温かくて気軽なものだった。




