第30話 オレンジ色の廊下
生徒会室に向かう放課後の廊下は、窓から西日が差し込んでオレンジ色に染まっていた。
宰相を目指し、これまで以上に根を詰めているであろうテオ様に、私は新しく調合した胃に優しいハーブティーを渡しに行こうとしていた。
ロザリアから嫉妬について指摘されて以来、ルーカスと顔を合わせるのは少しだけ気恥ずかしい。
(茶葉だけ渡して、すぐに帰ろう……)
生徒会室前の廊下の角に差し掛かった時、角の向こうから切羽詰まったような高い声が響いてきた。
「ガランド様……!わ、私、ずっと前からあなたをお慕いしておりました!」
話の内容が聞こえ、ピタリ、と私の足が止まる。
角から気付かれないように、こっそりと顔を出して覗いてみると、見覚えのある上級生の令嬢とルーカスが向かい合わせで立っていた。
令嬢は頬を真っ赤に染め、両手で手紙のようなものを握りしめている。完全に、告白の現場だ。
気まずくてすぐに引き返すべきなのに、私の足は床に縫い付けられたように動かなくなってしまった。
(ルーカスは、なんて返事をするの……?)
まるで自分が当事者になったかのように、唾をごくりと飲んで、ルーカスの返事を待つ。
そして彼は、告白という突然の事態にも全く動じず、少しだけ困ったように微笑みながら、静かに口を開いた。
「私のような者に好意を向けていただき、ありがとうございます。貴方のそのお気持ちは、本当に嬉しく思います」
「それじゃあ……っ!」
「ですが、」
パァッと顔を輝かせた令嬢の言葉を、ルーカスの低く穏やかな声が遮った。
「申し訳ございません。私の心にはすでに、生涯を懸けて守り抜きたいと誓った方がおりますので。その方以外に、この心を捧げるつもりはないのです」
——え。
その言葉が耳に届いた瞬間、私の心臓が痛いほど跳ねた。
令嬢の手から、パラリと手紙が落ちる。
彼女は泣きそうな顔で「……そう、でしたか。ごめんなさい……」と呟き、反対側へ逃げるように走り去っていった。
しかし、私の視界にはもう、去っていく令嬢の姿など入っていなかった。
(生涯を懸けて、守り抜きたいと誓った人……?)
頭の中が、真っ白になった。
誰にでも優しく、けれど誰のことも特別扱いしていなかった彼に。そんな、生涯を懸けるほど深く、愛している女性がいたなんて。
最近自覚したばかりの、温かい恋心。
それがたった今、急速に熱を失い、冷たい石ころに変わってお腹の底へ落ちていくような感覚がした。
私と彼は、ただの幼馴染だ。幼少期こそよく一緒に遊んでいたけれど、中等部に上がってからは、彼が注目されるようになるにつれて、どんどん距離ができてしまった。それどころか、私から『学園では他人のふりをしてほしい』とお願いすらしていたのだ。
その間に、彼に心を決める女性ができていたとしても、全く不思議ではない。私が立ち入る隙なんて、最初からなかったのだ。
「……っ」
これ以上この場所にいたら、惨めな自分の感情が溢れ出してしまいそうだった。
私は茶葉の入った包みを胸元でギュッと抱きしめると、ルーカスに気付かれないよう息を殺し、足音を忍ばせてその場から駆け出した。
幸い、ルーカスは去っていった令嬢の方を気にしていて、私の存在には気付いていない。
彼の気配が届かない場所までたどり着いた瞬間、張り詰めていた糸が切れたように、視界がじんわりと滲んだ。
(生涯を懸けて、守り抜きたい人……)
その響きがあまりにも重くて、誠実で、彼の本気さを物語っていて——。
私は目元をギュッと拭うと、逃げるように女子寮へと走り出した。
胸の奥で、先ほどの言葉が何度も何度も残酷に繰り返されて、自分の恋心が打ち砕かれていくのを感じていた。




