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第29話 ローズヒップティー

 秋も深まり、風に冷たさが混じり始めた頃。

 サロンの窓際席から、私とロザリアは訓練場を見下ろしていた。

 

「ガランド様ー!」

「きゃあっ、こっち向いて!」

 

 窓を閉めていても届いてくる、黄色い歓声。その中心にいるのは、言うまでもなくルーカスだ。

 彼は元々目を惹く容姿と人当たりの良さで人気があったが、先日の親善試合での圧倒的な活躍に加え、ロザリアの誘拐未遂事件で見せた頼もしい振る舞いが広まった結果、人気に拍車がかかり、今や非公式のファンクラブまで結成されるほどの熱狂ぶりを見せていた。

 

 訓練の休憩に入るや否や、色めき立った令嬢たちが彼を取り囲む。上質な刺繍の入ったタオルを差し出す者や冷たい飲み物を手渡そうとする者でごった返しており、以前訓練場で見た光景の比ではない。

 ルーカスは少し困ったように眉を下げながらも、決して誰かを無下にはせず、完璧な微笑みを貼り付けて丁寧に対応していた。


 以前の私なら、あの光景を「相変わらずの人気ね」と、一歩引いた傍観者のような、ただの幼馴染という安全な場所から眺めていられたはずだ。

 

 けれど今は、チクリと胸の奥が嫌な音を立てて痛む。

 可愛い笑顔で彼に近づかないでほしい。

 彼も、誰にでも優しく微笑みかけないでほしい。

 

 自分の中に湧き上がった、独占欲という名の黒くて醜い感情。それに気づいた時、私はたまらなくなって、バッと窓から視線を逸らした。

 見たくない。これ以上見ていたら、自分が自分ではなくなってしまいそうだった。

 私は手元のティーカップを見つめながら、無意識にギュッと膝の上のスカートを握りしめていた。

 

「……あらあら」

 

 すると、向かいの席からクスクスと楽しげな笑い声が聞こえた。

 顔を上げると、ロザリアが自分のカップを優雅に傾けながら、どこか慈愛に満ちたような瞳で私を見つめている。

 

「ロ、ロザリア……?」

「恋する乙女は大変ね。自分の気持ちに名前をつけた途端、これだもの。今までただの風景だったものが、急に誰にも取られたくない特別に変わる。……ふふっ、初めて味わう嫉妬の味はどう?リリア」

「〜〜〜〜っ!!」

 

 痛いところを正確に突かれて、私の顔は一瞬で耳の先まで沸騰した。

 

「……ごめんなさい、ちょっと意地悪を言いすぎたわね。でも、痛いほど気持ちがわかるのよ」

「え……?」

 

 ふっと優しい声音になったロザリア。

 彼女は窓の外、王宮の方向に視線を向けながら、懐かしむように目を細めた。

 

「私だって、昔は殿下が他の令嬢たちに囲まれて、愛想よく微笑んでいるのを見るのが、たまらなく嫌だった時期があるもの。自分の中にこんなに醜くてドロドロした感情があったのかって、最初はすごくショックだったわ」

「……ロザリアも、そんな風に悩んだことがあったの?」

 

 常に完璧な次期王妃として殿下の隣に立つ彼女に、そんな不器用な時期があったなんて想像もつかなかった。

 目を丸くする私に、ロザリアは優しく微笑みかけてくれた。

 

「ええ、もちろんよ。でもね、リリア。その胸の痛みは、あなたがガランド様をそれだけ深く想っているという何よりの証拠よ。……誰かを好きになるって、そういうことだもの」

 

 親友の温かい言葉が、ささくれ立っていた心にすっと沁み込んでいく。

 

 私は冷めかけた自分のティーカップに手を伸ばした。

 赤く透き通った水面に、情けない顔をした自分が映っている。一口含むと、ローズヒップの鮮烈な香りと味が口いっぱいに広がった。

 甘酸っぱくて、少しの苦味。それが今の私の恋の味なのだと、ゆっくりと飲み下すのだった。

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