第28話 名前のついた感情
――あなたたち、一体どういう関係ですの?
数日前、学園のテラスでロザリアから問い詰められた時のことを、私は思い返していた。
あの時、彼女のまっすぐな瞳から逃げられないと悟った私は、すべてを打ち明けようとした。けれど、周囲には他の生徒たちの目もあったし、何より私自身が、彼への特別な想いをどう言葉にすればいいのか分からなかった。
「……ごめんなさい、ロザリア。もう少しだけ、自分の中で気持ちを整理する時間をちょうだい。必ず、全部話すから」
そう言って、私は返事を保留にさせてもらったのだった。
そして、現在。
女子寮の自室で、私は淹れたてのカモミールティーをテーブルに置き、向かいのベッドに座るロザリアと向き合っていた。
自分の中の曖昧だった感情に、はっきりと名前をつける覚悟が決まったからだ。
「……ロザリア。この前のことだけど」
静かな部屋に、私の声が響く。ロザリアは手元のクッションを抱きしめたまま、真剣な眼差しで私を見つめ返した。
「……ええ。聞かせてちょうだい」
「私とガランド様、いえ、ルーカスはね、実は幼馴染なの」
「……幼馴染?」
ロザリアの目がわずかに見開かれる。
「うん。幼い頃、お互いに嫌なことから逃げたくて家をこっそり抜け出した時、偶然バッタリ出会って……。それから一緒に遊ぶようになったの。学園に入るずっと前からの、秘密の友達」
「まあ……そんなことが」
ロザリアは驚いたように口元を押さえた後、ふうっと小さく息を吐いた。
「……なるほどね。今の話を聞いて、すごくしっくりきたわ。前から、リリアとガランド様の間には何かあると思っていたのよ」
「えっ、気づいていたの!?」
「ええ。なんというか、空気が違うのよ。私や他の人に声を掛けている時でも、ガランド様は常にリリアのことを気にしているように見えたわ。……もう、幼馴染だったのなら、最初から言ってくれればよかったのに!」
少しだけ口を尖らせるロザリアに、私は苦笑しながら「ごめんなさい」と頭を下げた。
「ルーカスは人気者だから……変に周りの目を気にしてしまって。学園では幼馴染だってことを隠すように、私がお願いしたの……」
「ああ、なるほどね。確かにガランド様には熱狂的なファンもいて怖いものね。リリアの立場なら、言いにくいのも無理ないわ」
「うん……」
親友の理解にホッと胸を撫で下ろしつつ、私は気合いを入れるかのように、膝の上の拳をぎゅっと握りしめた。
「……それとね、ロザリア。私……」
ドクン、と心臓が跳ねる。
言葉にするのは少し怖かったけれど、一番の親友には、ちゃんと自分の口から伝えたかった。
「私、ルーカスのことが……好きなの」
顔がカッと熱くなるのを感じながら、私ははっきりと告げた。
驚かれるだろうか。呆れられるだろうか。そう思って恐る恐る顔を上げると――ロザリアは全く驚いた様子もなく、むしろ優しい微笑みを浮かべていた。
「知っていたわよ」
「…………え?」
「リリアに好きな人がいることくらい、ずっと前から知っていたわ。誰なのかまでは確証がもてなかったけれど、あなたが自分の口から言ってくれるのを待っていたの」
「え、ええっ!?ず、ずっと前からって……私、最近やっと自分の気持ちに整理がついたところなんだけど!?」
目を丸くする私に、ロザリアはふふっと笑い声を漏らす。
「当たり前でしょう?放課後のサロンで窓から遠くを見つめている時とか、完全に恋する乙女の顔をしていたもの!すぐに気づくわよ!……え、もしかして自分では気づいてなかったの?」
「〜〜〜っ!!」
一気に耳の先まで沸騰したように熱くなり、私は両手でバッと顔を覆った。
無自覚だった。平穏な日常の中で、私はロザリアと殿下を呆れたように見守っている保護者ポジションのつもりだったのに、まさか自分自身が一番わかりやすい顔をしていたなんて……!
(ああもう、恥ずかしすぎる……!)
♢♢♢
ベッドの上で悶える親友を見つめながら、ロザリアはクッションに顔を埋めて、一人こっそりと口角を上げていた。
(……ふふっ。リリアは、ガランド様からの気持ちには全く気づいていないのね)
ロザリアの脳裏に蘇るのは、あの誘拐未遂事件の時の出来事。
普段の完璧な立ち振る舞いからは想像もつかないほど冷たく、底知れぬ怒りに満ちたルーカスの声や表情を、彼女は確かに記憶していたのだ。
『よくも、僕の大切な人を傷つけようとしてくれたね。……容赦はしないよ』
あの時、彼が誰のためにあれほどの怒りを露わにしたのか。そして、誰のことを大切な人と呼んだのか——。
今なら、すべてが一本の線で繋がる。
(なんだ、見事な両思いじゃない)
自分にだけ向けられている特別な想いに全く気づいていない鈍感な親友と、完璧な仮面の下に特大の感情を隠し持っている厄介な騎士。
最高に焦れったくて愛おしい二人の関係に、ロザリアは次期王妃ではなく、ただの一人の少女として、心の中でひっそりと祝福の笑みを浮かべるのだった。




