第25話 白馬の騎士(中編)
午前中のプログラムが終わり、親善試合は一時間ほどの昼休憩に入った。
試合の興奮に包まれたまま、学生たちは思い思いの場所へ昼食や休憩へと向かっていく。
「ふぅ……白熱した試合ばかりで、見ているだけでも少し疲れたわね。サロンで冷たい紅茶でもいただきましょうか」
「うん、そうしよう。午後の決勝戦に備えないとね」
私とロザリアは混雑する競技場を抜け出して、サロンへと向かう道を歩いていた。
「あの……失礼します。ロザリア・ウィンザー様でお間違いないでしょうか」
「ええ、そうですけれど?」
不意に背後から声をかけられ、私たちは立ち止まった。
そこに立っていたのは、『試合運営委員』の腕章をつけた見慣れない学生だった。彼は少し焦ったような様子で、声を潜めて口を開く。
「急なお願いで申し訳ございません。実は王宮からの貴賓が予定より早くご到着されたのですが、殿下は別の要件で手が離せないため、代わりにロザリア様に貴賓の対応をお願いしたいと仰せつかっております。急ぎ西棟の来客用応接室までご足労願えないでしょうか」
「殿下の代わりに?……分かりましたわ。すぐに参りましょう。案内してちょうだい」
次期王妃としての務めに関わる重大な用件のようだ。ロザリアはキリッと表情を引き締めて頷いた。
しかし、私の胸の奥で、嫌な警鐘がジリリと鳴り響いた。
『――人目のつかない場所へは決して近づかないでください』
先日、ひどく疲弊した顔で私にそう忠告したテオ様の声が脳裏をよぎる。
西棟の応接室は、試合会場から離れた場所にある。もしこれが、ロザリアを人目のない場所へ誘い出すための罠だったとしたら。
(ロザリアを一人にするわけにはいかない……!)
「ロザリア、私も一緒に行くわ!」
「え?でも、これは私の責務なのだから、リリアは先にサロンで休んでいていいのよ?」
「いいの!……ちょうど私も西棟の方に行く用事があったから、応接室の前まで一緒に行きましょう」
苦し紛れに適当な嘘をついてしまったが、ロザリアは「そう?じゃあ途中まで行きましょう」とふんわり微笑んで了承してくれた。
何事もなければそれでいい。私は不安の中で覚悟を決めて一歩を踏み出した。
西棟は、普段から人気のない旧棟の並びにある。
薄暗い廊下を進むにつれて、表の喧騒が嘘のように遠ざかっていった。静まり返った廊下には、私たちの足音だけがカツカツと冷たく響く。
「……おかしいわね。先ほどまで前を歩いていた、案内役の学生の姿がありませんわ」
応接室の前の長い廊下に差し掛かった時、ロザリアがいぶかしげに周囲を見回した。
「――かかったな、公爵令嬢」
「っ!?」
突如、応接室の陰と廊下の曲がり角から、大柄な男たちが数人、音もなく現れ、私たちの退路を完全に塞いだ。
学生服を着ている者もいるが、その下品な笑みと殺気立った目は、どう見てもまともな学生ではない。間違いなく、裏社会のならず者たちだ。
「なっ……!あなたたち、何者ですか!わたくしを誰だと……!」
「大人しくしろ、お嬢様。少し俺たちと一緒に来てもらおうか。お前には莫大な価値があるんでね」
男の一人が、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら、ロザリアの腕を掴もうと手を伸ばす。
「っ、やめて!!」
「ロザリアに触らないで!!誰か、助けて!!」
私とロザリアは必死に抵抗し、力の限り声を上げた。
(誰か、誰か気づいて!テオ様、騎士団の人たち……っ!)
しかし、男たちは慌てる様子もなく、むしろ嘲笑うかのように肩を揺らした。
「無駄だぜ。今頃、競技場の東口と中庭の二箇所で、俺たちの仲間が派手なぼや騒ぎを起こしてる頃だからな」
「ぼや騒ぎ……!?」
「ああ。優秀な生徒会様も警備の騎士どもも、今はそっちの対応で手一杯だ。こんな旧棟の隅っこまで助けに来る奴はいねぇよ!」
男の言葉に、私は絶望で目の前が真っ暗になった。
すべて計算し尽くされた陽動作戦。警備の目が外からの侵入者に向いている隙を突き、学園内に潜り込んだ彼らは、殿下の名前を使って完璧な罠を張っていたのだ。
「さぁ、大人しく来い!」
「嫌っ!離しなさい、この無礼者!!」
ロザリアは公爵令嬢としての誇りを崩さず、毅然とした態度で男の手を激しく振り払った。
しかし、その気丈な抵抗が、逆に男の逆鱗に触れたらしい。
「……チッ。手こずらせやがって。少し痛い目見ねぇと分からねぇらしいな」
舌打ちをした男の手に、ギラリと冷たい光が反射する、鋭利な刃物が握られた。
そして、悪意に満ちた目で刃物を振り上げる。狙いは、ロザリア——。
「っ……!!」
頭で考えるより先に、私の身体は勝手に動いていた。
親友を守らなきゃ。その一心で、私はロザリアを庇うように、男の前に両手を広げて飛び出した。
「リリアッ!!」
背後でロザリアの悲鳴が聞こえる。
振り下ろされる鈍色の刃が、スローモーションのように私に迫ってきた。
怖い。嫌だ。助けて。
ギュッと目を閉じた私の心の中で、ただ一人、絶対的な安心感を与えてくれる彼の名前を叫んでいた。
(ルーカス……っ、助けて……!!)




