第24話 白馬の騎士(前編)
澄み渡るような秋晴れの空の下。学園の巨大な競技場は、地鳴りのような歓声と熱気に包まれていた。
今日は年に一度、国内の学校の代表者が集い、剣の腕を競い合う『親善試合』の開催日だ。
他校の学生や教師たちが押し寄せるだけでなく、試合運営を手伝う臨時の警備騎士や審判団など、普段は学園にいない多くの人々がひっきりなしに出入りしている。そのため、学園内はどこもかしこもお祭り騒ぎのような混雑ぶりだった。
試合は木刀を用いたトーナメント式で、個人戦と団体戦に分かれている。
親善試合とは言ったものの、観客席には王宮から視察に訪れた近衛騎士団幹部の姿もあり、ここで優秀な成績を収めれば、将来の王宮入りや近衛騎士への道が大きく開ける。各校の威信をかけた戦いであると同時に、騎士科の学生たちにとっては、己の人生をかけた最大のアピールとなる大舞台なのだ。
「すごい熱気!みんな気合いが入っているわ」
「ええ、本当に。我が校の代表たちには、ぜひとも優勝杯を掲げてほしいわね」
私とロザリアは、見晴らしの良い観客席に並んで座り、熱戦が繰り広げられる闘技台を見下ろしていた。
「あら、ご機嫌よう。ロザリア様、それにリリア様も」
背後からこれ見よがしな優雅な声が聞こえた。
振り返ると、派手な縦ロールを揺らしたビアンカ様が、扇子を広げて立っていた。
「ご機嫌よう、ビアンカ様」
「先日の彩雲石の件は感服いたしましたけれど……こと武術においては、我がブランシュ公爵家が支援する上級生の騎士たちこそが至高。本日の親善試合、優勝は彼らが頂くことになりますわ!」
「ふふっ。誰が勝者に輝くとしても、我が校の誉れであることに変わりありませんわ。お互い、代表者たちの健闘を祈りましょう」
堂々と牽制してくるビアンカ様を、ロザリアはどこ吹く風と優雅な微笑みで受け流す。
相変わらずの二人のやり取りに、私は苦笑いをこぼした。
やがて、会場の熱気が一段と高まり、ひときわ大きな歓声が上がった。
個人戦の闘技台に、見慣れた一人の学生が歩み出たからだ。
「――っ」
太陽の光を浴びて艶やかに光る黒髪。長身で均整の取れた体躯から放たれる、研ぎ澄まされた空気。
彼はまだ第一学年でありながら、親善試合の出場者を決める学園内勝ち抜き戦を堂々の一位で突破し、今試合の優勝候補の一人として注目されているルーカス・ガランドだった。
『――試合、開始!!』
審判の合図とともに、対戦相手である他校の屈強な学生が、凄まじい気迫で打ちかかってくる。
しかし、ルーカスの表情に焦りは一切なかった。彼は涼しい顔のまま、最小限の動きで大上段からの連撃をヒラリヒラリと躱していく。
まるで舞を踊っているかのような、流麗で美しい足捌き。
「えっ……」
次の瞬間、ルーカスがスッと踏み込んだかと思うと、空気を切り裂くような鋭い音が鳴り響いた。
何が起きたのか、素人の私には全く見えなかった。気づいた時には、対戦相手の木刀は宙を舞い、ルーカスの構えた木刀の切っ先が、相手の喉元ピタリと寸止めされていた。
「勝者、ルーカス・ガランド!!」
一瞬の静寂の後、競技場が爆発したような大歓声に包まれた。
「きゃあああっ!ルーカス様ぁっ!!」
「なんてお強いの……!しかもあんなに美しいなんて!」
「我が校にあんな素敵な騎士がいらしたのね!試合が終わったら、ぜひお声掛けしてみましょうよ!」
観客席から、令嬢たちの熱狂的な黄色い声が次々と上がる。先ほどまで自派閥の騎士を自慢していたビアンカ様でさえ、「……あんな見目麗しい猛者が隠れていたなんて」と頬を染めていた。
彼の圧倒的な実力と美しい立ち振る舞いが、学園中の注目の的になっている。
幼馴染として誇らしいはずなのに、他の令嬢たちが彼に熱狂している姿を見ると、胸の奥がチリチリと焼け焦げるような痛みを覚えた。
ふう、と小さく息を吐き、私は熱を帯びた頬を冷ますように、視線を闘技台から外した。
すると、観客席の入り口付近の通路で、テオ様をはじめとする生徒会の面々が足早に行き交っているのが見えた。
皆、試合の熱狂など目に入っていない様子で、周囲を鋭く警戒し、警備の騎士たちと険しい顔で言葉を交わしている。テオ様が言っていた裏仕事が、今まさにこの瞬間も続いているのだ。
試合の華やかな熱気の裏に潜む緊張感に、私は少しだけ身を強張らせた。
しかし、周囲の観客たちが闘技台の勝者に夢中になって歓声を上げている中。
私たちの少し斜め後ろ――観客席の端から、ロザリアの背中を氷のように冷たい目でジッと見つめている影があったことに、私たちは気づくことができなかった。
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