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第1話 私の平穏な夜

 ここはルヴェリオ王国。

 国の中心に位置するこの王立学園には、全国から集まった貴族の子息令嬢はもちろん、厳しい試験を突破した優秀な平民の生徒たちが在籍し、日々勉学に励んでいる。

 中等部から高等部までの期間は全寮制。家柄や身分を越えた交流を深め、実力と知性を磨き合う――というのは建前で、要するに皆、親の目から離れて『身分関係なしの楽しい青春のひととき』を満喫しているのだ。

 そう、かくいうこの私も。

 

「ねぇ!リリア、ちゃんと聞いてる!?」

「聞いてる、聞いてるよー」

 

 夜の女子寮。二人部屋の自室で、私は慣れた手つきでティーポットにお湯を注ぎながら、親友であるロザリアに生返事をした。

 

 ロザリア・ウィンザー。公爵家の末っ子であり、次期王妃――つまり、この国の王太子であるリュシアン殿下の婚約者だ。

 凛とした美しい顔立ちと、次期王妃にふさわしい気品を持つ彼女は、今、ベッドの上でクッションを抱きしめながら、顔を真っ赤にして足をバタバタさせている。

 

「殿下ったら、今日のサロンで急に距離を詰めてきてね!『君の瞳は世界中のどんな宝石よりも美しい』ですって!もう、からかっているに決まってるわ!」

「はいはい。それで、その時ロザリアはどうやって言い返したの?」

 

 温かいカモミールティーが入ったカップを、彼女の前のテーブルにことりと置く。

 

「そ、それは……『もう、おやめください!ここは学園なんですよ!そ、そういうお言葉は、二人きりの時にしてください』って……」

「見事なツンデレのお手本だね」

「ツンデレって言わないで!私は真面目に怒っているの!」

 

 ぷいっとそっぽを向くロザリアだが、その耳の先まで真っ赤に染まっている。

 

 学園では『氷の令嬢』なんて言われ、近寄り難い雰囲気を出している彼女。しかし、私の前でだけ見せるこの顔は、小等部からの付き合いである私の特権だ。

 殿下もロザリアのこういう可愛い反応が見たくて、わざと皆の前で甘い言葉をかけて、からかっているのだろう。

 その結果、側近候補のテオ様がひどく胃を痛めているわけだけど……。

 

 そんなことを思いながら、私は自身のカップにもカモミールティーを注ぐ。

 

「……で?リリアはどうなの?」

「どう、とは?」

「とぼけないで!高等部に入学して、もう二ヶ月も経ったのよ!誰かいい人はいないの!?」

「っ……」

 

 急に矛先を向けられて、私は思わず言葉に詰まった。

 

 脳裏にふわりと浮かんだのは、日中訓練場で剣を振るっていた彼。あの凛々しい姿を思い出し、一瞬だけ顔が熱くなる。それをごまかすように、私は慌ててティーカップに口をつけた。

 

「い、いや、私は……別に、そういうのは……」

「もう、いつもそうやって、はぐらかすんだから!」

 

 ロザリアは不満げにぷくっと頬を膨らませる。

 

「リリアはすっごく可愛いんだから、もっと自分の恋愛も気にしなさいよね!もし変な男がリリアに近づいてきたら、私が――いえ、私と殿下で徹底的に身辺調査してやるんだから!」

「それはとても心強いけど、殿下を巻き込まないであげて……。ただでさえ苦労人のテオ様の胃に、これ以上負担をかけるわけにはいかないわ」

「もうっ!」

 

 夜の女子寮の小さな部屋に、私とロザリアの笑い声が響く。

 次期王妃という重圧も、貴族令嬢という肩書きも関係ない。ただの等身大の女の子として笑い合える、この穏やかで少し騒がしい夜の時間が、私はどうしようもなく好きだった。

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