第18話 泥だらけの出会い(後編)
交易市も終盤に差し掛かった三日目の午後。
私は約束通り、ゼイン殿下のエスコートで活気あふれる市場を回っていた。
「リリア、こっちに来てみろ!これがうちの国で採れる香辛料だ。肉にまぶして焼くと最高に美味いんだぞ」
「わぁ、すごくいい香り……!」
「だろう?あっちの屋台で焼きたてを売っているから、食べに行こう!」
最初は「他国の王子様とデートなんて」とガチガチに緊張していた私だったが、ゼイン殿下の気さくで裏表のない性格のおかげで、いつの間にかすっかり自然体で笑えるようになっていた。
彼は自国の名産品――色鮮やかな織物から、初めて見るような調味料、不思議な形をした果物まで、まるで宝物を見せる子どものようにキラキラした笑顔で紹介してくれた。
その言葉の端々から、彼が自国の民と文化を深く愛し、誇りに思っていることが伝わってくる。
(強引で俺様だけど……本当に、真っ直ぐで素敵な人だな)
美味しい異国の屋台飯を頬張りながら、私は自然と笑顔を浮かべていた。
♢♢♢
気がつけば、空は鮮やかなオレンジ色に染まり始めている。
交易市の喧騒から少し離れた夕日が見渡せる公園のベンチに、私たちは並んで腰を下ろして心地よい風に吹かれていた。
「今日、どうだった?」
「とっても楽しかったです。アルカディア国の素晴らしい文化に触れられて、もっと色んなことを知りたいと思いました。ゼイン殿下、案内してくださって本当にありがとうございました」
私が心からの感想を伝えると、ゼイン殿下は嬉しそうに目を細めた。
そして、声のトーンを落とし、私の顔を真っ直ぐに見つめた。
「……俺のこと、少しは好きになってくれたか?」
夕日を浴びた彼の金糸の髪が、風に揺れてキラキラと輝いている。
普段の余裕ある態度は消え、その切長の瞳は誤魔化しがきかないほど真剣な光を帯びていた。
ドキッと心臓が跳ねる。……でも。
今日一日、ゼイン殿下と一緒に過ごした時間は、本当に楽しくて眩しいものだった。それなのに。
美味しい異国の串焼きを頬張った時、私の頭に浮かんだのは『ルーカスもこういう味、好きだろうな』という考えだった。
ゼイン殿下が「おい店主!」と陽気に屋台の人に話しかけて笑い合っているのを見て、『ルーカスはもっとスマートで丁寧なやり取りをするんだろうな』と想像してしまった。
人混みの中、私の手を引いてズンズンと前を歩くゼイン殿下の広い背中を見ながら、『ルーカスなら私の隣を歩いて、そっとエスコートするはずなのに』と思ってしまった。
目の前にいるのは、こんなにも私を真っ直ぐに見てくれる眩しい王子様なのに。
私の頭の中をずっと占拠していたのは、遠く離れた王都にいる彼の顔だった。
「……ごめんなさい」
私はギュッと膝の上の布地を握りしめ、ゆっくりと目を伏せた。
「……っ」
ゼイン殿下は一瞬だけ、泣きそうなほど寂しそうな目をした。
けれど、次の瞬間にはフッと息を吐き、いつもの不敵な笑みを浮かべた。
「ふっ……それでこそ、俺が惚れた女だ。一筋縄じゃいかないな」
「ゼイン殿下……」
彼は立ち上がると、ポケットから小さな包みを取り出し、私の手の上にポンと乗せた。
「今日の思い出だ。受け取れ」
「えっ、でも、こんな……」
「俺は諦めの悪い男だからな。……『ゼイン・アルカディア』という名前、絶対に忘れるなよ」
そう力強く言い残し、彼は嵐のように去っていった。
夕日の中に消えていくその広い背中を見送った後、私は手のひらの包みをそっと開いた。
「あっ……」
中に入っていたのは、彼の髪や瞳と同じ、黄金色の宝石があしらわれた小さなブローチ。
そして、一緒に添えられていた小瓶には、なかなか流通しない珍しい植物の種が入っていた。
私が植物好きなこと、ちゃんと見ていてくれたんだ——。
強引なだけじゃない。彼は本当に、真っ直ぐに私を見てくれていたのだ。
手の中の琥珀と種を握りしめながら、私はじんわりと胸が熱くなるのを感じていた。




