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第16話 泥だらけの出会い(前編)

「お母様の『週三回お見合い大作戦』から救い出してくれて、本当にありがとう、ロザリア……っ!」

「ふふっ。リリアのお母様は相変わらずパワフルね」

 

 夏休みに入って数日。

 私はロザリアの誘いを受け、彼女の実家である公爵家の領地――王都から馬車で半日ほど離れた、自然豊かな避暑地へと向かっていた。


「よかったですね、お嬢様」

 

 向かいの席に座る侍女のニーナも、私のお見合い逃亡成功にクスリと微笑んでくれている。

 

「私もちょうどリリアと遊びたかったところだから。それに……今回の滞在中に、リリアと一緒に行きたい場所もあってね」

「行きたい場所?どこかしら」

「それは着いてからのお楽しみよ!」

 

 ロザリアが悪戯っぽくウインクをするものだから、私はますますこれからの滞在が楽しみになって、窓の外の景色を見ながら胸を躍らせた。


♢♢♢


 目の前にそびえ立つ屋敷は、お城と呼んだ方が正しいほど途方もない規模で、初めて訪れた私は馬車を降りた瞬間から圧倒されっぱなしだ。

 美しい調度品で整えられた客間で冷たい紅茶をいただきながら、私は心からの安堵の息を吐いた。

 

「それにしても、こんなに素晴らしいお屋敷に招待してもらえるなんて。私、ずっとここに引きこもっていたいわ」

「ふふ、ゆっくりしていってね。……とはいえ、今回リリアを呼んだのは、少しうちの『お仕事』も絡んでいるのよ」 

「お仕事?」

「ええ。実は今、この領地の国境付近で期間限定の『交易市』が開催されているの。自国と他国の名産品――珍しい食べ物や装飾品を持ち寄って、お互いの技術や文化を交流し合うイベントよ」

 

 ロザリアの言葉に、私はパッと顔を輝かせた。

 

「他国の名産品!なんだかすごく楽しそう!」

「でしょう?だから明日、リリアと一緒に交易市に行って、色んなお店を回って珍しい商品を見たいと思って。どうかしら?」

「もちろん!ぜひお供させて!」

 

 私たちが明日の予定に花を咲かせていると、公爵家の執事が客間へとやってきた。

 

「お嬢様、旦那様が明日の交易市の件で、少し確認したいことがあると……」

「お父様が?ええ、分かったわ。……ごめんなさいリリア、少しだけ席を外すわね」

「ううん、気にしないで。お仕事頑張ってね」

 

 足早に立ち去るロザリアを見送った後、私は一人で屋敷の庭園を散歩させてもらうことにした。


 さすがお城なだけあって、庭園もとても広大だった。

 丁寧に手入れされた遊歩道を歩いていると、王都では見かけないような珍しい花や、鮮やかな緑の植物がたくさん咲き乱れている。

 植物を見るのが好きな私は、すっかり夢中になって庭園の奥へ奥へと進んでいった。

 しゃがみ込んで、美しい青い花弁をそっと指先で撫でていた時、不意に少し低くて張りのある声が降ってきた。

 

「おい、そこのお前。こんなところで何をしている」

 

 私はビクッと肩を震わせて振り返ると、そこには目を奪われるような容姿の青年が立っていた。

 太陽の光をたっぷり浴びたような、艶やかな褐色の肌。夏の風に揺れる、少し長めの金色の髪。そして、射抜くような鋭さを持った黄金色の切長の瞳。

 異国の風を纏ったその野性的な美しさに、私は思わず息を呑み、言葉を失ってしまった。

 

 彼が着ている服は、明らかにこの国の貴族が着るような仕立てではない。上質だが、どこかラフで動きやすそうな異国の装いだ。

 

「あ……えっと……」

「ん?なんだ、俺に見惚れたか?」

 

 青年は自信満々にニヤリと笑うと、ズンッと遠慮のない足取りで私との距離を詰めてきた。

 一見すると威圧感があるが、そのニカッと笑う表情には自然と親しみやすさがあった。

 

「い、いえ!私は怪しい者ではありません!ロザリア……ウィンザー公爵令嬢の友人で、本日こちらに招かれた者です!」

「へえ?令嬢のご友人ね。ドレスの裾を泥だらけにして座り込んでいるから、てっきりどこかの庭師の娘かと思ったぞ」

「っ……!」

 

 言われてハッとし、私は慌ててドレスの裾を払った。

 顔から火が出そうになっている私に、青年はおかしそうに声を上げて笑う。

 

「ははっ!面白いやつだな、お前」

 

 彼は私の頭をポンッと軽く、まるで犬か猫を撫でるように叩くと、そのままひらひらと手を振って庭園の奥へと歩き去っていった。

 

「な、なんなのよ、もう……」

 

 叩かれた頭を押さえながら、私はポカンとその広い背中を見送った。

 強引で、不躾で、嵐のような人。

 

(でも……不思議と、嫌な感じはしなかったな)

 

 あの太陽のように眩しい異国の青年が一体何者なのか。

 それを知ることになるのは、翌日の交易市での『ある大事件』の後だということを、この時の私は知る由もなかった。

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