第15話 夏の帰省
慌ただしい期末試験が終わり、学園は長めの休暇、すなわち夏休みに突入した。
私は学園の寮から必要な荷物だけをまとめ、久しぶりに王都にあるシェイン伯爵家の屋敷へと帰宅していた。
「リリア、学園での生活はどうだ?困ったことはないかい?」
「はい、お父様。ロザリアとも同じクラスになれましたし、とても充実しています」
夕食後、家族用の居間で両親と食後の紅茶を楽しんでいると、お父様が真面目な顔つきで咳払いをした。
「実はな、リリア。お前もそろそろ将来を見据える時期だ。最近、いくつかの家からお前への縁談の打診があってな」
「……え?」
確かに貴族の令嬢としては一般的な話題だけれど、平穏な学園生活を送ることしか考えていなかった私には、完全に寝耳に水だった。
「ええ、本当にありがたいことよね」
お母様がいつものようにふんわりとした笑顔で口を開いた。
「もし学園で気になっている殿方がいないのなら、この夏休みの間に全員とお会いしてみるのもいいんじゃないかしら?ざっと十人くらいだから、週に三、四回ペースで殿方とのお茶会をセッティングすれば間に合うわね」
「しゅうにさんよんかい!?」
笑顔で放たれたとんでもない無茶振りに、私は思わず紅茶を吹き出しそうになった。
十人と連続で二人きりのお茶会!?拷問か何かですか!?
「お、お母様!さすがにそれは……っ!まだ高等部も始まったばかりですし、もう少しゆっくり考えさせてください!」
「そう?素敵な殿方ばかりなのに、もったいないわぁ」
お母様はふう、と大げさに溜息をつくと、うっとりと頬に手を当てて語り始めた。
「私が学園に通っていた頃なんて、そりゃあもう毎日のように違う殿方からお茶会や観劇のエスコートを申し込まれて、休む暇もないくらい忙しくも楽しい日々を送ったものよ。それに比べたら、週に三回なんて可愛いものじゃない。ねぇ?」
(いや、学園のマドンナだったらしいお母様と私を一緒にしないで……!)
永遠に続きそうな過去のモテ自慢に、私が引きつった笑いを浮かべていると、見かねたお父様が助け舟を出してくれた。
「君がものすごく魅力的だったのは私もよく知っているが……さすがに週に三回のお茶会は、リリアには負担が大きすぎるんじゃないか?」
しかし——
「あら、あなた。何かおっしゃいました?」
お母様は完璧な笑顔のまま、首をこてんと傾げた。
口元は笑っているのに、目が一切笑っていない。その瞬間、部屋の温度がスッと五度ほど下がったような気がした。
「い、いや!週に三人、素晴らしいペースだと思うぞ! な、リリア!」
お母様には逆らえないお父様に見捨てられた私は、お茶会の予定を詰め込まれる前に、「今日はもう休みます!!」と逃げるように自分の部屋へと戻ってきた。
自室のドレッサーの前で大きな溜息をつくと、背後からクスリと柔らかい笑い声が聞こえた。
「お疲れ様です、お嬢様。奥様の無茶振りは相変わらずですね」
そう言って私の長い髪を優しくブラシで梳いてくれるのは、侍女のニーナだ。
私と十ほど歳の離れた彼女は、私がまだ言葉を覚えたての頃からずっとシェイン家に仕えてくれている、お姉ちゃんのような存在である。
「ニーナまでからかわないでよ。婚約なんて、私にはまだ早いわ」
「ふふっ。確かに、少し前までは家庭教師の目を盗んでは、よく屋敷を抜け出して迷子になっていましたものね。お嬢様がいなくなるたび、私がどれほど泣きそうになりながら探し回ったことか……」
「うっ……その節は、本当にごめんなさい」
幼い頃の脱走事件を持ち出され、私は居心地悪く肩をすくめた。
あの頃はニーナに心配をかけてばかりだった。泥だらけになって帰ってくる私を、ニーナはいつも怒るより先にホッとした顔で抱きしめてくれていた。
「でも、あんなに小さかったお嬢様に、縁談の話が舞い込むようになるなんて。……本当に、誰か気になっている殿方はいらっしゃらないんですか?」
鏡越しに目が合うと、ニーナが少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
「い、いないわよ」
「本当ですか?学園には素敵な殿方がたくさんいらっしゃるんでしょう?例えば……騎士科の方とか」
「――っ」
騎士科。その言葉を聞いた瞬間、真っ先に浮かんだ顔に、自分でも驚いた。
あの丘で青空を背にして立っていた、優しく笑う彼。
私がこうして両親から婚約の話をされているということは、ガランド家の次期当主である彼のもとには、今頃とんでもない数の縁談が舞い込んでいるはずだ。
学園中から注目を浴びる完璧な騎士様。
でも、私の前でだけは、昔と変わらない幼馴染の男の子に戻る彼。
――『人の目がないこういうところでは、いつもみたいに……君と会話させてね』
彼が囁いた言葉を思い出して、私は慌ててぶんぶんと首を横に振った。
「な、なんでもないわ!とにかく、今はそういうのは考えてないの!」
「ふふっ。お顔が真っ赤ですよ、お嬢様」
「もう、ニーナっ!」
ニーナの温かいからかいから逃れるようにベッドに潜り込んだ後も、私の心臓はずっとうるさく鳴り続けていた。
彼も今頃、どこかで私のことを考えてくれているのだろうか。
(夏休み中にも会えたらいいな……)
窓の外の星空を見上げながら、私は無意識のうちにそんな願いをこぼしていた。




