第12話 秘密の丘(後編)
「どうして、ここに……」
「驚かせてごめん。隣、座ってもいいかな?」
私が呆然と頷くと、ルーカスはシャツの袖を少し捲り上げ、私のすぐ隣の芝生に腰を下ろした。
「午前中、王宮近くの近衛騎士団の訓練場に、見学に行っていたんだ。その帰りに王宮を見たら、ウィンザー様の王家専用馬車が停まっているのが見えてね」
「ロザリアの馬車を?」
「ああ。それで、リリアも一緒に王都に来てるんじゃないかと思って。今日みたいに空気が澄んでいて気持ちのいい日は、きっと君は『お気に入りの場所』にいるだろうなって。そう思って来てみたら……本当にいた」
彼はそう言って、嬉しそうに目を細めた。
「……学園ではよそよそしいし、目が合っても君はすぐに逃げるから、全然ゆっくり話せないんだよな」
クスクスと小さく笑いながら、彼が少しだけ拗ねたような声色で言う。
「だ、だって……っ!騎士科の皆はただでさえ注目の的なのに、その中でもルーカスはどんどん人気になって、一段と目立ってるじゃない!周りからの目を考えると、とてもじゃないけど声なんて掛けられないわ……」
「幼馴染なんだから、堂々としていればいいのに」
あっさりと彼が口にしたその言葉。
そう、私たち――リリア・シェインとルーカス・ガランドは、俗に言う『幼馴染』だ。
出会ったのも、まさにこの丘だった。屋敷を抜け出して一人で遊んでいた私と、厳しい剣の稽古から逃げ出して泣いていた彼。お互いに泥だらけになりながら、この秘密の場所で一緒に遊んだ日から、ずっと長い時間を共に過ごしてきたのだ。
「殿下やウィンザー様も学園では目立つ存在だと思うけど……。リリアはこの前も、ウィンザー様の件で令嬢たちに絡まれてたでしょ?」
「えっ、見てたの!?」
「偶然ね。でも、まぁ……僕のせいでリリアが変に注目されて、他の令嬢たちに嫌がらせされるのも嫌だからね。学園では、他の皆と同じように接するよ」
ルーカスのその言葉に、私は胸の奥がチクリと痛むのを感じた。
(……自業自得、よね)
そもそも、学園で他人のフリをしているのは私の提案なのだ。
中等部に入学する前、「平穏で目立たない学園生活を送りたいから、私が幼馴染だということは秘密にして、他の令嬢と同じように接してほしい」と、彼にお願いしたのは私自身だった。
彼はその約束を、完璧に守ってくれているだけ。
それなのに、いざ彼が他の令嬢たちに向けるのと同じ完璧な作り笑いを私に向けてくると、どうしようもなくモヤモヤしてしまう自分がいるのだ。
「でも——」
私が少しだけ俯いていると、ふいに彼の手が伸びてきて、私の頬にかかった髪をそっと耳に掛けた。
ビクッと肩を揺らして顔を上げると、至近距離に彼の整った顔があった。
「人の目がないこういうところでは、いつもみたいに……君と会話させてね」
優しくて甘いその声に、私は一気に顔に熱が集まるのを感じて、「……うんっ」と、消え入りそうな声で頷くことしかできなかった。
その後、私たちはすっかりいつもの距離感に戻り、学園では話せないような他愛のない出来事――テオ様がどれほど胃を痛めているかや、ロザリアと殿下の微笑ましい(そして騒がしい)やり取りなど――について、日が傾き始めるまでずっと語り合った。
「あ、もうこんな時間!馬車の迎えが来ちゃう!」
「ふふっ、本当に君と話しているとあっという間だね。……じゃあ、また学園で」
夕焼けに染まる丘の上で、彼と秘密の時間を共有した私は、胸の奥にじんわりと温かいものを抱えたまま、ロザリアの待つ馬車へと駆け戻ったのだった。




