第11話 秘密の丘(前編)
よく晴れた休日の朝。
私は王家の紋章が刻まれた豪奢な馬車に揺られ、王都の中心部へと向かっていた。
「それじゃあリリア、また後でね!帰る時は図書館の前に迎えに行かせるから!」
「ありがとう、ロザリア。妃教育、がんばってね」
王宮へ向かうロザリアを見送った後、私は王立大図書館の重厚な扉を潜った。
ここは王都の住民をはじめ、学者や研究者、許可証をもつ王国の人々が利用できるルヴェリオ王国最大の知識の宝庫だ。古い羊皮紙とインクの匂いが漂う静寂な空間は、私にとって心安らぐ場所だった。
窓際の席を確保し、借りたかった歴史書や植物図鑑のページをめくる。
誰の目も気にせず、ただ純粋に文字の世界に没頭する時間。気がつくと太陽はすっかり高く昇り、昼下がりと呼ぶべき時間になっていた。
「……ふぅ。少し、読みすぎちゃったかしら」
小さく鳴ったお腹の音で、ようやくお昼ご飯を食べていないことに気がついた。
図書館の近くにあるベーカリーで何か買って食べようと外に出る。最近は本格的な夏の訪れを感じる日が増えていたが、今日は不思議と涼しい風が吹いていて、まるで初夏に戻ったかのように過ごしやすい。
空はどこまでも高く青く澄み渡り、吹き抜ける風には夏草の瑞々しい匂いが混じっている。
(こんなに天気が良くて気持ちがいいのに、屋内で食べるのはもったいないわね。……久しぶりに、あそこに行ってみようかな)
焼きたてのハムとチーズのサンドイッチを紙袋に入れてもらい、私は図書館の裏手から王都を抜け、郊外へと続く緩やかな坂道を登り始めた。
しばらく歩き、整備されたメインの石畳からひっそりと逸れる。向かうのは、一見するとただの深い森にしか見えない、細い脇道だ。
生い茂る草木を掻き分け、緑に覆われたトンネルのような小道を進んでいく。入り口が分厚い葉で覆われているため、通りがかっただけではこの奥に道が続いているだなんて誰も思わないだろう。
やがて、視界を塞ぐ最後の緑の壁をくぐり抜けると――ふわりと、眩しい光と共に視界が開けた。
王都の街並みを見下ろせる、自然豊かな芝生の丘。
ここは私がまだ幼かった頃、厳しい家庭教師の目を盗んで、屋敷を抜け出してはよく遊びに来ていた『秘密の場所』。伯爵令嬢という肩書きを忘れて、ただのリリアに戻れる特別な隠れ家。
「うん、やっぱりここからの景色は最高ね」
柔らかい芝生の上に腰を下ろし、心地よい風に吹かれながらサンドイッチを頬張る。
遠くから微かに聞こえる王都の喧騒も、大自然の静寂に溶け込んで、ただの心地よいBGMになっている。お腹が満たされた後は、図書館で借りてきたばかりの本を膝の上に広げた。
ページをめくる音と、風が草木を揺らす音だけが響く穏やかな時間。
いつの間にか私は、少しだけ微睡みの中に落ちかけていた。
――サクッ、サクッ。
ふと、背後の草を踏む足音が聞こえ、ハッと顔を上げる。
ここは滅多に人が来ないはずなのに。驚いて振り返ろうとした瞬間、私の頭上からふわりと、柔らかな影が落ちた。
「やっぱり、ここにいたんだね」
鼓膜を揺らす、優しい声。
信じられない思いで視線を上げると、青空を背にして立っていたのは、ラフなシャツ姿のルーカスだった。
「……ルー、カス……?」




