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第13話 図書室の甘い罠

 季節は夏本番を迎え、学園は目前に迫った大きな試練である、一学期の『期末試験』の話題で持ちきりになっていた。

 この学園の試験は二部制に分かれている。第一部は全科共通で行われる一般教養、第二部は学科ごとに異なる専門科目だ。例えば殿下やテオ様がいる政務科なら社会情勢、騎士科なら剣術や戦術、といった具合である。

 

「殿下、ですからここの年代と条約の名前が逆です!昨日も同じところで間違えていましたよ!」

「む、分かっている!今のは確認していただけだ!」

 

 放課後の図書室。私たちが陣取った大きな机では、今日もテオ様が頭を抱えながら殿下に歴史を教えていた。

 このメンバーの中では、ロザリアとテオ様は学年でもトップクラスの成績上位者だ。一方、私と殿下は良くも悪くも中の上。そのため、試験前になるとこうして集まり、優秀な二人に勉強を見てもらうのが恒例になりつつあった。

 

「リリア、ここの公式は覚えているかしら?」

「えっと……確か、こう当てはめるのよね?」

「正解よ。ふふっ、リリアは真面目だから教え甲斐があるわ。どこかの誰かさんとは違って」

「ロザ、聞こえているぞ!」

 

 呆れたように微笑むロザリアと、ムキになる殿下。そんな平和なやり取りにクスッと笑いながら、私はふと顔を上げて周囲を見渡した。

 試験前ということもあり、今日の図書室はいつも以上に生徒たちで賑わっている。入り口からは、普通科や政務科だけでなく、騎士科や芸術科の生徒たちも次々と入ってきては、空いている席を探していた。

 

(科は違っても、一般教養は同じ試験だものね。皆、勉強頑張ってるんだな)

 

 試験前ならではの活気に、私も少しだけ気を引き締め直して立ち上がった。

 

「ごめん、ロザリア。少し奥の棚で、歴史の参考書を探してくるわ」

「ええ、いってらっしゃい」

 

 私は席を立ち、図書室の奥深く――古い文献や専門書が並ぶ、静かで少し薄暗いエリアへと向かった。

 

 お目当ての分厚い参考書を見つけると、私はそのまま棚のすぐ近くにあった閲覧用の椅子に腰を下ろした。少しだけ内容を確認するつもりが、思いのほか分かりやすい解説に惹き込まれ、ついページをめくる手が止まらなくなってしまう。

 

 どれくらい、そうして集中していただろうか。

 ふと、隣に人の気配を感じて顔を上げた私は、心臓が飛び出るかと思うほど驚いた。

 

「っ!?」

 

 すぐ隣の椅子に、いつの間にかルーカスが座っていたのだ。

 彼の手には私と同じように分厚い参考書が開かれているが、その視線は本ではなく、どこか楽しげに私の方へ向けられていた。どうやら、私が自分で彼に気づくのをずっと待っていたらしい。

 

「る、ルーカ――」

「しーっ」

 

 思わず大きな声を上げそうになった私の唇の前に、彼がスッと人差し指を立てた。

 

「図書室では、お静かに」

 

 少し意地悪そうに目を細めて微笑む彼に、私は慌てて口を手で覆い、コクコクと頷いた。

 

「もう、びっくりさせないでよ……。ルーカスも勉強?」

「うん。さすがの僕も、一般教養はちゃんと勉強しておかないとね」

「ふふっ、いつも剣術の稽古して剣の腕ばかり磨いてるから、勉学の方は少し苦手なのかしら?」

 

 私がわざと意地悪にからかうと、彼は「痛いところを突くね」と苦笑した。

 

「実技なら誰にも負けない自信があるんだけどね。ねえ、もし僕が試験で赤点を取りそうになったら、リリア先生が教えてくれる?」

「中の上の私に教えを乞うなんて、ガランド家の次期当主様も随分と切羽詰まってるのね。……でも、まぁ、幼馴染のよしみで少しなら教えてあげなくもないわ」

 

 お互いに声を潜め、クスクスと秘密の会話を交わす。

 学園の中で、こうして彼と誰にも気を遣わずに笑い合えることが、ひどくむず痒くて、嬉しかった。

 

「ありがとう。じゃあ、邪魔をして悪かったね。……お互い、頑張ろう」

「ええ。またね、ルーカス」

 

 彼が席を立ち、静かに図書室の奥へと消えていくのを見送ってから、私もみんなが待つ席へと戻った。

 

「おかえりなさい、リリア。いい参考書は見つかった?」

「うん、すごく分かりやすそうなのがあったわ」

 

 ロザリアに微笑み返し、手元の参考書を開いた、その瞬間。

 ページの間から、ノートの端を千切ったような小さな紙切れが、ひらひらと机の上に舞い落ちた。

 

『あまり根を詰めすぎないように』

 

 そこに書かれていたのは、見慣れた彼の、流れるような美しい筆跡。

 

「えっ……?」

「ん?なあにそれ。誰かの忘れ物?」

「あ、ううん!なんでもないわ!」

 

 私は慌ててその紙切れを両手で隠し、ギュッと握りしめた。

 いつの間に挟んだのだろう。私が本に夢中になっている時か、それとも会話の最中に手品のように忍ばせたのか。

 

(もう、本当に……油断も隙もないんだから……っ!)

 

「ちょっとリリア、なんだか顔が赤くない?大丈夫?」

「だ、大丈夫よ!きっと、急に難しい歴史の本なんて読んだから、知恵熱が出ちゃったのよ、知恵熱!」

 

 不思議そうに首を傾げるロザリアから誤魔化すように目を逸らし、手元にある彼の優しさをそっと制服のポケットにしまい込んだのだった。

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