22.対談~学園長編~
『学園長。少し話したいことがあるのですが、お時間いただけますか』
帆梶澪は、朝日奈学園長に対し、そう啖呵を切った。
いや、喧嘩ではないが腹の探り合いの啖呵だ。事前のアポイントメントもなしで、不躾に頼んだ澪に対し、狐面の彼女は微笑んだ。
『ええ。構いませんよ』
今、澪はそのことを猛烈に恥じていた。
(うあああああ、私の馬鹿ぁぁぁぁぁぁ!!)
場所を変えようと応接室に移動し、部屋の確認をするのでしばし待たれよ、とのことで待機中の澪。
人気がないことを良いことに、頭を抱え髪をばっさばっさ揺らして、反省会。穴があったらブラジルまで国外逃亡したい。いっそのこと頭突きで廊下を掘れないだろうか。
(流石にあれは失礼過ぎるよ!学園長って言ったら潜行士の精鋭が集う第一部隊よりも多忙なのに!)
頭の中で勝手に推理して、事情聴取お願いできますか?なんて警察と探偵しかやってはいけない。調子に乗るも程がある。最悪第一部隊に殺されて今日は命日かもしれない。隊員に会ったことないけれども。
「準備が出来ました。どうぞ―ってなに土下座しているんですか」
「わたくしめの不行儀な振る舞い、言動に対し、誠心誠意謝罪を申し上げております」
「はぁ」
「本日はご多忙の中、面会をお許しくださり誠にありがとうございます。恐悦至極に存じます」
「私は天皇ではないので美辞麗句は結構です。それより近くに職員室があるここで、土下座をしないでください」
「あ、すみません」
応接室は学生が入るような場所ではなかった。見た目は一般のものと変わらないのに、家具の醸し出す雰囲気が今まで訪れた人々のくらいの高さを証明している。こげ茶のローテーブルに、光沢のある生地の椅子、そして壁に掛けられた各大臣の写真。豪華な額縁にはいずれも【アルナ学園設立記念 寄贈品】と金の文字で記されている。
(え、私めちゃくちゃ場違いなんじゃ)
当り前じゃろ。
動揺しつつ着席すると、目の前に紅茶が置かれる。冷や汗をかく澪の向かいに座った学園長は、いつもと変わらない笑みだ。
「時間がありません、さっそく貴方の質問に答えましょうか。第二部隊の案件ですね?」
「はい、詳しく教えて欲しいです。第七部隊の私には本来なら踏み入れない領域でしょうが・・・・・・」
澪が俯くと学園長はクスリと笑い、カップに添えた手を、深緑の袴におろした。
「では、出来る範囲で」
■■■
第二部隊で起きている問題。それは死亡届が出されたはずの少年を隊員が目撃したことだった。
少年の名は松本■■。推定年齢は■歳で死亡届が出されたときの年齢は■歳だった。
最初の目撃者兼接触者は第二部隊 副隊長の藤本菫。本人曰く、水没エリアの任務の合間にコロニーで連絡を入れていたところ、建物の影から出てきたらしい。見た目や服装に特徴はなかったが、かなり切羽詰まった様子で、何かに怯えている様子だった。
菫が落ち着かせようと優しく質問するも、名前と年齢しか答えず、ひらすらに「助けて」と叫ぶのみ。せわしなく辺りに視線を巡らし、不安げに菫の腕にしがみつく。
コロニーの住人ではない。となると別のコロニーから流されてきたか、あるいは何かから逃げてきたか。
ともかく放っておけないが、あいにく菫は水上バイクで来た。流石に二人乗りは危ないし、一人で救助はできない。増援を呼ぼう、と連絡を入れた。ほんの一分ほどの会話、それだけだった。
『はい。松本■■くん。第四コロニーで発見しました。かなり動揺している様子。増援お願いします』
あと五分ほどで到着するだろう、という隊長の返答に安堵して菫は振り返った。もうすぐで潜行士が来ます、あと少しですよ―と励ます言葉をかけるつもりだったのだ。
―しかし、そこに少年はいなかった。
菫は動転して、だがすぐに冷静に捜索を始めた。コロニーにも聞き込みをしたし、建物の裏まで回った。考えたくはなかったが、海にも潜った。けれど蒼海と沈んだ人工物が広がるだけで何もなかった。
《もしかしたら、少年と同じような境遇の人々が他にもいるのではないか》
その仮説は隊員や教師陣に激震を与えた。しかし不可解なことはある。
一体なぜ、少年はコロニーに入らず菫に助けを求めたのか。コロニーに事情を離せばすぐに潜行士は来るだろう。そして建物の中にいれば外からは分からない。だが彼は潜行士に助けを求めた。どうして?
そして、少年はいったいどのような境遇だったのか?いずれも真相は闇の中である。
■■■
「そんなことが」
「ええ。ご満足いただけましたか」
(満足も何も、こんなことが水面下で起きているなんて)
間違いない。これは澪の幼馴染・佑磨の行方不明に関わる研究所が絡んでいる。そしてその松本という少年は恐らく、
(組織からの脱走者)
思考が駆け巡る最中、脳内に女性の声がこだまする。
『この間、そちらの潜行士が息子を見たと耳にしました』
「もしかして、先ほど学園長が話していた相手って」
「ええ、その松本くんのお母様ですね。彼女は第四コロニーに住んでいらっしゃいますので」
冷や汗が止まらない。眩暈がして体中の細胞が脈を打っている。汗の滲んだ手を澪は白くなるほど握りしめる。
やはり、佑磨の兄・凪沢悠斗の推測は正しかった。
―佑磨は、研究所に囚われている。それも脱走を許さないような危険な監獄に。
「これからその、松山くんはどうなるんですか」
「松本くんです。もちろん捜索を続けて―」
「違います。彼が囚われている組織は、どうするんですか」
そう告げた瞬間、学園長の表情がお面越しでもわかるほど、変化した。例えば、晴れていた穏やかな海が、雷鳴が轟き、荒れ狂うように。明神の逆鱗に触れたように。
見えない瞳は確かに光を失っていた。この感情は澪がよく知っている。失望だ。
「・・・・・・ああ、そういうことですか。あなたはやはり、だから潜行士になったんですね」
あなたには期待していたのに。その呟きに澪は謝罪も答えもしない。しかし沈黙は肯定と同義である。学園長はおもむろに立ち上がると澪に背を向ける。そして、狐面の朱い組みひもをほどいた。彼女の視線は遠く遠く、海に沈んだ土地に向けられている。
「先ほどの質問。組織とは何か、分かりかねますが一つだけ忠告しておきます。あなたは知るべきではない」
「承知の上です。それでも私は明かさなければいけません。松下くんのためにも」
「ならまずは名前を覚えるところからですね。潜行士はともかく、人としての基本でしょう?」
分かっている。彼女の言っていることは正論で本当にその通りなのだ。人としての基本が、澪には欠けている。
唇を噛んだ。視界がじんわりとぼやける。なぜだろうか。澪は今、苦しくて歯がゆくて、奇妙に懐かしかった。そして、どこかで軋むような泣き声が聞こえる。澪の、中心から。
「私は、名前を覚えることが苦手です」
「知っています。入学書類にも特記事項として書いてありましたね」
「・・・・・・はい。よく間違えて怒られることがありました。侮りやからかいとして注意されることもありました」
「でもあなたは覚えない。人に興味がないからでしょう?あるいは名前なんて無価値だと考えているのではないですか」
学園長は結ばれていないお面を手で押さえ、振り向いた。本来の位置とはずれたその隙間から、鋭利な光が覗いている。彼女は自分まで傷ついたように唇をゆがめ、それでも言葉を発した。
「名前とは、存在です。人は名を呼ばれることで初めて人として成立し、認められる。名前には性格も名誉も立場も背景も全て詰まっています。真名であろうと偽名であろうと、名前はその人を作り上げる源であり、仮面です。どれほど臆病で意気地なしでも、仮面をつけることで話せるように、名前によって私たちは生かされている」
彼女は狐面を本来の位置に戻すと、息を吐いた。そして澪を射抜く。
「あなたが名前を覚えようとしないことは、相手を否認することです」
「それでも覚えられないんです!」
心臓がぶるぶる震える。足の力が抜けそうになる。なぜ、自分はこんなにも悲しいんだ?
「何度も何度も挑戦しました。ですが頭に刻み付けても時がたてば、煙のように消えてしまう。零れ落ちてしまうんです。その度に自分は人を認められないと言われているようで、なんて愚かだと痛感します」
なんだ、これは。今しゃべっているのは、本当に”帆梶澪”なのか。
「私は、私を認めてくれる人を最後まで認めたい。諦めたくないんです・・・・・・」
澪の弱弱しい声に学園長はこちらをみると謝罪した。
「すみません意地悪が過ぎましたね。私は名前が大切だということを伝えたかっただけです。そろそろ帰らないと班員が心配しますよ」
「はい、失礼します」
そう言うと、澪は応接室を出る。片目から透明な雫が一滴、床に落ちた。
澪はまだやらなくてはいけない。例えどれだけ苦しかろうとも。
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