23.狼と鶯
タイトルは「おおかみとうぐいす」と読みます。メルヘンですが内容はシリアスです。たぶん。
かつん、かつんとトタンの階段を下る音が地下に響く。光源は柱に着けられたランプ以外何もなく、肝の小さい者では半日居るだけで気が滅入ってしまうだろう。
ロウソクを持った人影は、とある部屋の前で足を止めた。鉄棒が天井から床に、等間隔で設置されていて、床には申し訳程度に薄いラグマットがひいてある。あとはトイレと洗面器、それと人。
いわゆる”座敷牢”に囚われた裏切り者に人影は話しかけた。
「やあ、元気?」
「帰れ」
「あはは、だいぶ目が死んでるね。でも脱出何て考えるのは放棄しな、狼さん」
オオカミ、と言われた人間は、この世の恨みを凝縮したような濃度の高いため息をつく。
「もう諦めてる。しいて言うならこのオオカミの面は外せないのか?食事を食べるときに鼻がつきそうで不便なんだけど」
「むーり。選別用の印なんだから。俺だってこの鳥のお面外したい。実験するとき視野が狭くなるんだよな」
「お前ならそういう頼みは聞くんじゃないか、春告鳥。なんせ拾番様―幹部十二支の《日読みの酉》様のお気に入りだろ?この前の研究で潜行士に一泡吹かせるための装置を発明した研究者、って聞いたけど」
「誰が聞いてるか分からないから口を慎めよ」
春告鳥は苦笑交じりでオオカミの対面に胡坐をかいた。
―ここは日本の再生、もとい再生省の撲滅を目論む組織の本部だった。十二支と呼ばれる幹部とその他大勢の駒によって成り立っている、非公開の極秘組織。構成員同士は素性の知らぬ面を被った相手と、毎日研究に明け暮れる日々を送っている。
組織の規則はただ一つ。
【お稲荷様と十二支に逆らうべからず】
実にシンプルな規則だ。しかし、じゃあ他の下っ端には逆らっても良いのかというとそうでもない。
幹部十二支。その名の通り子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の十二人からなる枠組みで、動物の名になぞらえた面を被っている。小学生のような子供から中年の大人までいるにも関わらず、どの十二支も権力は等しく、それぞれの得意分野においては他人がおののく程の力量だ。
そして名もなき構成員たちは各十二支の派閥にそれぞれ属することで、初めて名を与えられる。
春告鳥の属する派閥のリーダー、《日読みの酉》は中性的な雰囲気を纏う女性で記憶力が恐ろしく高い。また、十二支の中では部下の数が最も多いことでも知られていた。
「それにしても従順そうに見えたオオカミくんが、二度も人の信頼を破るとは思わなかった」
「・・・・・・」
オオカミは一度情報漏洩の罪で二週間の執行猶予が科せられた。しばらく厳重注意の謹慎処分―という情報に対しては異常に厳しい組織のトップ・イナリ様にしてはお優しい措置だった。
にも関わらず、オオカミはイナリ様と彼の上司・卯の肆番様の信頼を裏切り、脱獄未遂で座敷牢行きになったのだった。
まさに自業自得、いや自縄自縛だ。自分の縄で、自分の首を縛るなんて。
けれどそれでも、オオカミは肆番についていこうとは思わなかった。忠誠を誓えなかった。
だってそうだろう。逃げるだけで戦闘はからきし、警戒心が強く部下にさえ心を開かない上司なんて。
「君の刑の執行はえーっと明後日だって。楽しみだね」
「良かったな他人事で」
「だいぶ疲れてるみたいだね。そうだ、お守りをあげるよ」
春告鳥は懐を漁ると名刺サイズの厚紙を、鉄格子の隙間から渡してきた。丈夫そうな紙質だが、表面はまっさらで消したような跡も全くない。
「なんだこの白紙」
「これを助けてくれた人に見せれば、きっと保護してくれるよ」
「いらない」
「五分五分の確立が七三くらいに変わるけど、本当に?」
「大体見たと言って会う人全員が善人じゃないだろ。なんだ、そんな人に心当たりがあるのか?」
冗談と嘲笑交じりで告げた言葉に、春告鳥はにっこりとほほ笑んだ。今までとは違う人間らしい笑みにオオカミはたじろぐ。
「うん、もちろん。彼女は僕が出会ってきた中で最も優しい」
「・・・・・・恋人か?」
「ははは、僕が捨てた元幼馴染だよ」
「ふーん」
取りあえず使えるものは使う、貰えるものは貰おうとポケットに入れた。春告鳥も時間切れらしくロウソクを持って立ち上がる。蠟がだいぶ溶けていて皿ぎりぎりに炎が揺らめいていた。
「じゃあ、頑張って生きあがいてね」
―生きれるかどうかなんて分からないけどな。
残された暗闇の中で、少年は未来を呪いながら今日も生きている。
二個目の補足すみません。作中で肆番と出てきますが本来は肆と読みます。
ですがしばん、ってなんか柴犬じゃんと思い”よんばん”としています。
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