21.広がる波紋
誰もいない廊下に、自分の足音だけが響く。影は鬱陶しい表情を隠さず、空に輝く太陽を見上げた。
自分が暗い影から日の下に出てきて、数年。他人より陰っていることを見せないように、ひたすら模倣と検証を重ねてきた。
それでもあの女狐は、見えない瞳でこちらを覗いているのだ。自分の化けの皮の下を。
女狐はもっと大きな皮を被っているくせに。自分のことは棚に上げ、如何にも君らが怪しいという憶測と傲慢を混ぜた目で、隙間から見ている。
ああ、もう考えるだけで腹が立つ。
自分が忠誠を誓うのは、うるさいほどに自ら輝く太陽ではなく、他人の力を借りてでも優しく照らす月なのに。
扉の前に立ちやや雑に扉を叩く。上司はこれくらい許してくれるだろう。
案の定「ああ、君か。今日はややご機嫌斜めだね」と赤子に接するような口調で、上司は自分を招き入れた。影は無表情に一礼する。それを見て上司はやや眉を顰めるが他に誰もいないし、これくらいいいだろう。この部屋は特定の人しか入れない。
「お疲れさま。それでこの間の第二部隊の件は?アレが隊員に接触されたと聞いたけど」
「やはり第二部隊の間で話題になっているようです。何しろ接触者が、他とは一線を画す実力の藤本菫ですから」
「ふーん。それで情報はどれくらい流出してる?」
「箝口令が敷かれているので、第一第二以外は知らないでしょう。ただイナリ様は許さないでしょうね。何しろ彼は助けを求めようと、組織から脱出を―」
「夢見鳥」
低い声に、影―夢見鳥は、すぐさま口を閉じた。
「憶測は良くない。それがイナリ様に関することなら特に、だ」
「申し訳ございません。戯言を申しました」
夢見鳥は素早く謝罪した。先ほどの苛立ちが残っていたとは言え、イナリ様直属の部下でもない使い捨ての駒の自分が、さも本人かのように述べるのは良くない。イナリ様は、触れることが出来ない月だから。
上司もそれを理解すると、話を変えた。
「さて、組織はアレの回収に成功したらしい。今頃座敷牢で捕らわれているだろうね」
「そうですか。刑はどのように?」
「今回のことで刑は重くなる。裏切りに加え、脱走未遂だからね。僕が刑の方法を提案したら、イナリ様は採用してくれたよ。詳しくは言えないけど」
「・・・・・・刑の執行はいつでしょうか」
「周りにバレないように、頃合いを見てかな。上から連絡が来ると思うよ。
まあ、アレはもう死んだことになっているから、童話の裏切り者のように分かりやすく抹消しても意味がない。きっと嫌らしく回りくどい方法だ。仮に発見されたとしても、今はどこも困窮しているから受け入れて助けてくれるような人もいない。これからどうなるのかな」
瞳を細める上司に、夢見鳥は、眉をぴくりと動かす。
―これからどうなるのかな。
その物言いはまるで、
「未来があるような・・・・・・」
「こら」
彼は人差し指を自身の唇に当てる。夕日の逆光でその表情は読み取れない。分かるのは自分が戸惑いを浮かべていることだけだ。
「口は災いのもとだよ。言わなければいいんだ」
開きかけた口がゆっくりと閉じていく。悪戯気に彼は笑った。
「教師の君なら分かるよね。―帰蝶教官」
◇
”運命の女神は微笑まない”。勝敗などでそう揶揄されることはあるが、澪は常々思う。
―あなたの微笑みは、そんなに高いんですか?表情筋を動かすくらい造作もないことでしょう?
澪は今、そうぶつけたかった。
「ありがとー澪!」
「さすがチョロ・・・・・あ、チョキガール」
「聞こえてるよ鳥頭」
「すみません帆梶さん、毎度毎度」
「優しいね帆梶さんは」
「ソーダネ、アリガトウ」
コロニーチェック表。コロニーに物資を届けるついでに施設は壊れていないか、人々の健康状態はどうか、物資は足りているかなどを書き込むのも潜行士の仕事。なのだが。
コロニーの問題を最終的に解決するのは、言うまでもなく再生省大臣である。
しかし、もちろん大臣には直接会えないので、仲介人として一旦朝日奈学園長が預からなければならない。
その提出を誰がやるかと言えば、澪である。
「ありがとう帆梶さん」
「よりによって月末だから学園長に”直接”提出だなんて知らなかったんだけど。いつもはポストでいいのにさ。そうだ、重要情報の隠蔽罪の贖いで手伝ってくれてもいいんだよー」
「でも帆梶さん、取引の時に僕が出した交換条件、達成してないんだけどなぁ。いつになったら凪沢先輩に会えるの?」
(話をそらされた)
ほんわりとした勝者の笑顔に、じゃんけんに負けた八つ当たりもあって、いよいよ頭に来た。
「あのね、戦略担当の霧原くんなら第二部隊の隊長がどれだけ多忙かわかるでしょう!?」
「あ、うん」
「そんなに会いたいなら、直接伝える度胸を持ってから言って!」
「えー、逆ギレしないでよ」
「じゃあやってよ」
「いやだ」
口論の二人をよそに、険悪な雰囲気を見て見ぬふりの玲奈と光。そして目を向けすらしない日向。そんなわけで、けんかの仲裁は百合にお鉢が回ってくる。しぶしぶ百合は口を開いた。
「二人とも落ち着いてください。霧原くん、手伝いを要求されたら手を差し伸べるのが紳士じゃないんですか?」
「ごめんね、紳士とは程遠い腹黒狸なんだ。僕は」
「それは聞いていないので結構です」
「腹黒なのは知ってるし」
「・・・・・・なんかあたりキツイ」
「欲張りのツケが回ってきたんだよ」
「帆梶さんもけんか売らない!私がついていきますから」
◇
そんなわけで、百合のごとく心が清らかな彼女同伴で学園長室に向かうこととなった。
(うちの班はなんで生意気が多いのか)
「・・・・・・」
光も玲奈も何だかんだで言って優しいのに、嫌なことはちゃっかり手を引くものだからモヤモヤする。鬱憤を晴らすべく悠斗に話したいが、彼はこの間の任務の問題発生により、多忙らしい。
(悠斗さんがすぐに解決できないって、そんな不可解な問題なの?)
「・・・・・・帆梶さん、質問よろしいですか」
「どうぞ?」
「私の情報網によると一週間ほど前のおよそ正午。帆梶澪が入った談話室に、藤本先輩が入室との通報が」
「え!?いやや、普通に話しただけだよ!」
「しかし密室で二人きりという状況は頂けないものですが、どのような意図が」
「その言い方!なにもないから!」
「ほう、ではなぜ?」
百合の目が本気だ。おそらく彼女の中で澪は、恋愛ものにおける横取り系悪役なのだろう。そんなことはない。せいぜい好きな人の想い人だと思っていたら、物語を盛り上げるためだけのモブだったとか、そういう立場だ。
「あああ、百合さん?私そういうのじゃないから」
「私の名前は百合ですが、百合ではありません」
「そんなこと言ってないよ!」
鬼気迫る百合にどう弁解しようかと澪が頭を悩ませていると―
「お願いします!どうか、どうか息子を!」
(ん?)
声の主に向けると、母親らしき風貌の女性がいた。頭を下げている相手は狐面の朝日奈学園長だ。
学園長はやや困り顔―実際は口元だけだが―で、口を開いた。
「ええ、松本さんのご子息は現在捜索中です。なので、」
「この間、そちらの潜行士が息子を見たと耳にしました。あの子は、生きているんです!おそらく何か巻き込まれて―」
「落ち着いてください。我々も精一杯捜していて・・・・・・」
ふと、学園長と目が合った。盗み聞きしてしまった二人は急ぎ退却と駆け出しかける。が。
「ああ、帆梶さんと桜宮さんじゃないですか。やっと来ましたね」
「!?」
「・・・遅れて申し訳ありません」
さも面会する予定だったような口ぶりに澪は動揺する。しかし頭の回転が速い百合はすぐさま一礼して対応する。ここは空気を読め、と目で訴えられたので澪も頭を下げる。
「いえ、こちらこそ。というわけで松本さん。申し訳ありませんがこちらも事情がありますので、後々ご連絡させていただきます。本日はわざわざ出向いてくださりありがとうございました」
「・・・・・・いえ、貴重なお時間をいただき感謝します」
松本さんは低い声で述べると、踵を返して扉に向かっていった。唇を噛みしめていて、目は充血している。手には写真らしき紙切れを握りしめていた。おそらくその写真は息子だろう。
(最近、行方不明者に会った潜行士・・・・・・)
そういえばこの前、菫と対談した時。優秀な彼女にしては遅刻し、さらに身だしなみが乱れていた。同じく第二部隊 隊長の悠斗も多忙につき、しばらく会えていない。
第二部隊はそんなに忙しいのかと、澪は驚いたが、もし違うとしたら。
『ええ、構いませんよ。―骨の折れる任務でしたが』
『悠斗さんがすぐに解決できないって、そんな不可解な問題なの?』
『最近そちらの潜行士が息子を見たと耳にしました』
『おそらく何かに巻き込まれて―』
「ああ、そういうことか」
「帆梶さん?」
(それはじゃんけんに負けるはずだ)
これは僥倖と言っても過言ではない。運命の女神は、すべてお見通しだったのだ。
「学園長。少し話したいことがあるのですが、お時間いただけますか」
「ちょっと帆梶さん、約束もなくそんな、失礼ですよ」
百合の制止など澪には目に入っていなかった。その言葉は、視線は目の前にいる狐に向けられている。
この質問はきっと、彼女のお面の紐を緩めるのと同じことだ。
学園長はしばらく口を閉じていたが、狐面の鼻に触れると、唇を上に曲げた。
「ええ。構いませんよ」
澪は彼女の見えない瞳を見つめる。化けの皮の下に目を凝らす。彼女は隠しもしないし守りもしない。
今、澪にできるのは憶測と疑念を混ぜた目で、隙間を覗くことだ。
一話であそこまで行くつもりだったのに・・・・あらら?
面白かったらブクマ・コメ・評価よろしくお願いします。




