20.対談
千載一遇のチャンスを、初っ端なから大コケした澪は、京都人も青ざめるような全神経を研ぎ澄ませた土下座でなんとか丸く収めた。
「まあ、私も昼休みに呼び出したり、遅刻したりと非がありますので。流石に待機中にするめいかを食していたのは奇想天外斜め上の行動でしたが、容赦しましょう」
「ご慈悲に感謝いたします」
とまあ、貴族とその使用人のような会話をして。
よくよく目を凝らすと菫は任務後直接来たようだ。ほのかに漂う潮の香りや髪の編み目が乱れているのが明確な証拠。相手に呼び出されたとはいえ、肩身が狭い。
さて、舞台は整った。
ここで少しでも研究所―ひいては佑磨につながる情報を藤本菫から引き出す。アルナ学園でもコロニーでも、どんな情報でも大歓迎だ。相手に飲まれることなく、終始一貫の態度で臨みたいと思う。その為に念入りに準備してきたのだから。
(一番不可解なのは、なんで現場にすら出動していない下位の潜行士を呼んだか、だけど)
とにかく五秒で決まる第一印象!澪は人懐っこい笑みを作り、口火を切った。
「それで、お忙しい中私をなぜ呼んだのですか?相棒である凪沢先輩との関係が気になるだけではありませんよね?」
「ありますが+αで訊きたいことがありましたので」
(ゑ!?悠斗さんメインなの!?嫉妬には太刀打ちできないんですけど!)
頭の中は赤ランプ、思考回路は混線中、絶体絶命大ピンチ!
韻を踏んだラッパーが躍るところで状況は変わらないが、単刀直入に悠斗の話を持ち込まれるとは。澪は心のガードを強くしておくと共に、言い訳の準備。決して一ミリとも情報漏洩はしない。
「まず、悠斗さ―ごほん、凪沢さんと暫し談話室に入るとの目撃情報が相次いでおりますが、どのような目的で?」
「『実は私の自主練方法が非効率極まりないと指摘をもらったんです。なので厚かましいと思ったんですが練習方法を教えて欲しい、と頼みました。すると直接指導はできないが方法なら教えられる、と言われたんです。なので時々談話室でその方法を教えてもらっている』んですよ。とっても優しいんですね」
「なるほど・・・・・・断りそうではありますが凪沢さんは、何だかんだ後輩に甘いところがありますからね。何回も教えるようには思いませんが」
「多分『私が必死で懇願した』からですね」
「そうですか」
ジャーナリスト菫はしばらく情報を脳内解析していたが、腑に落ちたらしくうなずいた。同時に澪は肩を落とし安堵する。手汗がびっしょりで気持ち悪い。
(乗り切ったー!!)
本当に誉めて欲しい。何を隠そう澪は嘘が下手なのだから。
どれくらい下手かというと幼馴染の佑磨にプリンを勝手に食べられ、謝られたとき(小1)に、
『別にいいもん。プリン嫌いだし!どうせ買ってきてもらうし!・・・・・・ぜんぜんっ、うぐっ、おこってないもん!ひぐっ』
とスカートを握りしめ目を真っ赤にして、涙をボロボロこぼし半ば八つ当たりで叫んだのだから。兄を持つせいか、当時小1にしては周囲から浮くほどオトナだった佑磨を慌てさせたほど。
後に彼が涙目で、悠斗に必死で懇願した。
そして少ないおこずかいをはたいてプリンを澪に渡した時の表情は、今でも脳裏に浮かぶ。赤べこのようにぺこぺこと頭を下げている表情が。当時感情豊かだったとはいえ穏やかな悠斗が、稀に見る表情で腹を抱えて爆笑したのは一生忘れられない。
「それで、上位部隊に急速に名を広める理由は?」
「広めない理由はあるんですか?」
「・・・・・・それもそうですね」
質問には質問返す。これは最強の会話術だ。
澪の本音は【研究所について探るためにコネをつくりたい】だが、実際上位潜行士にお近づきを求める下位の隊員は多くない。というかいないほうが珍しい。
(でも不自然だったかな?)
案ずるより産むが易しというが、ローマは一日にして成らずとも言う。先人はこういう線引き際を明言してほしかった。切実に。
「では最後に一つ」
「はい」
「あなたは周りの方、つまり教官やクラスメイト、班員をどう思っていますか?」
(・・・・・・)
「え、美形が多い?」
「すみません、空耳でしょうか」
「空耳です!」
冗談抜きで一旦熟考する澪。
(教官やクラスメイト、班員に対する思いか)
これは恐らく【相手をどんなふうに見ているか】だろう。
信頼できる者か、都合の良い駒か、あるいは使い捨ての人形か。
(わらび餅くんの言ったとおりだね)
実はわらび餅―澪の覚え間違いで本当は早蕨―から聞いたのだが。
連れ去られたときに『まだ話したいことがぁ』と言っていたのが気になり、問い質したのだ。彼は頭が悪そうには見えなかった。女好き情報を公開して、さらにまだ公開するとは思えない。
だからそちらこそ重要なのでは、と睨んだのだが、これが正解だった。
『第二部隊はさ、毎年この時期に、名を伸ばす下位の隊員を呼び出して面接するんだってさ』
『アルナ学園に来る人は善人だけじゃない、日本の未来に手をかけようと目論む悪人も入学するから』
『表向きは実力者を引き入れるため、ってしてるけど実際は害をなす者の選別作業だろうね』
『帆梶さんもそろそろお声がかかるんじゃない?』
全く彼の用意周到な情報網と危機管理には舌を巻く。人懐っこく純真そうに見えて、猫のような鋭さも持ち合わせている。だからこそ、助かったのだけれど。
(ここで藤本先輩の好む最善の回答は分かる)
しかし、考えなしに空を使うのは嫌だった。両親だの矜持だの高尚なものじゃない。ただ今まで正当に頑張った自分に、そして佑磨や悠斗に顔向けができない。
「私は仲間だと思っています」
「なかま」
「はい。確かに嘘をついたり、都合よく利用したり、そんなことはあるかもしれません。でも、私は」
今更こんなことを言うのは、汚いかもしれないけど。ぐっとスカートを握りしめ、菫の目をしっかりと捉える。
「私は、私を認めてくれる人を、最後まで認めたい。最後は違う道を選ぶとしても、一時でも関わった、貰った時間や行為をちゃんと返したい、です」
気まずさでやや視線が下がる。返答がないので恐る恐る上げると、菫はまるで青い海を初めて見たまっさらな子どものように瞠目していた。
どこか泣くのをこらえているようにも見える。
「藤本先輩?」
「あ、いえ、すみません。ただ・・・・・・」
「?」
「思い出したと同時に、羨ましくなったんです。私にはもうないので」
「時間が、ですか?」
「どちらもです」
(え、ええ?)
なにか行けなかったかと狼狽する澪。湿っぽい雰囲気を変えるために慌てて話題を振った。
「そ、そういえば藤本先輩は、ゆ―凪沢先輩の相棒でしたよね。どう思ってるんですか?」
「よく聞かれますねー」
「ああん、逸らさないでください!」
菫は可愛らしく微笑むと、口に指をあてる。
「そうですね。時々命をなにと思っているんですかと、頭にくることが少々」
「アー、つまり無茶な行動が多いと?」
「ご明察。まあそれを止めるために私がバディに選ばれたのでしょうし」
(あっちゃあ)
ここに佑磨がいたら「悠兄はカッコつけたいんじゃないの?」とケラケラ笑っているだろう。そして元凶はあんただけどね、と澪は頭蓋骨に手刀を振り下ろしているだろう。
密かに頭を抱えている澪と対照的に、菫はにこにこと笑顔だ。
「だから重石になりたいと常々思っています」
「・・・・・・へ?」
「ああ、言葉足らずでしたね。生きる上―というか任務での重石になりたいんですよ」
「そ、そうですか」
虫も殺さぬような笑顔で何を言っているのか。喜怒哀楽も見えないこれは、到底言葉に表せない。
真意を聞こうか悩んでいる間に、菫は立ち上がる。
「あら、もうこんな時間ですね。そろそろ戻りましょう」
「はい!そう言えば今日任務でしたよね、忙しい中すみませんでした」
「いえ、構いませんよ。骨の折れる任務でしたが」
「ハハハ」
(研究所の収穫はなかったけど、藤本先輩と話せたしまぁいっか)
終わり良ければ総て良し。苦笑して食堂に行く廊下を歩いていると、話し込む三つの人影を見つけた。
「あれは、えーっと」
「生徒会長の桐壺空さんですね。第一部隊の戦略担当ですよ」
「近くにいるのは帰蝶先生と、あー」
「雪鳩 莠教官ですよ。第七部隊ならお世話になっているのでは?」
「あー、そうです」
(いや、まだ日が浅いから覚えてないだけですよ)
四月後半だけど。ともかくどうやら桐壺が任務の報告を二人にしているようだ。そこであれ、と澪は首をかしげる。
「二人とも第一部隊に関わりありますっけ」
「帰蝶教官は生徒会顧問ですから。雪鳩教官は帰蝶教官と仲がよろしいのでその流れでしょうね」
「ほうほう。なるほー」
ぐううううううう。
「・・・・・・アノ、」
「お昼、食べましょうか」
「すみません・・・・・・!!!」
タコよりも赤い顔で澪はうなずいたのだった。
お久しぶりです。忙しくなるので、これから投稿頻度がさらにスローかも。今月中にもう一話は出したいのですが。今連載中の【岩梨の姫君】は、もーすこしお待ちください。すみません!!!
面白かったらリアクション・ブクマ・コメよろしくお願いします。




