17.取引~凡人は天才に勝てない~
紺碧の海、耳心地の良い潮騒、肺に届くのは春の陽気と海の香り。
頬を撫でる潮風と波に合わせて来る舟の振動は、自分を非日常へ連れ出してくれる。
(気持ちいいなぁ)
そして澪は、サイドにあるココナッツジュースーではなく、配達リストに手を伸ばす。
そう、現在澪は南国でバカンス中なんてことはなく、れっきりとした潜行士の任務中。
六人乗りエンジン付きのゴムボートに乗り、各コロニーに食料や日用品を配っているのだ。
「はい、次は第七コロニーです。右折のち左側前方に見える白い建物ですね」
「分かった。出来るだけ舟が傾かないようにする」
後方部でエンジン操作とナビをするのは、三班の技術担当・日向と情報担当・桜宮百合だ。百合の適格な指示と日向の安定した運転技術で、問題なく進んでいる。
物資配給の任務で会話が増え、仲が深まったようでなにより。
(似たもの同士、恋愛に発展しないかな~)
―おい何言ってんだ思春期少女。
「じゃあ、三問目。救助での手法がまとめてある、【3sの原則】は?」
「あー、【簡単に、迅速に、安全に】?」
「さすがね」
「お前と違ってな。それに俺は物資を渡すときに、無駄に焦って相手を困らせるような馬鹿なことはしない」
「うぐ・・・・・・。そ、それ言うならさ!光だってなんなのよ、あのテキトーで杜撰な受け渡し!百合の爪の垢でも煎じて飲みなさい!」
「桜宮と呼び捨ての仲だっけ、お前」
中央部で(多分)仲良さげに話し合うのは、救命担当・清水玲奈と鳳光だ。しっかり者の玲奈に対しては珍しい失敗を、早速ぶり返されている。最低だ鳥頭。
(光、ないわー)
ちなみに澪とは養成学校時代から仲の良い友達である。
そしてー
「じゃあ、帆梶さん。行動順序の3sは?」
「自分、現場、そして要救助者の安全確認」
「上出来だね」
「なんで上から目線なの?」
「ははは、気のせいでしょ」
そして前方部に座るのはいけ好かない戦略担当・霧原諒と、するめいかを愛する潜水担当・帆梶澪だ。
え?なんでわざわざ班員フルネームで紹介したんだよって?
(そうしないと名前を忘れるからだよ!!)
「はぁ、名前を覚えられる薬が欲しい」
「研究所にでも作ってもらえば―?」
ふと零した独り言に返されたその言葉に、澪の心臓は跳ねた。恐る恐る諒の顔を見ると、いつも通りの平坦な笑みだ。感情の振れ幅を微塵も感じさせない完璧な造形。
(研究所のことを話題に出したのは、気のせいかな)
薬から連想する固有名詞は、製薬会社や病院、ドラックストアに薬剤師など数多に存在する。
『研究所と言えば、科学』の印象だが、人の思考は千差万別。型に捉われるのは無知と表裏一体だ。
「そ、そっかー。でも薬の開発に時間を割くなら、研究所には水没化した日本の改善と回復に努めて欲しいな」
「そうだね。・・・・・・でもさ」
「国の予算を使って私利私欲に走る為の研究なら、なくなったほうがずっとマシだよ」
密やかに吐き出される鬱屈とした声。しかし、心の扉から漏れ出る怒気を押し殺すことは出来ていない。
感情を隠すように、あるいは刻み付けるように皮膚に爪を立てる彼。その横顔に、澪は妙な既視感、いや面影を感じた。
(似ている)
腹の底で燻る理不尽な世に対する怒りを、秘匿されつつ水面下で動く陰謀への焦りを。
―そして誰かに対する怨恨を。
(その感情を抱くあの人の顔に、似ている)
父親と弟を失い母親さえ当てにならない中、一人生き続ける彼の横顔に―。
「ねえ、霧原くん」
「ん?」
「なんで研究に税金を使うと思ったの?」
澪の質問にその刹那、諒の表情が凍り付いた―ように見えた。
「・・・・・・大学は研究費が国から出るって聞いたことがあるよ。国立研究所も多分そうでしょ」
しかし、やはりお得意の笑みで感情を隠す。養成時代から今まで、彼は決して表情を面に出さないし、人と深く関わろうとしない。自ら壁を作りやんわりと、しかし明確に距離を置く。
「それでも多少は自費で賄うと思う。それに研究に私利私欲は無いはずだよ、あり得ないもん。
―でもそう言っているのは、霧原くんなら相応の理由と証拠があるんだよね」
「僕の偏見と独断かもしれないよ?」
「霧原くんは言葉を餌にちらつかせて誘導することはあっても、確証のない曖昧な言葉は口にしない」
「そんなに信じてるんだね、僕のこと」
澪は少し目を伏せる。
(信じてる、訳じゃない)
そんな綺麗で純粋な感情なら良かった。打算と欲望と僅かな疑心暗鬼にまみれた、汚い感情ではなく。
ここは再生省アルナ学園で、澪は第七探索課。玲奈や百合のように献身的な心も、誰かへの憧れも何も持ち合わせていない。
ただ―
(利用できる相手だと、信じている)
「まあね。それでどうしてそう思ったの?」
「逆に帆梶さんはどうしてそんなに詳しいの?研究所に巻き込まれた被害者かな?」
挑発するような口ぶりに澪は唇を噛む。その行為を肯定と受け取った霧原は口角を上げた。
しがない養成学校へ小5の時に入学し、成績も中間の潜水担当と、養成学校高成績で班を率いる優等生の戦略担当では、頭の回転速度が違うのだ。食えない奴。
「それは、簡単に言えない」
「じゃあ、僕も言えないかな。君の方から質問を持ちかけたくせに、自分は答えず僕に答えろ、なんて公平じゃないからね」
「うぐっ」
ごもっともである。まともに関わったのが三月から四月の約二か月。【仲間】どころか【クラスメイト】の認識である相手に、機密事項をほいと与える人は退学した方が良い。
(名前間違えた前科あるしぃ)
一人もんもんと百面相をしていると、諒ははっきりとこちらを見て人差し指を立てた。
「じゃあ、取引をしようか」
「イヤな予感」
「そう身構えないでよ。内容はシンプル。僕は君に情報を渡す。その代わりに」
ぐいと近づいた彼の瞳の奥には、黒い光が爛々ときらめいていた。
「君は第二部隊 隊長・凪沢悠斗を僕に紹介する」
「ええ?悠斗さん?」
そういってから失言に気が付いた澪は、慌てて口をふさぐ。もちろん時すでに遅し。
やっぱりね、と犯人を見つけた名探偵の顔だ。イラつくからやめてほしい。
「君が談話室に入るところはよく見かけていたし、凪沢悠斗は有名人だからね。何かしら繋がってるんじゃないかと思ってたけど、図星かぁ」
「あれぇ、霧原くんはストーカー担当だっけ?あと人を駒みたいに言うのはやめてほしいな」
「僕を駒にしようとしたのに?」
退路を完全に防がれた澪は、三班のブレーンに手を挙げて降参した。
〈凡人は天才に勝てない〉。はい、ここテスト出ますよー。
「あー、もう分かった!悠斗さんに閑散期が来たら紹介する!」
「ん、忘れないでね」
するとスマホを取り出し、ボタンを押す諒。こやつ、録音しておったか。抜かりない。
「でも裏切りそうで怖いなー。変に重要な情報隠しそう」
「・・・・・・日向と桜宮さん関係の情報つき」
「よし、取引成立だね」
「安いオプションにつられるのちょろ」
「んー?なに?」
わざとらしく耳に手を当てる澪に、諒は半眼をおさめるといつもの微笑を浮かべ。手を差し出した。澪も渋々手を取り握手をする。
「そういうわけで、よろしくね。帆梶澪さん」
「ちゃんと情報渡してよね。霧原諒くん」
青空の下、舟の上で。打算と陰謀を内に秘めた二人の取引が成立した。
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