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追憶の潜水士  作者: 今璃 咲
Ⅰ 初任務
19/19

18.約束と情報集め

 【どうしてこうなった】


 この言葉は古今東西で思いもよらぬ状況になった場合に使われる。類義語としては【頭を抱える】【途方に暮れる】などなど。いわゆる、


『違うんだ、そうじゃない!そうじゃないんだ!』


 と言いたいときだ。


 そして澪はまさに今、その状況に立たされていた。人気のない廊下で先輩と自分の二人きり。

 そこにはラブコメではなく精神と矜持を試されるような、じりじりとした空気が漂っていた。

 つまりどんな状況かというと―


「―それでは帆梶澪(ほかじみお)さん。今日の昼休み、談話室にてお待ちしていますね」

「はひ」


 第七部隊の下っ端潜行士(サルヴァー)・帆梶澪は、上級の第二部隊所属・藤本菫(ふじもとすみれ)と面会することになったのである。



 ◇


 時はしばし進み、二時間目と三時間目の行間休み。生徒たちの談笑の声が響く中。


「―は?藤本菫(ふじもとすみれ)と面会?」

「ウン。しかも今日の昼休み」


 澪は同期でチームメイトの鳳光(おおとりこう)と顔を突き合わせて話していた。二人の間にはシリアスな雰囲気が漂っている。

 それはさておき、彼は訝しげに眉を顰める。至極全うな反応だ。


 藤本菫(ふじもとすみれ)。第二部隊の情報担当で、幼馴染の兄・凪沢悠斗(なぎさわゆうと)相棒(あいぼう)。実力持ちでありながらも居丈高になることない姿勢で、後輩にも慕われている。おまけに周りを魅了する大和撫子の風格。知性と美貌を兼ね備えた潜行士の鏡である。


「何があったら下級潜行士のお前が、上級潜行士と話せるんだよ」

「実は今日の朝の会前に呼び出されて。それで・・・・・・」


 澪は肩を落として説明し始めた―


■■■


 それは、澪が登校して間もないことだった。


『突然お呼びだてしてすみません。久しぶりですね、帆梶さん』

『お、お久しぶりです藤本先輩。この前は道案内をしてくださりありがとうございました』

『いえ。それで―』


 ふと瞬きした時には鼻が触れそうなほど、至近距離の彼女の顔があった。

 面食らう澪に対し菫は優しい狐のような笑みを浮かべる。


()()()()()()()()()()()()()の、帆梶澪さんであっていますか?』

『ハ、ハイ』


(前半部分がいやに強調されているような)


 あれかな?”彼は私のものなのよ!”的な独占欲かな?女の戦い(しっと)ではないよね?

 ―などと考えていると、微かに菫の眉が動く。そして手元のタブレットをコツコツと叩くと、笑みを浮かべた。


『そうですか。いえ、同じ部隊の者として気になることがあっただけです。下級部隊とは関わりが少なく、加えて悠斗さんは自分から話しかけるような社交的な性格ではないので、どうしたらそれほど距離が縮まる関係になるのか、純粋な好奇心でお呼びしたまでですよ』

『そ、そうですか』


(いや、好奇心だけじゃこんなことしないでしょ!)


 彼女は情報担当。第七部隊の新米隊員を調べるなんて赤子の手をひねるようなことだろう。

 それにまがりなりにも第二部隊。課題や見回りなど忙しいはずの朝に呼び出すとは、何事か。


『それでご用件は?』

『少しおしゃべりをしたいと思いまして。今日の昼休みの時間を私にいただけないでしょうか?』


 いただけないでしょうか?と上官に聞かれて、否の答えは存在しない。

 悠斗に話すべきか、と考えが思考をよぎるが動機に彼が入っている時点で不可能である。というか彼を連れてきたら内に秘めている熱い眼差しを、菫に送りそうで澪が胸焼けする。絶賛ラブコメキャンセル界隈なのだ。

 ―まあ、そんなわけで。


『分かりました・・・・・・』


 澪は渦潮(うずしお)のように荒ぶり渦巻く複雑な感情を抑える、了承したのだった。


■■■


「というわけでさぁ。粗相をして第七部隊の席剝奪(はくだつ)されたりしないかな?」

「お前ならあり得る。てか思ってたんだけど・・・・・・」


 梅雨のようにじっとりとした湿度の高い半眼で、澪を見る光。その目にはアヤシイの四文字がありありと浮かんでいる。


「美人の先輩と話せるから引き受けたんじゃねぇの」

「ははは、マッカーサー」

「それはアメリカの連合国軍最高司令官だ!で、どうなんだよ」

「ほーん、さては美人の先輩と話したかったんですか?思春期ボーイの鳳光(おおとりこう)くん」

「バッ、あることないこと吹聴すんじゃねぇ!」


(話したかったんだ)


 否定も肯定もしない。いやぁ、yes or no以外の回答選択肢がある質問はなんて楽なのだろうか。のらりくらりとかわす澪に対し、光は婉曲的(えんきょくてき)だが誠実な回答をする。いいやつ。

 さて、そんなことはどうでもよく今は藤本菫と会談することが重要だ。

 現状無知という武器のない無防備な澪が、情報収集に長けている菫に真正面からやりあうのは自殺行為である。


「それで、まだ時間があるけど どうやって先輩について調べるんだ?潜水担当のお前は、下っ端の第七部隊情報担当よりも収集力が劣るだろ」

「あのね、鳳くん。調査って言うのは電子端末を使った情報網やコネだけじゃないんだよ?探偵マンガ読んだことない?」

「まず名字呼びキモいから却下だ」


 澪は光の言葉を無視して立ち上がると、教室内を見渡した。人の名前を覚えるのが苦手な澪だが、諒と取引した日から、目的の為に出来るだけクラスメイトの顔と所属の委員会や担当を記憶する努力はした。今こそその努力を発揮するべきだろう。

 ―たかが上位の隊員と会談するだけなのに、やけに念入りな準備があると思うかもしれない。情報担当の彼女はやり手な雰囲気があったが、澪の真髄を突くほどはさすがに求めていないはずだ。


 ―しかし、澪の中では体現できない、不思議な予感が鐘を鳴らしていた。


 今回の話し合いで、巧妙に隠れている研究所の僅かな手掛かりを掴めるかどうか、ひいては佑磨へ近づくかどうかが決まる気がする。


 ―いわゆる、運命というやつが。


「さて、聞き込み調査を始めますか!」



《情報提供者 No.1 第七部隊 第一班 学級委員 朝顔 珠樂(あさがお みらく)


「藤本菫先輩について?」

「そう!有名だから憧れてるんだけど、全然知らなくてさ。話の流れにもついていけなくて・・・・・・だから教えてくれないかな?」


 ぱっちりした二重の瞳は凛々しく、綺麗に(くく)られたポニテ―ルにはキューティクルの天使の輪が浮かぶ。さながら玉露(ぎょくろ)をたたえた朝顔だ。清楚系、と言えば分かりやすいだろうか。

 さて、澪の語彙力(ごいりょく)をフル活用した描写も、背後霊のごとく立っている光の、(いぶか)る視線で台無しである。


(嘘じゃないもん)


 入部したての一年生が三年生を推すのはよくあること。それと同じ現象である。・・・・・・全然知らないはちょっと言い訳だけど。

 憧れは誰しもが抱く感情。対談するから教えて欲しい、なんてストライクに言えば相手は渡りに船で自分も参加させろと言うだろう。対して憧れと言っておけば多少共感するだろうし、それくらいならと口を開くこと間違いなしだ。


 ―だからこれは、詐欺じゃない。


「うーん、私は潜水担当だからあまり知らないけど、それでもいい?」

「承知の上だよ。こっちは少しでも知りたいし」

「そっか!えーっと藤本先輩。第二部隊の情報担当で確か、副隊長だったかな?美人さんだから毎年新入生―というか第七部隊 隊員が、二人以上は告白するんだって」

「へぇ・・・・・・・」

「顔目当てのメンクイ相手も大変だな」


 やめなさい、こっちを見ないの。めっ!


「最初は即お断りするんだって。でも、結構な優良物件だから食い下がる人も多くて。その場合は情報担当の手腕で、交際すると仮定した場合の欠点を摘まみだして。精神を(ことごと)く追い詰めた後に、フるんだって。ちゃんと後腐れないよう釘を刺して」

「えげつないねぇ」

「結構残酷なことしてるけどよく好感度落ちないな。それって傍から見たら無慈悲なイジメじゃね?」

「世の中には歪んだ趣味を持つ人もいるらしいよ」

「「・・・・・・」」


 澪は心の中でそっと合掌し、願った。どうか、悠斗がその趣味でありませんようにと。

 さて、そんな歪んだ話のそばには、歪んだヤツが引き寄せられるもので。


「おお?帆梶(ほかじ)さん藤本先輩について知りたいの?見る目あるね!」

「おいっ、やめろ早蕨(さわらび)!いや女好き!ごめん朝顔さん、止められなかった」

「止めなくていいよ野分(のわき)ィ。せっかく美人の話があるんだから!食いつかないと!」


 女好きと言われるも動じず、炯々(けいけい)と瞳を輝かせて(妖しく)迫るのは早蕨。そして眼鏡をかけた真面目そうな容姿に、早蕨を羽交い絞めにしているのは―えっと、あ、学級委員の野分だ。


 突然の横入りに、朝顔は苦笑、光は闇に変幻している。

 ―されどこの世は、非常に奇々怪々で欲深い人間が多いようで。


「だよね、分かってるなぁ早蕨(さわらび)クン!ぜひともご教授ください!」


 休み時間は、まだ終わりそうにない。







「はーあ、疲れた」


 誰もいない職員室なのを良いことに、澪たちの担任・岬橋拓海(みさきばしたくみ)は伸びをした。 最終試験を突破したとはいえ、所詮は高校生の彼らが持つ、軟弱な脳みそを発達させるのは骨が折れる。前向きに取り組む朝顔や野分、霧原の爪の垢でも煎じて飲んでほしい。


「いや、霧原くんは違うな」


 取り組む、というより搾り取る。それは国語の話ではなく、拓海の善人的な振る舞いを見て盗むようなもの。目標という単純明快な可愛らしいものではなく、自分に取り込み、それを使って目的を果たすような”手段”に近いものだ。


「まあ、別に悪いわけじゃないけど・・・・・・ん?」


 ふと隣のデスクに手を伸ばす。その手には【岬橋碧(みさきばしあおい)様】と書かれた茶封筒が握られていた。

 遠慮なしに自分のものであるかのように封を解き、紙を取り出す拓海。蛍光灯にそれを翳した彼は目を細める。


「これはこれは、ご丁寧なことで」


 水没化が進んだ日本で希少な紙、それに印刷された文字。紙の製造もインクもプリンターも気軽に使えない状況で、惜しむことなく使用するとは。余程重要な案件のようだ。

 ぺらりと三つ折りの紙を開き、素早く目を通した彼は。


 ―躊躇(ちゅうちょ)なく破った。


 びりびりと無惨に紙片となり、やがて塵となる白紙。そこに書いてある文字を再び読むのは不可能だ。

 見せたくない内容だったのか、不愉快な内容だったのか。あるいは拓海にとって不都合だったのか。なんにせよ彼の表情は氷河のように凍てついて、誰も推しはかることはできない。

 シュレッダーにかけたように細かな紙をゴミ箱へ捨てる。これは後でバレないように処分しなければ。


「知らぬが仏、見ぬが極楽っと。全く権力を求める貪欲者の相手なんかまっぴらごめんかな」


 微かな呟きをこぼすと、拓海はいつもの笑みを浮かべ授業の準備をし始めた。



 扉付近にいる人影に気づくことなく・・・・・・。

長くてすみません!

面白かったらリアクション・ブクマ・コメよろしくお願いします。

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