⑦131話〜133話 強制の愛、愛の魔法、天使の遺言
131話:強制の愛
リオンはふらつきながらエリンの部屋へたどり着いた。
扉を軽く押し開け、部屋の奥にいたエリンを一瞥する。
「……エリン、血液くれ。」
リオンの声はだるそうで、力が抜けていた。
「ヒナの堕天は止めた、安心しろ……。」
エリンは椅子から立ち上がり、リオンの様子をじっと見つめる。
その疲れ切った表情と消耗しきった魔力の気配に眉を寄せた。
(昏睡魔法と魔力の譲渡……? それだけでここまで消耗するとは思えない……一体何が……。)
エリンは少し距離を詰め、穏やかな声で問いかけた。
「何があったか教えてくれる? ヒナに何をしたの? 教えてくれたら血液くらい喜んで渡すよ。」
その言葉に、リオンは一瞬だけ目を細めた。だが、何も言わずにエリンを睨みつける。
「……悪魔種の魔法使って、今の状態でもお前の魔力を無理やり奪うくらいはできる。」
その低く荒れた声に、エリンは少しだけ肩を竦めた。
「明かすつもりはないってこと?」
エリンは問いを続ける。
リオンは視線を外しながら、不機嫌そうに吐き捨てた。
「……わざわざ言葉にする必要がない、…堕天は確実に止まったんだから…いいだろ…」
エリンは一瞬考え込み、それから静かに口を開く。
「……天使と愛を与え合うって言ってたよね。魔力の譲渡もしたんでしょ?
ヒナは……君のする事をどう思ってるの? 堕天を止める条件が成立したってことは……。」
エリンの瞳が少し鋭くなる。
「“誘惑”なんて、悪魔なら誰でも使える魔力の消耗量じゃないよね。」
その声には疑念と確信が混じっていた。
「その上の、相手の理想を映して行動を誘導する”幻覚”か……。
いや、今となっては君くらいしか使えない、
相手の意思を無視して新たな意識を強制的に植え付ける”洗脳”……。」
エリンはリオンをじっと見つめた。
「どれにしても手段を選ばない悪魔らしい選択をしたってことだよね。」
リオンは軽く舌打ちし、脱力した体を椅子に投げ出すように座り込む。
その顔には、不機嫌そうな色が浮かんでいた。
エリンは息を吐き、表情を柔らかくしながら静かに言葉を続けた。
「ヒナの堕天を止めてくれたのは感謝してる。僕じゃきっとすぐには行動できなかった……。」
リオンは視線を外しながらも、エリンの言葉を黙って聞いていた。
「リオンの、強引だけど解決に向かって迷いないところは本当に尊敬してるよ。実際に僕も命を救われてるし……。」
エリンはリオンをじっと見つめながら、穏やかに微笑んだ。
「だから、今度は僕がヒナの心に寄り添って、ヒナの心の傷が少しでも癒えるよう接してみるよ。」
エリンは一歩近づき、その瞳に優しさを滲ませながら言葉を続ける。
「……いつもヒナを支えてくれて、ありがとう。僕は家族として寄り添えるようにしたい。この気持ちは変わらない。ヒナの体調が落ち着いたら、今度改めてヒナと話をしてみるよ。」
そう言うと、エリンはリオンの前まで歩み寄り、首筋を差し出した。
「……」
リオンは短く息を吐き、不機嫌そうな顔をしたまま立ち上がった。
そして、何も言わずにエリンの首筋へ牙を立てる。
血液がリオンの喉を通るたび、魔力が満たされていく感覚が広がる。
エリンは微かに眉を寄せながらも、それを受け入れた。
数秒後、リオンは血液を吸い終えると、軽く息を吐きながら顔を上げた。
「……借りは返す。」
短くそう言うと、再びエリンを一瞥し、部屋を出ていった。
エリンは静かにリオンの背中を見送りながら、ヒナのことを思い返し、深く考え込むのだった。
132話: 愛の魔法
夢を見ていた。
優しく頭を撫でられ、抱きしめられる感触。耳元で囁かれる温かい言葉。
そして、首筋に降りた優しいキス。
信じられないほどの幸せが胸いっぱいに広がる。
ありえないけれど、どこか懐かしいような、とても優しい夢だった。
──気がつくと、ヒナは美しい庭園に立っていた。
柔らかな光が差し込み、心地よい風が頬を撫でる。
その中で、薄紫色の長い髪の少女が微笑んでいた。
「おはようございます、ヒナさん。とっても幸せそうな笑顔、素敵です。」
そう言いながら、ミアはにこにこと微笑む。
「ミアさん……おはよう……。」
ヒナは少し恥ずかしそうに微笑み返した。
「あの、ボク……夢の中だけど、やっと自分の思いを言葉に出せた気がして……スッキリしたんだ。」
ヒナの表情が少し和らぐ。
「好きな人に、気持ちを伝えた。受け入れてもらえて、首にキスしてもらえた。
すごく幸せで、都合のいい夢だったけど……。
1人でいた寂しさが溶けて無くなって……すごく楽になった。」
ヒナはそっと自分の首筋を撫でる。
その感触に、まだ夢の余韻が残っているような気がした。
「首筋にキス、ですか。素敵です!」
ミアは目を輝かせながら答える。
「私、絵本や聖書が好きなんですけど、とても好きな絵本があるんです!」
そう言うと、ぽんとミアの手に一冊の本が現れた。
「この絵本、何度読んでも素敵で泣いてしまうんです!ヒナさんにもぜひ読んでほしいんですけど……。
この絵本はね、天使と悪魔が出てくる愛と信頼の物語なんです。
とっても可愛いイラストなんですよ。」
ミアは楽しそうにページをめくりながら話を続ける。
「絵本ではね、悪魔と天使は理解し合えないとされてるんですけど、
2人は時間と共に深い信頼関係を築くんです!
悪魔は……本能に従って血液を求めて天使を噛もうとしてしまうんですけど、
天使を想って”甘噛み”に留める……。これってとっても素敵だと思いませんか?」
ミアはぎゅっと本を抱えながら、目に涙を浮かべている。
「まるで優しいキスのよう……。
悪魔の歩み寄り、2人の絆が感じられて……私、本当に感動してしまうんです……!」
ヒナはその話に耳を傾け、しみじみと頷いた。
「素敵ですね……。種族が争うことなく、絆と信頼を結んで……本能を乗り越えていく……。」
「そうなんです!」
ミアは嬉しそうに微笑む。
「ヒナさんにこの絵本の良さを分かっていただけて嬉しい!
きっとその夢も、誰かの優しさです。現実ではないと思っても、
周りの人の あなたを支えたいとか守りたいって心が夢に表れたのかもしれませんよ。」
その言葉を聞き、ヒナは少し照れたように笑った。
「……そうかもしれませんね。ボク、周りに助けてもらって、甘えてばかりで……。」
そして、どこか決意を宿したように続ける。
「でも、受けた優しさはやっぱり返したい。
ボクもいつも支えてくれる2人のことを支えたい、助けたい。
一方的じゃなくて、対等になりたい……役に立ちたい!」
その瞳は真っ直ぐで力強い光を宿していた。
ミアはその言葉に満足げに頷き、優しく微笑む。
「きっと、もうヒナさんは2人の心を動かしていると思いますよ。
私はヒナさんを見て、話していて、そう感じました。
大丈夫です、自分を信じて。ヒナさんは少しずつ、前に進んでいます。」
ミアは嬉しそうに笑って手を振った。
「会える日をお待ちしています。きっと、もうすぐです。楽しみにしていますね!」
その瞬間、ミアの姿が光に包まれる。
ヒナは手を伸ばそうとしたが──気がつくと、涙が頬を伝っていた。
「……ミアさん……ありがとう……。」
ヒナは心の中でそっと呟きながら、少しだけ穏やかな気持ちになっていた。
133話: 天使の遺言
リオンの夢の中、淡い光に包まれた天使──アリアが微笑んでいた。
その柔らかな表情に、リオンの胸が少しざわつく。
「ありがとう、リオンくん。助けてくれて。」
その言葉に、リオンの顔が苦痛に歪む。
「……なんだよ、これは……。」
アリアは穏やかな笑みを浮かべたまま話を続ける。
「私、もしも堕天使に堕ちそうになったら……君に殺してほしいって随分前に、冗談半分に頼んじゃったよね。」
「その後に実際、堕天しそうになったら身体が冷たくなって、悪魔になっていく感覚が怖くて……。
生きる希望も愛も信念も失った私を……助けてくれるのは目の前の君だけだった。」
リオンは言葉を返すことができない。ただ、歪んだ表情でアリアを見つめていた。
「ごめんね、弱くて。そんなつもりなかったんだけどな、最期に出ちゃったね。」
アリアは弱々しく笑う。
「君は、過去を引き摺らない。
リオン君はさ、その君らしい強さと愛で誰かを救えるよ!お父さんとは同じにならない、だって私も救われたから!」
「……。」
リオンの口元がわずかに動くが、言葉にはならなかった。
アリアは優しい眼差しで彼を見つめ、さらに続ける。
「君はね、こういうの、嫌うよね!」
「ただの夢だとか、そんな夢を見た自分を愚かだって思いそうだよね。
お邪魔しちゃってごめんね、これは私が最期に残した魔法なの!遺言ってことになっちゃうかな〜!」
そう言って、アリアはおかしそうに笑った。その笑顔には、どこか懐かしい温かさがあった。
「私ね〜短い間だったけど、そんな誇り高くて強がりな少年のこと、好きだったよ!
来世は私も悪魔かな〜?なんてね!」
「……。」
リオンは歪む視界の中で、アリアの姿をじっと見つめていた。
「1人でも生きていけるとか言わないで、
愛を知るってのもいいもんだよってお姉さんからの最後のアドバイス!」
「それじゃ……元気でね!」
アリアは笑顔で明るく言って、そのまま振り返ることなく遠くへと歩き出して行った。
リオンはその背中を見つめながら、声を上げることもできなかった。
そして、目が覚めた。
リオンはぼんやりと天井を見つめ、小さく、疲れたように呟いた。
「……最悪。」
その言葉には、自分でも理由が分からない複雑な感情が混じっていた。




