⑥126話〜130話 偽りの安らぎ、愛の模倣
小説126話: 守る者の誓い
ヒナはリオンの手が自分の頭に触れるのを感じ、驚きながら顔を上げた。
リオンは優しく微笑むわけでもなく、飄々とした表情で彼を見つめている。
それでも、その瞳には確かに何か深い思いが宿っていた。
「ヒナ、お前は何も心配しなくていい」
その言葉は、まるで過去の自分に言い聞かせるような響きがあった。ヒナは何も言えずに泣き続けた。
「オレがエリンに対してどう感じてるかはお前が知る必要はない。
…あいつはお前のことを家族だと思ってる、思い込もうとしてる。」
リオンはヒナの肩にそっと手を置いた。
「でもそれに付き合ってお前がこれ以上堕ちる必要なんてない。
あいつを好きだろうが嫌いだろうが、お前の気持ちは間違ってないんだから。」
ヒナの震える肩が徐々に落ち着きを取り戻すのを見て、リオンはゆっくりと手を離した。
「あいつの過去がどうとか…ヒナには関係ない。」
ヒナはその言葉に驚きながら顔を上げる。
その瞳には、かすかな希望が灯っていた。
リオンは目の前のヒナを見つめながら、過去のアリアの姿を脳裏に浮かべていた。
「愛を知ることなんて……オレには無理だって思ってるけどさ」
小さな声でそう呟くと、リオンはグラスを置き、ヒナの羽根にそっと触れた。
その濁りは確かに進行していたが、まだ白さを保っている部分も多い。
「ヒナ。お前を傷つけて感情を揺さぶって、
覚醒の為に天使の本能を刺激してきた責任はオレが取る。
お前は、まだ戻れるよ。」
リオンの声は力強かった。ヒナがその言葉をどう受け取ったのかはわからない。
ただ、リオン自身は、これまでとは違う感情が自分の中で芽生えているのを感じていた。
──オレが見たアリアの最期みたいには させない。絶対に……。
リオンは心の中で誓い、ヒナに向き直った。その目には迷いが消え、強い決意が宿っていた。
「お前は何も心配しなくていい。今はただ黙って任せてくれ。守られてるだけが嫌なのは知ってる。
その気持ちは後で返してくれ、ミアを助ける時に。」
ヒナは小さく頷いた。
その笑顔を見て、リオンは内心ほっとしながらも、心の中でアリアとの記憶を思い返していた。
(今度こそ……大切なものを守りきる。絶対に……。)
小説127話: 呪縛を超えて
ヒナを部屋へと返したリオンは、
そのままエリンの部屋へ向かいエリンの部屋の扉を乱暴に押し開けた。
普段は無頓着なはずの彼が、勢いを伴った動作を見せたことで、
エリンは僅かに驚いた表情を浮かべた。
「リオン……。どうしたの?」
「ヒナが堕天しかかってる。」
低く、それでいてどこか苛立ちの滲む声だった。
「……堕天?」
エリンの眉が僅かに動き、その言葉を理解しようとするように繰り返した。
リオンは一歩エリンに近づき、あえて冷たい調子で続けた。
「ヒナの羽根を見ただろ。黒ずんでる。あれがもっと深い黒に染まって、
瞳の色が紫に、その後 赤く染まったら──完全に悪魔になる。」
エリンの口元が少しだけ動いた。
けれど、返すべき言葉を見つけられないまま、リオンの言葉を受け止める。
「……まだ間に合う。」
リオンは間を置かずに続けた。
「羽根の白い部分は残ってる。今なら救えるんだ。」
言葉に迷いのないリオンの声が、エリンの胸に重く響く。
「……救うって、どうやって?」
エリンの声には、不安と疑問が入り混じっていた。
「天使の堕天を止める方法は、『愛を与え合うこと』だと天使自身から過去に聞いてる。
それをお前がやってくれ」
リオンの言葉は静かでありながら、その奥には明確な決意があった
エリンは視線を逸らし、小さく息を吐いた。
「それは……僕にはできない。」
「できない?…お前、ヒナを救う気がないのか?」
リオンの赤い瞳が鋭く光る。
「違う!僕もヒナを助けたい。
だけどヒナの気持ちを傷つけないようなやり方を見つけたい。ヒナを傷つけたくないんだ!」
エリンは声を荒げ、リオンを見据えた。
その言葉に、リオンの表情が少し強張る。しかし、次の瞬間には嘲笑が浮かんだ。
「傷つけたくない?それが家族の愛って言うのかよ。結局は自分を守ってるだけじゃないのか?」
「僕は……」
エリンの言葉が詰まる。けれど、再び口を開き、必死に続けた。
「僕は、ヒナを家族として愛してるんだ。
それを壊したくないし、できる限りヒナの心に傷をつけたくない……。」
「家族?そんなものに縛られて、本当にヒナを見てやれてるのか?」
リオンの声は冷たく鋭かった。
「お前の目に映ってるのはヒナじゃない。
ただ、お前が過去に作った歪んだ家族像だろ。」
その一言に、エリンの肩がピクリと震えた。
リオンはそれを見逃さず、さらに言葉を重ねる。
「家族を守りたいだって?お前が守りたいのはヒナじゃなくて……過去のミアなんだよ。
過去に縛られて勝手に重ねて…。……思い返すなら意味を与えろ、今に活かせよ」
エリンの目が揺れた。その動揺は隠しきれず、声が震える。
「ミアのことは関係ない……ヒナはヒナだ。僕はただ──」
「ヒナの気持ちに応えたくないだけだ。」
リオンが鋭く言い放つ。
「お前の気持ちなんてどうでもいいんだよ。
大事なのは堕天を確実に止めることだ」
「……でも……!」
エリンが何かを言い返そうとしたが、リオンの声に遮られる。
「お前は何から逃げてるんだ?」
リオンの声は低く、鋭かった。
「エルフは他者に寄り添うことが本質だろ?
それが上手くできてないのは、お前が自分の過去と気持ちをヒナに押し付けてるからだ」
エリンはその言葉に一瞬目を見開いたが、すぐに目を伏せた。
「……僕は……もう家族を失うのが嫌なんだ──誰かを傷つけてしまうのが怖い。
ヒナを自分勝手に消費して…天使の能力を、まるで奴隷のように搾取して…
ヒナの心に消せない傷を作るのが怖いんだ」
その言葉に、リオンの瞳がわずかに揺れた。
けれど、次の瞬間にはそれを振り払うように冷たく笑った。
「だったら、ヒナの気持ちを直接聞けよ。お前の家族愛なんて、もう通用してないんだよ。」
そう言うとリオンは背を向け、部屋を出ようとする。
「待て!」
エリンが追いかけるが、リオンは振り返りざまに呟いた。
「……邪魔すんな」
その瞬間、リオンの指が軽く動き、エリンはその場に崩れ落ちた。昏睡魔法が発動し、エリンは静かに意識を失う。
「お前が決められないなら、オレがやる。」
リオンはその言葉を呟き、扉を閉めた。
廊下を進む彼の足取りは重くも迷いはなかった。その胸の奥では、決意が静かに燃えていた。
小説128話: 護る覚悟
リオンがエリンの部屋を後にして、静かに廊下を歩きながら、自分の決断に迷いを抱くことはなかった。だが、心の中で過去のアリアの姿がちらつき、無意識に拳を握り締める。
(今度こそ…絶対に堕天を止めてみせる…)
そう心の中で強く呟き、ヒナの部屋の前にたどり着いた。
その扉の向こうから微かなすすり泣きが聞こえ、リオンは一瞬だけ眉を寄せた。
「……ったく、泣き虫天使め。」
リオンは扉を静かに押し開けた。
そこには、ベッドの端に座り、膝を抱えて泣いているヒナの姿があった。
「……リオンさん?」
ヒナはリオンの気配に気づき、慌てて涙を拭おうとするが、その仕草が逆に幼く見える。
「羽根がさらに濁るぞ。」
リオンの言葉は冷たくも思えるが、
その視線はどこか優しく、ヒナの傷ついた心を包み込むようだった。
「でも……ボク……。」
ヒナが言葉を紡ごうとするが、その声は震えている。
リオンはため息をつき、ヒナの隣に腰を下ろした。
「……ヒナ。」
リオンがその名を呼ぶと、ヒナの体が小さく震える。
そして、リオンはそっと手を伸ばし、彼の頭をぽんぽんと叩いた。
「泣きたいなら泣け。でも、オレがここにいる間だけにしとけよ。」
その言葉に、ヒナは一瞬だけ目を見開き、そして再び涙を溢れさせた。
「……リオンさん、ボク、どうしたらいいか……もう、わからない……。」
リオンはその言葉を静かに受け止めながら、自分の中で決意を再び固める。
そして、ヒナの肩に手を置き、目をじっと見据えた。
「お前がどうするかは後で考えろ。今は、オレがなんとかしてやるから。」
その言葉に、ヒナは驚いたようにリオンを見つめた。
けれど、その瞳には確かにかすかな希望が宿っていた。
129話:偽りの安らぎ
リオンはヒナの震える声を静かに受け止め、心の中で小さく息を吐いた。
目の前の天使は、涙を浮かべながらも、どうしようもなく自分を押さえつけようと苦しんでいる。
「ヒナ、落ち着け。自信がなくなったら、またオレの傍に来いって言っただろ」
ヒナは顔を伏せ、両手をきつく握りしめたまま、ぽつりと呟いた。
「……リオンさん、ボク……ボクはご主人様のことを……好きでいる資格なんて、ないんです。」
その言葉に、リオンは軽く眉を寄せた。だが、返す言葉は選ばない。
ただ、そっと手をヒナの頭に置き、ぽんぽんと叩く。
「……いいから、言ってみろよ。全部、吐き出せ。」
ヒナはしばらく震えていたが、やがて深く息を吸い、顔を上げた。
その瞳には、涙が溢れながらも何かを決意した光が宿っていた。
「……今までずっと、ご主人様の優しくて心地よい家族愛に包まれて守られてきました……
撫でられるたびに嬉しくて……優しくされるたびに……好きだなって気持ちが強くなって……。」
ヒナの言葉は震えながらも、真っ直ぐに心から溢れ出ていた。
「ご主人様に守られるだけじゃなくて……役に立ちたいって……
ずっと、その気持ちが大きくなるばかりでした。」
リオンは無言でその言葉を受け止め、軽く目を伏せた。
「与えられた心地よい家族愛がそのままボクの居場所になって……
ボクはご主人様を好きになったんです……。こんなに優しい人、初めてだったから……。」
ヒナは視線を落とし、記憶の中の温かな瞬間を辿るように静かに言葉を紡いだ。
「それから、よくご主人様の顔とか仕草とか目で追うようになっちゃって……
手を引かれた日は1日中ドキドキして……朝に庭で紅茶を飲む穏やかな時間は幸福感でいっぱいで……。」
ヒナは涙を流しながらも微笑み、続ける。
「ご主人様がくれた温もりは全部、全部大好きで……感謝しています……。
いくら言っても足りないんです……今までずっと言えなかったから……。」
その声は次第に震えを増し、最後の言葉を紡ぐときには涙に詰まりながらも、それでも懸命に続けた。
「…大好きで…たまらないんです。
ご主人様にお会いしたばかりの頃からずっと…お慕いしてきました…。
ご主人様に会いたい…触れたい…また抱きしめてもらいたい…
ボクの気持ちも本当は伝えたいんです……」
リオンはその告白を聞きながらも
『自己暗示』の魔法を自身にかけ、静かに幻覚魔法を編み上げていく。
その力は彼の内側から渦巻き、ヒナの前にエリンの姿を作り出していた。
──幻覚のエリンが、ヒナに微笑みながら優しく言葉を返す。
「……ヒナ、君の気持ちは、全部ちゃんと伝わったよ。ありがとう、心から嬉しいよ」
その声に、ヒナは目を見開き、さらに涙をこぼした。そして、一歩近づきながら震える声で呟く。
「嬉しい、ですか…?それが本当なら……、赦されるなら……。
見せてください……ボクに……ご主人様からの愛しいって視線を感じさせてくれますか……?」
エリンはそっとヒナに近づき、優しくその手を取り、ベッドへと彼を導いた。ヒナの体がシーツに沈むと、エリンの姿をしたリオンは静かに座り込む。
ヒナの手が、エリンの手をそっと取り、その薬指に軽く口づけをした。
その動きは慎ましやかで、ほんの少しの躊躇いと愛おしさが交じり合っていた。
顔を赤らめて一瞬視線を逸らしたヒナは、次の瞬間、上目遣いで主人を見つめる。
その瞳は、まるで「もっと触れてほしい」と訴えるような純粋な輝きを宿している。
リオンは一瞬だけ動きを止めた。
(これが…ヒナの愛…?こんなふうに全身で愛されて……アイツは、どう返してたんだ?)
思考がよぎるが、それを振り払うようにリオンは表情を整え、ヒナの髪をそっと撫でた。
「…ヒナ…。」
エリンが優しく囁くその声に、ヒナの顔がさらに赤く染まる。そして彼はその手を強く握り、微笑みながら小さな声で言った。
「……ご主人様、ずっと大好きでした……
こんなに素敵なご主人様に出会えて、愛してもらえて、ボク…本当に、幸せです……。」
──リオンは、ヒナが自分を見つめる視線の長さに気がついた。
それは、自分と過ごす時とは明らかに違う、特別な感情に満ちたものだった。
(これが……アイツに向けられていた想い…
あいつはこの視線から…ヒナの気持ちから逃げたんだ)
リオンは一瞬、胸の奥がざわつくような感覚を覚えたが、すぐにその感情を押し殺した。
130話:愛の模倣
幻覚のエリンがそっと手を取り、ヒナの指先を絡める。
ヒナはその温もりに触れると、さらに涙を流し、感極まった表情を浮かべた。
「……ご主人様……好き……だいすき……。」
エリンはヒナを優しく抱きしめながら魔力を譲渡していく──
ヒナは体の奥に満たされるその感覚に、小さく、甘い声を漏らした。
リオンの魔力は急速に消耗していき、彼の中に天使の血液を求める本能が湧き上がる。
甘美な香りがリオンを誘い、
牙がヒナの首筋に向かう──…
(だめだ……噛むな、血液を求めるな……。)
リオンは悪魔の本能を強い理性で押し留め、
首筋に優しく牙を当て甘噛みに変えると、
その行為は幻覚のエリンによってヒナに優しいキスをするように変わった。
ヒナは小さく震えながらも幸せそうな笑みを浮かべる。
そのとき、不意にヒナの口から漏れる声。
「……リオンさんっ……」
その一瞬、リオンの動きが止まる。
彼はヒナの顔を見下ろし、
何かを感じ取ろうとするが、ヒナの瞳はどこか遠くを見ているようだった。
(オレの名前……?何で今……。)
リオンはハッとしたように息を呑み、目を伏せた。
そのままの体勢で一瞬動けなくなった後、静かに手を伸ばした。
リオンはヒナの腕を掴む。その動きは一瞬荒々しく、ヒナは驚いたように目を見開く。
「……!」
リオンは言葉を発さずにヒナの唇に齧りつくような激しいキスを落とした。
ヒナの体は一瞬緊張するが、すぐに快楽に呑み込まれ、甘い声を漏らす。
その音がリオンの耳に響くたび、彼の瞳がほんの僅かに揺れ動く。
ヒナの小さな体を押し倒すようにしてその唇を味わい尽くした後、リオンは突然動きを止めた。
一瞬、ヒナの瞳がリオンを見上げる。
その瞳には、戸惑いと、しかし同時に絶対的な信頼と愛情が滲んでいる。
リオンはそっと手でヒナの頬に触れたが、次の瞬間その手を引っ込めるように握りしめた。
深い息をつきながら、再び冷静さを取り戻し、幻覚のエリンとしての役割を再開した。
彼は再び優しい表情を作り、ヒナに微笑みかける。
「ヒナ……愛してるよ。」
ヒナはその言葉に安堵したように腕を絡ませ、無邪気に抱きついてきた。
「ボクも…愛しています。ずっとこのまま…甘い夢の中にいたい…」
その無垢な笑顔がリオンの胸を締めつける。
幻覚の中で見せる愛情の純粋さが、彼の行為を背徳的に感じさせた。
瞬間、リオンは無意識のうちに「エリン」ではなく「リオン」としてヒナの背を抱き寄せた。
その腕に込められた強さに、ヒナが小さく甘い声を漏らす。
彼は微かに目を伏せたが、何も言わず、ただヒナの髪に顔を埋める。
リオンは再び我に返り、そっとヒナを腕の中で落ち着かせた。
ヒナの表情は幸福そのものであり、彼の愛情がどれだけ深いものかが痛いほど伝わってくる。
やがてヒナは疲れと安心から正気を失いかけながらも、
微笑みを浮かべながら「大好き…」と囁き、
ヒナは深い安堵に包まれて眠りに落ち、その羽根は以前にも増して白く輝いていた。
リオンはヒナの穏やかな寝顔を見つめながら、そっとその唇にキスをし、舌を入れ唾液を絡めとる。
その動作は普段より慎ましやかで、ほんの少量の魔力を補充しようとする意図が隠されていた。
「…んっ…、」と、ヒナが眠りの中で微かに呟く声が、リオンの胸をわずかに締め付ける。
リオンは静かに体を起こし、乱れたヒナの服を丁寧に整える。
小さく息を吐きながら部屋を出ると、自らがかけた幻覚と昏睡魔法を解除し、エリンの部屋へ向かった。
勝手に感想。
誰に向けられた言葉なんでしょうね




