161話:夢に映る本音
薄暗い意識の中で、リオンは微かな温もりを感じていた。
──誰かが隣にいる。
それだけで、深く沈む眠りから僅かに浮上する。
けれど、瞼を持ち上げることはなく、意識は夢の世界に漂い続けた。
夢の中、リオンはひとりきりの部屋に立っていた。
「……退屈だな。」
口をついて出た言葉は、誰に向けたものでもない。
ただ、沈黙を打ち破るための独り言。壁に映る自分の影だけが、薄く笑っていた。
──夢だ。
目の前に広がるのは、記憶の断片。
ノアのふわりと揺れる薄紅色の髪、ヒナの不安げな青い瞳、そしてエリンの苦悩を隠す微笑み。
(……あぁ、そうか。)
リオンは無意識の中で、今日の出来事を思い返していた。
ノアの魔力をヒナに譲渡させる──それはノアの発情期の緩和と、ヒナの譲渡のデメリットの中和、
つまり二人の精神の安定を保つために必要なことだった。
そう、ただの合理的な判断。
ヒナへの執着心を削ぎ、エリンへの想いを再認識させるための「調整」にすぎない。
ヒナには信念、エリンへの想いの強さを捨てないで欲しい。
天使の強い愛情は、ヒナ自身の力にもなる。
信念と愛を持ち続ければ、天使としての成長もできる、それを手放さなければ堕天もしない。
堕天しない程度に感情を、天使の本能を揺さぶって成長させる。
自力で困難に立ち向かい、立ち上がれるほどの精神力がつけば
他人が手を貸さなくても堕天の危機もそうないだろう。
可能であれば、エリンの目を覚まさせてほしい、
呪縛のような家族愛から救ってあげて欲しい。
甘えることができない弟を愛してあげて欲しい──…。
リオンはあくまで「手段」であり「過程」だ。
ヒナの本質は、エリンへの純粋な愛情にこそ根ざしている。
だからこそ、ノアという第三者を介在させることで、ヒナの心を揺さぶった。
少しは冷静になれればいいけど。
甘えて、泣いて、頼って依存してばかりで、
エリンに甘やかされて何も知らないまま天使としての本能を抑え続けていたら
いつ堕天するかわからない。
ヒナが「悪魔に堕ちても構わない」という風にも見えない。
ミアを救出するまでは天使でいてもらわないと困るしね。
リオンは薄く嗤った。
けれど、その嗤いはどこか苦さを含んでいた。
(……ヒナを突き放し不信感を抱かせれば、ヒナはエリンのもとに戻るだろう。)
それがリオンにとって最善であり、最適解だった。
自分に冷たく扱われたヒナが依存や幻想から目を覚まし、
エリンへの愛を再確認し、リオンへの依存を断ち切る。それでいい。
それで、よかったはずだ。
ふっと浮かぶヒナの泣き顔。
信頼していたものに傷つけられたときの、あの表情。
夢の中のリオンは、静かに息を吐いた。
ヒナをノアに預けたのは、ただの合理的な選択だ。
ノアならヒナを監視しながら自分の代わりにヒナを支えてくれるだろう。
兄弟や友人のように。愛情を互いに向けることなく…。
リオンは眉を寄せ、夢の中で舞う赤い羽根を握り潰すように拳を固くした。
柔らかな羽根は指の隙間から崩れ、光の粒となって消えていく。
その光が視界を満たした瞬間、夢は急速に崩れ始める。
──何を守りたい?
──誰を救いたい?
問いかけに答える間もなく、意識は暗闇に飲み込まれた。
─────
目を覚ましたリオンは、天井をぼんやりと見つめる。
「……くだらない夢……」
呟きながら、リオンは隣で静かに眠るノアの寝息を聞き、薄く笑みを浮かべた。
そしてノアの頭を優しく撫でた。
けれど、胸の奥に残った微かな痛みだけは、夢の余韻と共に消えなかった。
その感情を悪魔の魔法、自己暗示で塗りつぶして、強引に消した。
弱さは不要だから。感情は利用されるものだから。
過剰な感情なんていらない、悪魔でいたい、エルフのような繊細さは自分には必要ない。
でも、愛は知りたい、だから観察する。
それが特別な魔力を与えて力に変えてくれることを知っているから。
いくら他人を観察しても共感ができない。知識や経験を利用することしかできない。
リオンは手に入らない愛という力、強さに執着していた。
いずれその力、愛が必要になる。
今まで以上に強くなれたら…運命を変えられる…。
誰にも負けるわけにはいかない。たとえ、堕天使が相手になるとしても──…。




