159話:信頼に、心を隠して
陽の光が柔らかく差し込む部屋の中、ノアは静かにヒナを見つめていた。
「準備、できた?」
ヒナは小さく息を飲み、こくりと頷いた。
先ほどまで聞かされていたノアとリオンの過去。
その重さが胸に残ったまま、ヒナは心の整理がつかずにいた。
(……愛だけじゃなくて、信念で繋がる関係もあるんだ。)
ノアとリオンの関係は、ヒナにとって理解しきれない複雑さがあった。
信頼、執着、恩義、憧れ。
どれもが絡み合い、単純な言葉で表せるものではない。
「力、抜いて。怖がる必要はないよ。」
ノアの声に促され、ヒナはベッドの端に腰掛けたまま、ぎこちなく手を組んだ。
ノアは優しく微笑み、ヒナの肩を軽く撫でる。
「おれも初めてリオくんに譲渡された時は……正直、最悪だった。でも、今は違う。
誰かを守る力を得るためなら、意味のあることだと思えるようになった。」
ヒナはそっとノアを見上げた。
その瞳には、信念を貫く強さと、どこか寂しげな色が混ざっていた。
「じゃあ、始めるね……。」
ノアはゆっくりとヒナに触れ、魔力譲渡の行為に入った。
──初めはただ、身体の奥がじんわりと温かくなる感覚だった。
けれど、次第にノアの魔力が少しずつ漏れるようにヒナに流れ込み、
胸の奥から込み上げるものがあった。
(……不思議だな。ノアさんは、こんな気持ちを抱えながら、ずっとリオンさんと関わってきたのか。)
ヒナの思考がぼんやりと漂う中、犬のように覆い被さるノアの吐息が熱を帯びていく。
「はぁ……、ヒナちゃん……。おれ、リオくんに出会えてなかったら、きっと……生きる意味なんて見つけられなかった……。」
ノアの声は次第に甘さを増し、心の奥に隠していた感情が揺らぎ始める。
「……いいな、ヒナちゃん……。おれも"また"リオくんに抱かれたい……。」
ヒナは一瞬、耳を疑った。
(ノアさん……?)
ノアは譲渡の熱に呑まれ、発情期特有の理性の薄れと共に本音を零していく。
「あっ……、アッ……♡♡
リオくん……抱いて……、欲し……っ……。」
切なげに鳴くような声が室内に響く。
その瞬間、ノアの身体がびくりと震え、がくっと脱力した。
(……ノアさんは今でも、リオンさんを"恋愛対象として"想い続けてるんだ……。)
─────────
譲渡が終わる頃には、ノアは疲れたようにヒナにぴったりと寄り添っていた。
「……ごめんね。」
犬のように身を寄せるその姿は、無意識の行動なのだろう。
ヒナは胸が締めつけられるような気持ちで、ノアの背中にそっと手を添えた。
「これで他種族との譲渡が成立したから、ヒナちゃんの心も次第に落ち着くはずだよ。
……また、リオくんに譲渡されても、しばらくは大丈夫だと思う……。
おれの発情期のことも何とか助けようってしてくれてありがと。
ヒナちゃんの気持ち、とっても嬉しかったよ。」
ノアはふっと目を伏せ、ほんのわずかに切ない表情を見せた。
そのとき──
ヒナの肌に、ふっと湿った感触が走った。
「っ……?」
ヒナが驚いて視線を落とすと、
ノアの舌が、ゆっくりとヒナのお腹に触れていた。
「の、ノアさん……!? え、ちょっと、な、何を……っ」
「ん……」
舌先がぺろりと動く。
唇で優しく吸いながら、ノアは丁寧にヒナの腹の上の精液を舐め取っていく。
「や、やめてください……っ! そ、そんな……っ……!!」
ヒナが必死に抵抗しようとするが、ノアは軽く手でヒナの腕を抑え、にこりと微笑む。
「綺麗にしないとね。」
ノアはまるで当然かのように、最後の一滴まで丁寧に舐めとっていた。
舌が這う感触に、ヒナは息を詰める。
「ま、待って……! そ、そんなことしなくても……ボク、自分で拭くって……!」
震える声で言ったヒナを、ノアはちらりと見上げた。
その瞳は、どこか愉しげに揺れていた。
「んー? でも、もう綺麗になったよ?」
にっこりと微笑む。
(なんで……そんな……!?)
ヒナは顔を真っ赤にし、戸惑っていた。
そんなヒナの様子を見ても、ノアは何事もなかったように涼しげに微笑んでいた。
「……うん。これで大丈夫。」
ノアはそう言いながら、唇をぺろりと舐め、満足げな顔をする。
(……これで、大丈夫……? 何が?)
ヒナは、ぎゅっとシーツを握りしめた。
なぜだろう、何かがおかしい気がする。
ノアが、妙にこだわるように舐めとっていたのもそうだ。
あれほど熱心に、すべてを逃さないようにしたのは、単に綺麗にするため……?
(……違う。何か、理由がある……。)
ヒナは、不安げにノアを見つめた。
「……ノアさん。」
「ん?」
「……どうして、そんなに……?」
ヒナの問いに、ノアは一瞬だけぴたりと動きを止めた。
けれど、次の瞬間、くすっと笑みを零す。
「……ふふっ。」
まるで悪戯がバレた子供のような顔をしながら、ノアは指先で自分の唇を撫でた。
「んー……なんでだと思う?」
「……っ!」
ヒナが軽く身を引こうとした瞬間、ノアは舌を出し、ぺろりと唇を舐める仕草をした。
──薄らと光る、舌先の雫。
「ヒナちゃんの魔力。すっごく甘くて、魔力が濃くて美味しかった♡」
ぺろりと舌を出し、唇を軽く舐めるノア。
その仕草に、ヒナは羞恥のあまり俯いたまま動けなくなってしまう。
「……っ!」
ヒナの顔が一気に紅潮する。
ノアは少し体を起こし、どこか満足げな顔をしていた。
「おれね、相手の魔力を摂取すると、一時的に相手の感情が読めるんだ。」
「感情、が……?」
「うん。でも、安心して。思考までは読めないよ。
相手の魔力がおれの体内から抜けるまでは、
獣人の五感全部 使って魔力をくれた相手の感情がわかる。
でも徐々にその力は薄まって、通常のときに戻って、そこまでハッキリとはわからなくなる。」
ノアは微笑む。
「ねぇ、ヒナちゃん。」
「……?」
「ヒナちゃんは、リオくんのこと、すき?」
「っ……!」
ヒナの呼吸が一瞬止まる。
その瞬間──
ノアの中に、ヒナの感情が流れ込んできた。
──喜び、嬉しさ、…これは、期待…?
けれど、それと同時に 悲しさもある。
ヒナちゃんの様子からして不安、迷い、かな…?
……そっか。ヒナちゃんは嬉しいのに、悲しいんだ。
ヒナは唇を噛みしめ、視線を逸らす。
そんなヒナの様子を見て、ノアはふっと小さく笑った。
「そっかぁ……ヒナちゃん、やっぱりリオくんのこと……。」
「~~っ!!」
ヒナは焦ったようにノアの口を塞ぐ。
「黙ってて……!」
「ん~? どうしようかな?」
いたずらっぽく笑うノアに、ヒナは涙目になりながら顔を真っ赤にして俯いた。
──譲渡の余韻の中、二人の間には新たな秘密が生まれた。




