157話:愛のかたち
157話:愛のかたち
ノアがヒナ達をもてなす為に用意してくれた朝食の時間は、思いのほか和やかだった。
ノアが作ったシンプルな朝食——野菜たっぷりのスープと、ふわふわのパンケーキ。スープから立ち昇る湯気と、ほんのり甘いバターの香りが室内に広がる。
「ヒナちゃん、パンケーキ好き? 蜂蜜もあるけど、かける?」
ノアが小さな瓶を手にして、にこっと微笑む。その顔はどこから見ても可愛らしい少女のようだったけれど、裾から覗く引き締まった脚と、短めのタンクトップから見える腹筋が、その印象を覆す。
「え、あ、はい! 好きです!」
ヒナは慌てて返事をしながら、ノアの手元を見つめた。さらりと蜂蜜を垂らす手つきは慣れたもので、まるで長年誰かのために朝食を作ってきたかのようだった。
「リオくん、朝はほんとに食べないからね。おれが作らないと、コーヒーだけで済ませちゃうの。ね、リオくん?」
「……朝あんま起きてる事自体ないしね」
リオンはパンケーキを一口齧りながら、肩をすくめてため息をつく。けれど、その目はどこか柔らかかった。
「ノアさん、料理上手なんですね。」
ヒナが感心したように呟くと、ノアは尻尾をぱたぱたと揺らしながら、少し誇らしげに胸を張った。
「リオくんのために覚えたんだもん。最初は失敗ばかりだったけど、初めて『うまい』って言われたとき、ほんとに嬉しかったなぁ……♡」
その言葉に、ヒナの胸がきゅっと締めつけられた。
(……リオンさんにとって、ノアさんって特別な人なんだ……。)
リオンの知らない一面を、ノアはたくさん知っている。親しげな空気と、互いを理解しきったような距離感。ヒナには、それがどうしようもなく眩しく映った。
「ごちそうさま。」
リオンが食事を終え、椅子を引いて立ち上がる。
「ノア、お前がヒナに譲渡しろ。」
「——え?」
唐突な提案に、ヒナは思わず声を上げた。ノアも一瞬驚いたように瞬きをするが、次の瞬間には「ま、そうなるよね〜」と肩をすくめて苦笑する。
「ノアの問題とヒナの譲渡のデメリット解消にはちょうどいいだろ。判断は任せる。オレは寝るから。」
リオンは大きな欠伸を噛み殺しながら、あっさりと部屋を後にした。
「……あんな風に言い捨てる?」
ヒナが呆然としていると、ノアがくすっと笑った。
「リオくんってば勝手だなぁ〜!でもおれの体調、心配してくれてるんだよね、うれしい。
ね、ヒナちゃん! おれの部屋でお菓子食べながら恋愛の話でもしよっか♡」
「えっ……恋愛の話?」
戸惑うヒナだったが、ノアの明るい笑顔に引かれるように頷いた。
———
ノアの部屋は、淡いピンクと白を基調とした、まるで女の子の部屋のような空間だった。ぬいぐるみがいくつか並べられ、ベッドの上には柔らかそうなブランケットが無造作に置かれている。
「うわぁ……可愛いお部屋ですね。」
「でしょ? リオくんは『趣味丸出しだな』って笑うけど、おれは気に入ってるんだ〜。」
ノアは尻尾をふりふりさせながらベッドに倒れ込み、そのままぐるんと丸まる。
「……ごめんねヒナちゃん、ちょっとゴロゴロさせて〜……。」
「ノアさん、大丈夫ですか?」
心配そうに覗き込むと、ノアは少しだけ目を細めて微笑んだ。
「平気平気、半年に一度こうなるだけ。魔力が溢れて、身体が熱くなるんだよね。」
「魔力が……溢れる?」
「うん。夜はもっと酷くなるから、家から出ないようにしてる。そうしないと、無闇に子供作っちゃうからさ。」
さらりと語られた言葉に、ヒナはドキリとする。
(……天使の本能に振り回されて悩んだボクと、同じだ……。)
「ね、お話ししよっ! ヒナちゃんのこと、もっと知りたい! 好きな人いる?」
「えっ……え、えっと……。」
「……リオくんのこと、ちょっと好きでしょ?」
悪戯っぽく笑うノアに、ヒナは真っ赤になって首をぶんぶん振った。
「そ、そんなこと……!!」
「ふふ、図星だ〜♡」
ノアは尻尾をぱたんぱたんと揺らしながら、笑い転げた。
「おれもね、リオくんが好き。でも——」
ふと、ノアの瞳が柔らかく揺れる。
「命を救われたときから、何でもしてあげたいって思ったんだ。恋とかじゃなくて、もっと深くて動かせない“愛”みたいなもの。」
「……ノアさんにとって、リオンさんは特別な存在なんですね……。」
ヒナは呟くように言いながら、自分の胸に手を当てた。
(ボクがご主人を守りたいと思う気持ちも、恋愛とは違う“愛”なのかもしれない……。)
リオンやエリンへの気待ちの整理をしようと、ヒナはあらゆる愛の種類の可能性を考え始めていた。




