155話:忠誠の尾
リオンの腕にしがみついたまま、ヒナはゆるやかに降下する感覚に身を委ねていた。
朝靄の中、樹々の隙間から覗く道は見慣れない景色ばかりだ。どこか心許ない気持ちを抱えたまま、ヒナはリオンの肩越しに静かな森を見つめた。
「……もうすぐだよ。ノアの家。」
リオンがぼそりと呟いた。その声は普段の飄々とした調子よりも、どこか柔らかい。
ヒナは小さく頷き、下を見下ろした瞬間——
ふいに視界が開け、小さな一軒家が木立の中にぽつんと現れた。こじんまりとしながらも、手入れの行き届いた庭が印象的で、玄関にはリースが飾られている。
「降りるよ。」
リオンの声と共に、ふわりと足元に地面の感触が戻る。ヒナがようやくリオンから離れようとしたその瞬間——
「リオくんっ!!」
勢いよく玄関が開き、桃色の耳と尻尾を揺らしながら、ひとりの可愛らしい少女のような獣人が駆け出してきた。
「待ってたよ〜♡」
そのままリオンに飛びつき、首元に顔を埋めてくんくんと匂いを嗅ぐ。
「相変わらずすっごくイイ匂い……♡ 悪魔のフェロモンかなぁ…?」
「……はいはい、くっつくな。また発情期?」
リオンは軽くノアの額を押し返し、呆れたように肩をすくめる。
「違うよ〜、そんなわけ……んんっ……ない……。」
ノアは唇を尖らせながらも、ぺたんと地面に座り込み、わずかに肩を震わせた。
その姿に、ヒナは胸の奥がきゅっと締めつけられるような感覚を覚える。
ヒナは胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
会ったばかりの獣人の苦しむ姿が、自分のことのように痛かった。
何もできない自分がもどかしくて、思わず一歩踏み出しかける——けれど、どう声をかけたらいいのかわからず、唇を噛んだ。
(…苦しいのに、笑って誤魔化してるんだ…)
性的な意味ではなく、単純に「体調不良」として受け取ったヒナは、複雑な気持ちを抱いていた。
そんな中、ノアがふと鼻をひくつかせ、ヒナに気づいたように目を丸くする。
「……天使? もしかして、ヒナちゃん? リオくんから聞いてるよ!」
「えっ、あ、はい……!」
突然の距離の近さに、ヒナは反射的に一歩下がる。
「おい、ノア。家ん中入るよ。」
リオンがノアの襟首を引っ張り、玄関へと促す。
「えぇ〜、もっとお話ししたいのに〜!」
ノアは不満そうに頬を膨らませながらも、素直に立ち上がり、リオンに引きずられるようにして室内へと入っていった。




