151話:静寂の後、語られる真実
ヒナは黙っていた。
動揺を隠せないまま、怯えるように肩を震わせている。
リオンの言葉に何かを言い返したいのに、言葉が出てこない。
リオンはその様子をじっと見つめた後、ふっと小さくため息をつく。
「ね、やっぱり恋とか愛とか、くだらないでしょ?」
淡々とした口調だった。
「何に悩んでるかわかんないくらい細かい事で落ち込んだりして、バカバカしいって思わない?
オレはやっぱり共感できないね。」
赤い瞳がヒナの顔を覗き込む。
ヒナは俯いたまま、何も言えなかった。
「……じゃ、起こしちゃうね。」
リオンが何気なく言った瞬間、ヒナの肩がびくりと跳ねる。
「言わせたこと全部説明して、エリンに聞いてみよっか。」
「……やっ、やめ……て……!」
咄嗟に、悲鳴に近い言葉がヒナの口から零れた。
声が震え、喉の奥がひりつく。
──その瞬間、エリンの瞳がゆっくりと開いた。
「……っ……」
激しい頭痛がエリンを襲う。
顔を歪め、額を押さえながら荒い息を吐く。
けれど、すぐに自身の治癒魔法を使い、痛みを抑え込んだ。
「おはよ、エリン。」
リオンが、気怠そうに微笑む。
「やっと帰ってきたね。」
エリンはゆっくりと瞬きをする。
玄関を開けた後の記憶がなく、気がついたらリオンの部屋にいた──
その状況で、リオンに魔法を使われたことを察したようだった。
「……何をしたの?」
怪訝そうな顔をして、低い声で問いかける。
ヒナは、つらそうな表情をした。
何かを言いかけたが、喉が詰まり、声にならない。
「“洗脳”かけたの。
エリンの気持ち、覗いちゃった。」
リオンは、にっこりと微笑む。
エリンの眉が僅かに寄る。
「……僕の気持ち……?」
ゆっくりとした口調で反芻する。
「何を言わせたか知らないけど、
僕にやましい気持ちはないよ。」
堂々とそう言い切る。
「……ふーん、それは羨ましいね。」
リオンは、肩を軽くすくめるだけだった。
そのとき、エリンの視線がヒナへと移った。
布団を強く握りしめ、震える肩を隠すように身を縮こまらせている。
ヒナの表情、リオンの部屋という状況──
それだけで、エリンは 何があったのかをなんとなく察してしまった。
ぐっと、悔しそうに手を握りしめる。
「ヒナに、何をしたかはわからないけど。
傷つけるようなことはしないでって、何度も言ったよね?」
リオンは、悪びれる様子もなく微笑む。
「……相変わらず過保護だね〜。」
壁にもたれながら、退屈そうに呟く。
「傷つくことも大事だと思わない?
そういう過去があるから、乗り越えられることも増えるんだし。」
エリンは何も言わなかった。
ヒナの小さな震えだけが、静かな部屋の中で響いていた。
「……もう飽きちゃったよ。」
リオンは短くそう呟き、踵を返す。
「後は勝手にやってて。」
気だるそうに片手を挙げ、そのまま部屋を後にする。
リオンが去った後も、ヒナは小さく震えたままだった。
エリンはそんなヒナをしばらく見つめた後、そっと手を伸ばし、髪を優しく撫でる。
「リビングで待ってるよ。
紅茶を淹れるから、少しリラックスしよう。」
静かに、けれど温かく言葉を紡ぐ。
ヒナは驚いたように顔を上げる。
それでも、エリンの穏やかな瞳を見て、ほんの少しだけ緊張を緩めた。
── それが、エリンなりの優しさだった。
ヒナを一人にして、身支度を整える時間を与える。
けれど、リビングで待っていることで、独りにするわけではないことを示す。
傷つけるつもりはないと、そっと伝えるように。
ヒナは小さく頷くと、ゆっくりと体を起こし、シーツを握りしめながらエリンを見送った。
────
数分後、ヒナがリビングへ向かうと、エリンが温かい紅茶を持って待っていた。
「……どうぞ。」
ヒナの前に、湯気の立つカップがそっと置かれる。
けれど、ヒナはそれを見つめるだけで、なかなか手を伸ばせなかった。
何から話していいのかも分からない。
込み上げてくる罪悪感が喉を塞ぎ、言葉にできない。
何か言おうとするたび、胸が締めつけられる。
「……ヒナ、ごめんね。」
エリンが、ぽつりと呟いた。
「君のこと、ずっと守れてなくて……。」
ヒナは驚いたように顔を上げる。
「っ……」
そして、首を横に振る。
エリンは、そんなヒナの頭を優しく撫でた。
「……リオンのこと、怖い?」
問いかけに、ヒナの体がびくりと震える。
けれど、すぐに首を横に振った。
「……あのっ……ご主人様……」
ヒナは、震える手で紅茶のカップを握る。
──覚悟を決めた。
「お話ししたいことがあります……!」
声は震えていた。
けれど、真っ直ぐにエリンを見ていた。
「今までのこと……全部、ご主人様にお話しします……!」
エリンは目を瞬かせ、ヒナの表情をじっと見つめる。
その体は、小さく震えていた。




