150話:選択の時、悪魔の囁き
静まり返った部屋の中で、ヒナは震えながらエリンの寝顔を見つめていた。
エリンは静かに眠っている。
でも、この眠りは安らかなものではなく、洗脳から解放された影響によるもの。
──起きたらエリンは何も、覚えていない。
「……お前さ。」
静かに響いたリオンの声に、ヒナは肩を震わせる。
「精神安定剤も飲んでなかったし、オレに依存し始めてたって自覚、今したの?」
ヒナの瞳が揺れる。
「依存して、罪悪感で潰れて、いつかまた堕天しかかったらどうするの?」
容赦のない言葉が降る。
突きつけられた現実に、ヒナは唇を噛んだ。
「オレは甘えてくるのは別にいいよ。」
「……え?」
ヒナが戸惑いがちに顔を上げると、リオンは軽く肩をすくめる。
「ヒナが精神的に揺らぐなら、仕方ないから話も聞いてあげる。今まで通りで構わない。
オレにも天使の成長の為に ヒナの精神と本能を揺さぶった責任があるからね。
だけど、気持ちの整理とその後の行動はヒナ自身に決めて欲しい。」
静かに言い放たれた言葉が、ヒナの胸に重くのしかかる。
「そもそもエリンとヒナって他人でしょ?」
唐突に放たれた言葉に、ヒナの表情がこわばる。
「何にこだわってるの?
恋人同士とかでもないし、仮にそういう関係だったとして、他と関係持ったらいけないの?」
「ただの魔力譲渡だよ。ついでに、それを楽しむ事の何が悪いの?
苦痛で嫌々ヤッてますってフリできた方がヒナは気が済むわけ?」
リオンの口調は冗談めいているのに、その赤い瞳はどこか冷ややかだった。
「オレが無理やりヒナを犯してるって言い訳できれば気が済むのなら”洗脳”でも”幻覚”でも何でも使ってあげるよ?
でも、それじゃオレがつまんないし。」
ヒナの息が詰まる。
──何を言っているのかわからない。
そんなことを考えるまでもなく、頭の中が真っ白になった。
リオンの言葉が、静かに、けれど確実にヒナの心を抉っていく。
「それか…オレのことも好きになってよ。」
ヒナの肩がびくりと跳ねた。
言葉の意味をすぐには理解できず、思考が止まる。
驚きと混乱で喉が詰まり、言葉にならない。
「それも解決方法のひとつでしょ?
エリンを好きでい続けてくれたら種族相性でヒナの魔力吸収効率もいいし、
他種族を挟めば悪魔との継続的な譲渡のデメリットも中和できて都合がいい」
リオンは肩をすくめ、ヒナを見下ろす。
「もしまだ報われないって思うなら さっさと恋とかいうの諦めて、
エリンの家族愛にでも応えてあげたら?
いつまでも同じ事を悩んで繰り返してヒナは そんなに堕天したいの?」
軽く放たれた言葉に、ヒナは驚いたように顔を上げた。
言葉を返そうとしたが、喉が強く締めつけられるようで、声が出ない。
「ミアを助けるために協力してくれるんでしょ?」
ヒナの努力と魔法がなきゃ成功しない。
それまでは天使として努力して欲しい、最初にそう言ったよね、覚えてる?」
──わかってる。
ヒナは唇を噛んだ。
ミアを助けるために、頑張ると決めた。
それはヒナの複雑な気持ちの中でも本心だってハッキリ言える。
リオンの言葉はいつも鋭くて、どこまでも容赦がない。
でも、今の自分には、その一言一言が、必要なもののような気がしてしまう。
「……ボク、どうしたら……。」
絞り出すように言葉を紡ぐ。
リオンは薄く笑いながら、ヒナの顎を指で持ち上げた。
「もしミアを助けた後に堕天して悪魔になっても、オレが面倒見てあげる。」
その笑みは、まるで甘く誘うように、ゆっくりと形作られていた。
ヒナの瞳が大きく揺れる。
──リオンは、本気でそんなことを言っているのか、それともただ、からかっているだけなのか。
それすら、ヒナには分からなかった。
リオンの指先が、ヒナの頬を軽くなぞる。
赤い瞳が、じっとヒナを見つめる。
「素直に受け入れるのはヒナのいいところだけど、
エリンと話し合わずに無理してずっと自分の気持ちを抑えてたら
いずれまた堕天しかけるかもしれないよ」
ヒナは息を飲む。
「このままエリンを起こしていいの?
エリンは、自分が言った事は洗脳の効果だから覚えてないよ。
家に帰ってきたと思ったら、どうしてここで倒れてるのかって思い出しながら、激しい頭痛に襲われるだけ。」
「何も知られたくないなら都合よく改変しといてあげる、でも」
「誤魔化すのって嫌いなんでしょ?」
リオンの問いかけが、ヒナの心を強く締めつけた。




