↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/34

149話:暴かれた罪と愛の間で

屋敷の玄関が開く音がした。


「……ただいま。」


控えめに響いたエリンの声が、静かな夜の空気を切り裂く。


──その瞬間、ヒナの意識は一気に冷めた。


身体の芯まで染み込んでいた熱が、まるで氷水を浴びせられたかのように引いていく。

リオンの腕の中で、ヒナははっと息を呑んだ。


──なんで、また……。


頭の中で、何度も繰り返す。

どうしてまたこんなことをしてしまったんだろう。

どうして、こんな言葉を口にしてしまったんだろう。


「……正気に戻った?」


リオンがどこか愉快そうに、けれど冷めた目で嗤う。

目尻をわずかに持ち上げ、ヒナの動揺を楽しむような顔だった。


「……っ」


ヒナは声にならない声を漏らし、逃げようとした。

けれど、組み敷かれた身体は、簡単には動かない。

逃げたくても、逃げられない。


そんなヒナの様子を見て、リオンは短く息を吐いた。

どこか考え込むような表情を浮かべ、手のひらを軽く動かす。


「……本当は、使いたくなかったんだけどね。」


淡々とした声。

指先が宙をなぞると、薄紅色の魔法陣が静かに広がる。


──洗脳。


リオンが本来なら決して使いたくない魔法。


「お仕置き、ってことで。」


ふっと口元に嗤いを浮かべながら、リオンは舌舐めずりした。


その瞬間、エリンの意識が遠のく。


虚ろな足取りで、リオンの部屋のドアが開いた。

部屋の灯りが、ふわりとエリンの姿を照らす。


「───あ……。」


ヒナの喉が震えた。


全身から、血の気が引いていく。


見られたくなかった。

知られたくなかった。

これ以上、何も知られたくなかった──


目の前が真っ白になる。

呼吸すら、うまくできない。


「……おかえり。遅かったね」

リオンはエリンを見ながら、不敵な笑みを浮かべ、

そのままヒナの唇を舐める。


唇をなぞる熱に、ヒナはびくりと肩を震わせた。

その仕草が愉快だったのか、リオンは小さく息を吐きながら、ゆっくりと腕の力を緩める。


エリンの瞳が、かすかに細められた。


その変化は一瞬で、誰も気づかないほどわずかなものだった。けれど、リオンはその視線の奥に 冷えた感情が滲んだのを確かに見た。


──苛立ち、とまではいかない。


だが、確かにそこにあったのは、これまでのエリンにはなかった感情だった。


エリンの瞳が ほんの僅かに伏せられる。

長い睫毛が影を落とし、その下で、

指がゆっくりと強く握りしめられた。


無意識の反応──リオンは、見逃さなかった。


「……へぇ。」


リオンの唇が、愉快そうに持ち上がる。

低く抑えた声が、楽しげに揺れた。


この表情(カオ)が見たかった


エリンの僅かな変化が、リオンにとっては何よりの答えだった。

心の奥底にある 「焦り」や「苛立ち」 が、確かに顔を出している。


だが、エリン自身はそれに気づいているのか──

それとも、気づかぬまま、無意識に抑え込もうとしているのか。

リオンは腕を組み、じっと彼の反応を見つめていた。



解放されたヒナは、一瞬の間を置いたあと、

慌てたようにシーツを手繰り寄せ、自分の身体を包み込むようにして丸くなる。


息が詰まりそうなほど心臓が跳ね、震える手で布を握りしめる。

まるで、自分の存在そのものを覆い隠すように。


その間リオンは壁際に腰をかけ、背をもたれかけると、脚を組みながら薄く笑みを浮かべ、ただ、静かに見ていた。


ヒナが怯えたように肩を震わせる。

重苦しい沈黙が落ちる。


「……ごめんなさい……ごめんなさい……っ」


ヒナの小さな声が震える。

こぼれ落ちる涙は、止まらなかった。


「ヒナ、泣かないで。大丈夫だから。」


優しい声が降る。


エリンが、そっとヒナを抱きしめた。

ヒナは驚いた。

でも、その胸の温もりに触れた瞬間、耐えきれず、さらに涙がこぼれた。


「大丈夫、大丈夫だよ。ヒナ。落ち着いて。

魔力の譲渡、だよね。僕がしなかったから、代わりに──」


「ちが……違います……っ!」


ヒナは首を横に振った。


「譲渡はそう……なんですけど……代わり、じゃなくて……!」


何かを訴えようとするヒナの言葉に、リオンがわずかに眉を上げた。

少し意外そうな反応だった。


「ボクが悪いんです……甘えて……その温もりに……依存して……!

受け入れてもらえてるなんて勘違いに……抗えなくなってたから……!」


泣きじゃくるヒナを、エリンは強く抱きしめる。

ヒナの細い肩を包み込みながら、静かに語りかけた。


「……ヒナ、僕たちのために……ミアを救うために、無理させてばかりでごめん。

ヒナがその責任を持つ必要はないのに……頼ってばかりで……。


君が一番つらい立場なのに、何もしてあげられてなくて、本当にごめん。」


ヒナは泣きながら、首を横に振る。


「……ヒナは、まだ僕のこと好きでいてくれてる?」


ヒナの呼吸が止まった。


大きく目を見開く。


「恋愛対象として、って意味だけど。」


エリンがそう付け加えた瞬間、ヒナの涙が溢れた。


「……いつから、知ってたんですか……? なんで……どうして……?」


震える声で問いかけるヒナ。


エリンは微笑み、ヒナの頬を優しく撫でた。


「……気がつくのが遅くてごめんね。

最近になって家族という関係だけじゃなくて、

君の気持ちを受け止めて、一度、考え直してみようと思ったんだ。


今までヒナの気持ちを無視して「家族愛」を押し付けて…ヒナを個人として見ることと、ヒナの気持ちを尊重する事ができずに傷つけてきたから…。」


「僕は君のことが好きだよ。

家族として大切な気持ちは変わらないけど、君の気持ちに寄り添えるように、真剣に考えてみたくて。


ヒナはどう……?

まだ僕のこと、好きでいてくれてる……?」


ヒナは言葉を失った。

ずっと望んでいたはずの言葉。


なのに、今になって、何も言えなかった。


胸にぽっかりと穴が開いたような、痛み。


やがて、ヒナは震える声で口を開いた。


「……ボクが……言う資格なんてありません……。


でも、今までずっと……ご主人のこと大好きで、大切で……

叶うなら、結ばれたい、触れ合って……愛し合いたいって……思って、いました……」


その言葉を聞いたリオンが、棚の上に置かれていた小瓶を指先で浮かせ、ゆっくりと手元に引き寄せる。


─ヒナにあげたやつと別のやつ。今飲ませて─

リオンの指示が頭に浮かぶ。


小瓶を渡されると、エリンがヒナの手にそれを持たせた。

ヒナは一瞬、迷うように小瓶を見つめた。


「……ヒナ。ありがとう。ずっと想い続けてくれていて…。でもつらい時に1人で悩まないで、もう大丈夫だよ。」

エリンが優しく微笑む。


「君は本当によく頑張ってくれてる。

それは僕たちも分かってる。

だから……一人で抱え込まないで。

どうか、僕を頼って欲しい」


ヒナは、小瓶の中の液体をじっと見つめた。

その澄んだ色は、まるで月光を閉じ込めたように淡く輝いている。


──この小さな瓶が、ボクを救ってくれるんだろうか。


迷いながらも、そっと唇に触れさせ、液体を喉へ流し込む。


ひんやりとした感触が舌を滑り、胸の奥へと落ちていく。

その瞬間、じわりと広がる安堵感に、ヒナはかすかに息を震わせた。


──心が、嘘のように軽くなる。


胸の奥を締めつけていた重苦しさが溶けていき、

あれほどまでに揺らいでいた感情の波が静かに凪いでいく。


それと同時に、背中の羽がふわりと光を帯びた。

穏やかで柔らかな光が、静かに揺れる。


エリンとリオンが、その変化をじっと見つめていた。


ヒナは、自分の指先をそっと握りしめた。

心のどこかにあった後悔が、わずかに薄れていくのを感じながら──

けれど、すべてをなかったことにはしたくない、そう思った。


「ご主人様、リオンさん……ありがとうございます。」

ヒナは静かに顔を上げ、ふたりを見つめる。


「いつも、助けていただいて、導いてくれて、見守ってくれて……。」

声は震えていたけれど、その瞳には確かな決意が宿っていた。


「ボク、自分に恥じないように、

2人の家族として誇らしい存在だって思ってもらえるように、頑張ります。


迷ったり…悩んだり、間違えることもあるかもしれないけど……でも。」


握りしめた手に、ほんのわずか力がこもる。


「ボク、迷って落ち込む弱い自分は嫌いです。

天使の本能に揺らぐ自分も。」


ヒナは小さく息を吸い込んだ。


「でも…。

リオンさんの温もりに甘える自分は嫌だけど、

譲渡してもらってたことは……やっぱり、後悔したくありません。」


リオンが、僅かに目を細める。

まるで、おや?とでも言いたげな興味深そうな視線だった。


「それが支えてくれたリオンさんへの誠実さだと思うから、ボクは……後悔より、感謝したいんです。」


ヒナの言葉に、リオンの口角がわずかに持ち上がる。


──そういう考えに至るのか。


その強さが、意外だった。


「自分の間違いに、責任を持つことは大切だと思います。」ヒナは静かに続ける。


「ご主人様を大好きなのに、天使として成長する為にも魔力を補充する為にも…譲渡してもらうことは仕方ないことだって言い聞かせて、してもらってました。


罪悪感もありました。いつの間にか依存もして…。

でも、嫌じゃなかった……!」


自分でも驚くほど、はっきりと言葉が出てきた。

いつの間にか、声が震えることもなくなっていた。


「愛が違うだけ、なのかもしれないです。」


ヒナの青い瞳が、真っ直ぐリオンを見つめる。


「ご主人様とは違う種類の愛で、リオンさんのこと、好きなのかもしれません。」


その瞬間、リオンの表情が一瞬だけ止まる。


「魔力が必要なくなったら、ミアさんを救い出せたら……やめようって思ってました。」


静かな決意を滲ませるヒナ。


「けど、本当にたくさん支えてもらってたから、

無かったことにしたり、後悔したり……したくないです。」


部屋に、しんとした沈黙が落ちる。


エリンが、柔らかく微笑んだ。


ヒナは一瞬きょとんとする。


まるで、何かが違うような、そんな違和感が残った。

エリンの微笑みは、優しくて、温かくて……けれど、どこか儚く見えた。


次の瞬間、エリンの身体がふらりと揺れ、そのままベッドに倒れ込んだ。


「ご主人様!?」


ヒナが、驚いてエリンの肩に手を添える。


慌てて支えようとするが、エリンの身体は力が抜けたように動かない。


「……大丈夫。この部屋に入った時からずっと、洗脳してただけだから。」

ヒナの横で、リオンがぼそりと呟く。


「やっぱりこの魔法は、後味が悪い……。」

どこか苦々しげな顔で、リオンは視線を逸らす。


その言葉に、ヒナの指先が小さく震えた。


──洗脳。


エリンは、最初からずっと洗脳されていた。

それを解かれた今、突然意識を手放したのだ。


「そんな……そんなの、ずるいです……っ!」


ヒナは、ぎゅっと唇を噛みしめた。


知らなかった。

気づけなかった。


「そんな魔法で……ご主人様の言葉を……ボクの気持ちを確かめようとするなんて……!」


言葉を震わせながら、ヒナは俯く。


リオンは少し驚いたような顔をしたが、すぐに薄く笑う。

淡々とした声だった。


「これはオレからヒナへのお仕置きだって言ったでしょ?」


「……っ!」


「お前がご主人様の事で泣くの、いい加減 見飽きたしね。自分の気持ちは自覚できた?」

リオンの言葉に、ヒナはハッと息を呑む。


「ま、でも──」

リオンは微笑みながら、エリンを見下ろす。


「予想以上に面白いものが見れたな。」

リオンの赤い瞳が、何かを見透かすように光を帯びる。


ヒナは、何も言えなかった。

ただ、指先を強く握りしめることしかできなかった──。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。