148話:求めるたびに、遠ざかるもの
(本当に、愛を知らないのかな……)
ヒナはリオンの横顔をじっと見つめながら、心の中で呟いた。
愛を求めることなく、愛を知らないまま生きている──
そんな彼の言葉が、どうしても頭から離れない。
──愛を教えられるかは、わからない。
でも、ヒナの胸の奥から自然と湧き上がる感情があった。
それは、ただ「リオンにも愛を感じてほしい」という純粋な想いだった。
気がつくと、ヒナはそっと手を伸ばし、リオンの頬に触れていた。
「……?」
リオンが少し驚いたようにこちらを向く。
その隙をついて、ヒナは唇をそっと重ねた。
──ほんの一瞬。
唇が触れたか触れないかくらいの、儚いキスだった。
けれど、ヒナにとっては精一杯の勇気だった。
「……ヒナ?」
リオンが静かに名前を呼ぶ。
ヒナは恥ずかしさに耐えきれず、視線を逸らした。
だが、それでももう一度──今度はしっかりと、リオンの目を見つめた。
頬を染めながらも、どこか覚悟を決めたような瞳で。
その瞬間、リオンの中で何かが弾けた。
「……そっか。」
微かに笑ったリオンは、ヒナの顎を軽く持ち上げると、今度は自分からキスをした。
深く、舌を絡めるような濃厚なキス。
口を開かされ、唾液を奪われるように貪られると、ヒナはたちまち頭がぼんやりとしてくる。
──リオンさんのキス、前よりも……
甘く、熱い。
支配するようで、でもどこか優しさすら感じるそれに、ヒナはゆっくりと溶かされていった。
気づけば、リオンに押し倒されていた。
「ん……っ……」
ヒナは夢中で応えながら、無意識にリオンの背中に手を回す。触れた肌の温もりに、胸が高鳴る。
けれど、すぐに唇を離される。
「……っ…。」
唇が離れた途端、ヒナは名残惜しそうにリオンを見つめた。
その表情を見たリオンは、一瞬だけ目を細めると、再び深く口づける。
「……ぁ……」
ヒナの指が、リオンの服をぎゅっと掴む。
──もっと、もっと、求めてほしい。
腕を掴まれ、乱暴に服を脱がされる。
肌を弄られ、首筋に甘噛みされ、舐められる
与えられる快楽の強さに、ヒナの意識はだんだんと溺れていった。
──支配される行為。
それが、まるで自分が求められているかのような錯覚を生む。ヒナの中では、いつの間にかその感覚が喜びに変わっていた。
「……っ、ぁ……リオン、さん……っ」
呼吸が荒くなる。
息が詰まるほどの快楽に、思考がぼやけていく。
繋がる瞬間の甘く鋭い刺激が、ヒナの意識のすべてを塗り替える。
この感覚が、好き──…
リオンの俯くような顔をそっと覗きこもうとすると、視線に気がついたリオンがヒナをじっと見る。
この赤い瞳が熱を帯びたように見える瞬間が、好き──…。
もっと欲しい。
もっと求めて欲しい。
頭の中が次第に蕩けて、すべての思考が溺れていく。
何度も、何度も貪るように──…。
与えられないとわかっているのに、『愛』を求めてしまう。
刺激に敏感に反応し、果てることを繰り返す。
余裕なんて一切ないヒナが、
それでも今日は愛を知らない悪魔に教えたいと願っていた。
愛を与えることもなく、愛されたいと願うこともなく──
それが本当なら、あまりにも寂しい。
リオンにも、愛を知ってほしい。
誰かを大切に思う気持ちが、
ただの「魔力の譲渡」や「手段」じゃないことを……
伝えたい──…
「……す…き……、です…」
快楽の波に揺られながら、ヒナは途切れそうな息を継ぎ、
必死に短い言葉を絞り出した。
その声に、リオンの動きが一瞬止まる。
ちらりと、ヒナの顔を見下ろす。
潤んだ瞳で見上げるヒナをじっと見たリオンは、
何も言わず腕を掴み、強引に唇を塞いだ。
齧るような、熱のこもったキス。
呼吸ができないほど、深く、強く。
ヒナは意識が保てないほどの快楽の中で、
リオンがほんの一瞬、苦しむような、切ないような表情を見せたことに気づく。
──その表情さえ、愛おしく思えた。
耳元で、小さく唸るような声が落ちる。
それがヒナの承認欲求を強く満たした。
リオンの魔力が流れ込む瞬間、ヒナは恍惚の表情を浮かべる。喉元を甘く噛まれるたび、背筋が震えた。
自分が、必要とされている──。
そんな錯覚を覚えるほどの激しい行為に満たされ、
リオンの視線に自分の心臓が跳ねる音すら心地いい。
ただの魔力の譲渡。
それが、次第に抗えない快楽へと変わっていく。
触れ合いたい、愛し合いたいという天使の本能を刺激する。
渇いた魔力を求めたら、何度でも注いでくれる。
満たされないエリンへの愛も、
触れてもらえることの少なくなった寂しさも、
全部、拒絶することなくリオンは受け止めてくれる。
リオンの何気ない言葉に心を開き、頼り、甘えてしまうヒナ
ヒナ自身は気がつかないうちに、リオンに完全に依存していた──。
───────
気がつくと、リオンはベッドの端に腰掛けていた。
どこか気だるげに上着の袖を直しながら、ベッドの上に置かれたヒナの上着を摘み上げる。
そして、それをぽんとヒナに投げ渡した。
柔らかい布がヒナの胸元に当たり、軽く跳ね返る。
ヒナは静かに上着を拾い上げ、乱れた体にそっと羽織る。
袖を通すこともなく、ただ肩に掛けるように身を覆う。
「リオンさん……。」
「ん?」
赤い瞳が、ヒナを静かに見つめる。
「手を……繋ぎたいです……。」
ヒナが小さな声で言うと、リオンの眉がわずかに動いた。
だが、すぐに口元に薄い笑みを浮かべる。
「へぇ……。」
リオンはおもむろに腰を下ろし、ベッドに座り直した。
そして、ヒナの小さな手を掴むと、そのまま引き寄せるように体を動かし、ヒナを再びベッドに押し倒した。
「ヒナ……今日、オレのこと『好き』って言った?」
からかうような口調。
だが、どこか不快そうな表情が滲んでいた。
ヒナは視線を逸らし、黙り込む。
その様子を観察するように見ていたリオンは──突然、ヒナの唇を塞いだ。
思考を遮るように、深く、絡めるようなキス。
ヒナは戸惑いながらも、抗えずに身を委ねる。
──「ただいま。」
玄関の方から、エリンの控えめな声が聞こえた。
その瞬間、ヒナの身体がびくりと震える。
意識が、一気に覚醒した。




