147話: 未知なる愛の境界
エリンはまだ帰ってこなかった。
静かな夜の帳が下りた部屋の中で、ヒナはリオンと二人きりのまま、考え込むように視線を落としていた。
リオンはソファに深く腰を沈め、片手に揺らすグラスの中で琥珀色の酒が微かに揺れている。
先ほどまでの会話が、まだ脳裏に残っていた。
天使の本能、性愛、本当の意味での「愛」とは何か──。
考えても答えの出ない問いを抱えながら、ヒナはそっと立ち上がり、リオンの傍を離れてベッドへと向かった。
ふわりと沈み込むその感触を確かめるように、そっと腰掛ける。
リオンはその様子を見ながら、ぼんやりと目を細めた。
何かを察するように、静かにグラスを揺らしている。
「…リオンさん、また頼っていいですか?」
ヒナの言葉は、いつもより少し強気だった。
それでいて、どこか覚悟が決まったような響きを含んでいた。
彼は、ふっと浅く息を吐き、グラスをテーブルに置くと、立ち上がった。
「…複雑だなぁ…」
短くため息をつきながら、リオンはベッドに座るヒナの隣へと腰を下ろす。
「エリンの気持ちが、初めてわかったかもしんない。」
ヒナは一瞬、不安そうにリオンを覗き込んだ。
その青い瞳に揺れる迷いに、リオンはわずかに口角を上げる。
「…嫌、ですか? ボクとするの…」
控えめな問いかけ。
少し自信のない声音。
それはヒナの素直な気持ちが滲んだ言葉だった。
リオンは少し笑い、ヒナの顎を指先で軽く持ち上げる。
「過保護エルフと一緒にしないでくれる?」
悪戯めいた口調で言いながら、赤い瞳を細める。
「オレは全然できるよ。たとえ血の繋がった家族でも。」
その言葉には皮肉が滲んでいた。
自分が過去にエリンへ魔力譲渡を行ったこと──
それを肯定するような響きで。
「天使って魔力が枯渇すると生存本能で愛を求める、らしいね。」
ゆっくりと、リオンの指がヒナの頬を撫でる。
「てっきりエリンにそれが向くと思ってたんだけど、譲渡による依存かなぁ…?」
意味ありげに唇を吊り上げ、ヒナの頬を撫でた手を顎へと滑らせる。
「オレにも尻尾 振ってくるとはね。」
ヒナはビクリと肩を揺らしたが、リオンは すぐに口を開いた。
「ご主人様のこと、まだ好きでしょ?」
その言葉に、無意識にヒナの体に力が入る。
見上げた視線は、潤んだ青い瞳のままリオンを真っ直ぐに見つめている。
まるで、何かを確かめるように──心細そうな表情を向けながら。
「ヒナって、わかりやすいよね。」
呆れたような、けれどどこか感心したようなリオンの声。
そのやり取りの中で、ふと脳裏に浮かぶ。
こんな奇妙な出会いって…アイツだったら運命だって言うだろうね
そんな言葉、信じたことはない。
けれど。
目の前にいるヒナに、
自分が知らないままの『愛』の意味を教えて欲しいと、
リオンはヒナに対する興味が以前より強くなるのを感じていた




