106 ユグドラララ1(後編)
――ユニコーンは乙女にしか心を許さず、男はみんな突き殺すなんていうけど……。
触って大丈夫かな……?
そんな心配をしたものの、むしろユニコーンのほうから擦り寄ってきてくれる。
それどころか、ユニバスの眼前で足を折って身体を伏せていた。
「背中に乗れっていってるのか?」
ユニバスが背中にまたがってみると、ユニコーンはゆっくりと立ち上がり、歩きはじめる。
岩場などがあっても、ひらりひらりと乗り越えていく。
「ユニコーンの背中は、鞍や手綱がなくても乗りやすいな」
やがて、ふたたび森が開ける。
木どころか草ひとつ生えていない、茶色くヒビ割れた荒野へと出た。
遠方には、荒野と同じ質感の壁が天高くそびえている。
いきなり不毛の地に変わったのでユニバスは戸惑ったが、ユニコーンが止まったので、ここが精霊王の間なのかと察した。
ユニバスは背中から降り、「ありがとう」とユニコーンをなでる。
ユニコーンは嬉しそうにユニバスの顔に頬ずりしたあと、踵を返して森へと消えていった。
ユニバスはその背中が見えなくなるまで見送ったあとで歩きだし、茶色い壁に近づく。
すると、どこからともなく声が響いた。
『いらっしゃい、ユニバス……』
やさしく落ち着いた、女性の声だった。
『よくぞ、魔王を退けてくれました……。木の精霊の長として、感謝します。ありがとう……』
ユニバスは壁に向かって言った。
「あなたが、木の精霊王なのですね」
『ええ、あなたの目的も、すでに聞き及んでいますよ。魔導馬に、木の精霊の力を差し上げましょう』
木の精霊王は『そして……』と、さらに言葉を紡ぐ。
『この問いに答えることができたら、あなたを王として認めましょう』
ユニバスは思う。
――木の精霊王はきっと、俺に王の資質があるか確かめるために、俺をここへ呼んだのだろう。
俺はべつに、王になりたいわけじゃないんだが……。
それでもユニバスは「その問いとは?」と問い返す。
すると、木の精霊は厳かな声で言った。
『なぜ、花は咲くのでしょうか』
その声と同時に、目の前の壁から小さな芽が出てきた。
『クジャクは求愛行動として、美しく羽根を広げます。しかし花には、求愛行動は必要ありません。そして花を咲かせるというのは、花にとっては寿命を縮める行為です』
目の前の芽はあれよあれよと成長していき、蕾となった後に開花する。
『いわば、花にとって開花というのは自殺行為……。なのになぜ、花は咲くのでしょうか?』
ユニバスは思う。
――花が咲くのは、繁殖するため……。
いや、それは『答え』としては違う気がする。
精霊王がその気になれば、咲かずとも繁殖できるように、花の生態すらも変えられるはず……。
しかしそうしていないということは、咲くことに別の意味があるということだ……。
それは……。
「『人間に愛を教えるため』ですよね?」
ざわっ……! どこかで木々がざわめくような音がした。
ユニバスは続ける。
「花というのは芽吹き、蕾となり、花を咲かせ、散り、やがて枯れていく。しかしその後には、また新しい芽生えがある。これは、人間の営みそのもの。花は人と人との繋がりの大切さ……すなわち愛を紡いでいくことの素晴らしさを、身を持って教えてくれているのだと思いました」
「その証として……」と、さらに言葉を紡ぐユニバス。
「『花』は、人類最古の贈り物だと言われています」
ユニバスの脳裏に、いくつもの光景がよぎる。
原始人の若い男女が知り合い、やがて恋に落ちた。
風に揺れる花畑で、男が女に花を贈っている。
「僕と、結婚してください……!」
夜のダンスホール。
ネオンに彩られた看板をバックに、若き日のワースワンプ国王が王妃となる女性に花束を差し出していた。
陽光あふれるオソレヤマの頂。
リングラッドの国王と王妃が、腕に抱いた幼いナナホシの髪へそっとローズマリーの花飾りを挿している。
くすぐったそうに目を細める我が子を見つめ、若き両親は幸せそうに微笑みあっていた。
オソレヤマの村長屋敷の縁側。
色づく裏庭を望みながら、オシドとリフフに挟まれたテマリが満開の桜を見上げている。
血のつながりはなくとも我が子として迎え入れられた座敷精霊は、春の日差しのようなあたたかい笑みを両隣の父と母へ向けていた。
一面に広がる紫のローズマリーの花畑。
ユニバスとティフォンが笑いあっている。ひとつの花畑を分かちあうだけで、ふたりの毎日は輝いていた。
どこまでも……そして、いつまでも……。
「同じ花を見て、美しいと思える……。それは、人間にしかない感情です。人間は花によって愛を教えられたからこそ、動物から人間になりえたのだと、俺は思います」
『あ……ああっ……! まさか……まさか……私たちの愛を理解してくれる人間が……いるなんて……!』
声は震えていた。
『ユニバスよ……あなたこそが、真実の愛を知る者……! その出現が、これほどまでに嬉しいことだとは……! もはや、迷いはありません……! 私は、決めました……!』
やおら、上空にあった壁が轟音とともに爆発。
大量の木片が降り注いだことで、ユニバスは目の前にある壁が巨大な樹木だというのを知った。
『たったいまから、私の愛はすべてあなたのもの……! あなたが望むなら、世界のすべての花を毎日、あなたの前で咲かせましょう……! この惑星すらも、七色の花で覆い尽くしてみせましょう……!』
そして、ユニバスは気づく。
世界が急速に上昇していることに。
――不毛の大地かと思っていたら、違った……。
俺が立っていたのは、世界樹の枝だったんだ……!
そしていま世界樹は、喜びのあまり成長しているから、枝の位置も上昇しているんだ……!
空から雲が降ってきて、突き破る。
やがてあたりが白い雲に覆われ、ユニバスはなにも見えなくなってしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ユニバスは、白い濃霧の中にいた。一寸先は純白の世界。
霧が少しずつ晴れていくと、ユニバスはいつのまにかタキシード姿になっていた。
「やれやれ、またこのパターンか」とユニバス。
目の前には、木の精霊の老婆が立っていた。
老婆は割烹着を着ていて、いかにも使用人、飯炊き女のような風情。
しかしヨボヨボで、全身の肌は乾ききった樹皮のように渇死していて、木の杖をついてやっとのことで立っている。
木の精霊の象徴である木の枝の耳は、枯れた柳のように垂れていて、いまにも枯れ落ちそうであった。
老婆はしわがれ声を絞り出す。
「ユニバス様……精霊姫のみなさまがお待ちですじゃ……」
すると霧が一気に晴れ、あたりは七色の花畑へと変わる。
花の精霊たちが飛び交い、空は虹色に輝いている。
少し離れた所には、蜜のような川が流れている。
その向こうには、不思議な三本の木。
桃の生っているプラチナの木と、紙幣が生っている黄金の木。
さらには、ありとあらゆる食べものが生っている大樹があった。
果実だけでなく肉や野菜、穀物までひとつの木に生っている。
奇妙な光景ではあったが不快感はなく、むしろ心地よいとすら感じる幻想的な空間。
ユニバスはつぶやいた。
「ここは……桃源郷……!?」
「あっ、ユニバスくんだーっ!」
声がしたほうを見ると、そこにはつぼみの花のウエディングドレスに身を包んだティフォン、イズミ、ガミメスが。
どこからともなく、歓声がわきおこる。
『ユニバス様……! ティフォン様とイズミ様とガミメス様とのご精婚、おめでとうございまーーーーーーーーーーーーーーーす!!!!』
桃源郷のまわりに咲き乱れる花、そして七色の空もすべて花。
木の精霊たちが花を咲かせて、祝福してくれていた。
「みんな、ありがとーっ!」と大喜びで手を振り返すティフォン。
あちこちにお辞儀を返すイズミ。ガミメスも満更でもなさそうだった。
















