105 ユグドラララ1(前編)
ユニバスたちはついに、彼の地へとたどり着く。
広大なる草原、降り注ぐ陽光で光る草。
風を受けた草がなびき、光が白波のように動くその様は、おだやかな海原のよう。
海の果てにあるのは壁のような森、そして森の奥に鎮座する巨大な樹木。
馬車の御者席から伸び上がるティフォン。
「わぁーっ!? ここがユグドラララ!?」
「ああ」とユニバス。
「とても美しい所ですね。それに精霊の国というのはどこも人を寄せ付けない印象があったのですが、ユグドラララのまわりは賑やかですね」
イズミの言うとおり、草原には集落があり、さらには森のそばには多くの人々がいる。
「そうだな。精霊の国というのは人間を遠ざけているんだが、ユグドラララは人間をある程度受け入れているんだ」
ユニバスたちは森のそばまで向かうと、そこで馬車を降りる。
舗装されている道から森へと入ると、そこはおとぎ話の世界のようだった。
森の中なのに明るく、緑はツヤツヤの光を放っており、花やキノコは色鮮やか。
あちこちで、人間たちと動物たちが触れ合っている。
子供たちはブランコやシーソーなどの木製の遊具で遊んでいるのだが、ブランコで遊ぶ子供のまわりには小鳥が集まり、シーソーには複数の子供たちとクマが乗って遊んでいる。大きなシカは、子供たちを背中に乗せていた。
木々は果物にあふれ、人間と動物たちが仲良く分け合って食べている。
森にはリスや小鳥、シカやクマがいるのだが、とても人慣れしているようだった。
「わぁ、かわいいーっ!」
ティフォンが巨大なキノコの上にいたリスに近づいて手をさしのべると、リスは手を伝ってティフォンの肩に乗った。
ガミメスの頭には小鳥が乗り、イズミにはシカが擦り寄っている。
「すごいすごい! 動物さんたち、全然逃げないよ!」
「ああ」とユニバス。
「この森の中では木の精霊の力が働いていて、傷つけあうことができないんだ」
「なるほどぉ、それでみんな仲良しさんなんだね!」
「でも、植物は傷つけられているようですが……」
イズミが指さした先は森の奥、そこには森林伐採をする木こりの男たちがいた。
「木の精霊はすべての精霊のなかでも、自己犠牲の精神が強いんだ。木の実や木材という形で人間の役に立つことを喜びとしているから、この森ではある程度の伐採ができるんだ」
「ざぁこ、そんなんじゃ、そのうち世界樹も伐採されちゃうじゃん」とガミメス。
「ここは『帰れるの森』と呼ばれていて、帰ることは容易なんだが、世界樹まで進むことはできないんだ」
「『帰れるの森』? 普通、こういう森っていちど入ったらなかなか出られなくて、『帰らずの森』とか呼ばれるんじゃないの?」
「この森は木の精霊王の加護があるから、どれだけ奥に入っても一瞬で外に出られる。ためしに『帰りたい』って思ってみるといい」
すると森の奥に向かって進んでいたはずなのに、次の瞬間には森の出口が見えていた。
「ええっ!?」とティフォン。
「すごいすごい! 帰りたいって思ったら、本当に外に出られちゃった!」
イズミも手で口を押さえてビックリしている。
「まぁ……! これなら親御さんも安心です!」
「動物には襲われないし、いつでも帰れるし、子供の遊び場にはピッタリだよな」とユニバス。
「じゃ、改めて奥に行ってみようか」
と、踵を返して森の奥に向かって歩き始める。
「勇者パーティの時は森の中で使者たちが出迎えてくれて、ユグドラララまで案内してくれたんだ。俺のことを覚えてくれていたらいいんだが……」
森の道をしばらく歩いているとだんだん人気がなくなってきて、やがて開けた草原に出た。
草原の中心には、精霊らしき人物が伏せている。
ユニバスたちが近づいて「あの……」と声を掛けると、その人物は土下座のような体勢のままで、こう言った。
「ようこそおいでくださいました、ユニバス様」
そして伏せていた顔をあげる。
その顔を見て、ユニバスは「あっ」となった。
「あなたは、木の精霊王……!?」
まさか王がこんな所にひとりでいるとは思わなかったユニバス。
精霊王は正座していたので慌てて正座、精霊姫たちもそれにならった。
精霊王は後頭部をぐるっと覆うような木の王冠、ブラウンのコートに鮮やかな緑のマントを身体にまとっている。
マントはまわりの芝生と同じ色、いや同じ見た目をしていた。
水の精霊王が流水をまとっているように、木の精霊王のまわりには群れとなった小さな若葉が浮いている。
顔立ちは理知的、眉は細くスクエアのメガネをかけている。
森に住む若き賢者のような印象だった。
その印象のとおりに明察のようで、ユニバスの考えを見越したように言う。
「私がなぜ、供も連れずに、このような場所でひとりでいるのか……そう思っておいでなのですね」
精霊王はユニバスの肩越しに視線を移す。
「その疑問にお答えする前に、足を崩してくださってもかまいませんよ」
直後、「た、助かったーっ!」とティフォンの声。
ユニバスが正座のまま振り返ると、ティフォンは初めて正座をさせられた見習い小坊主のようにひっくり返っていた。
「わたし、正座ニガテなんだ! 足がすぐしびれちゃって! って、イズミちゃんは平気なの!?」
ガミメスはさっそくアヒル座りをしていたが、イズミは姿勢正しく正座を続けている。
「はい、わたくしは日常的に正座をしておりますので」と、メガネをキラリさせて答えるイズミ。
精霊王からの視線を感じ、「あっ、そうだった! どうして、こんなところにひとりでいたの?」とティフォン。
精霊王はメガネを直しながら答えた。
「ユニバス様をお出迎えするためです。前回は勇者パーティでしたから、私は対応しませんでしたが、いまやユニバス様は我が国の英雄。英雄には、王が出迎えるのは当然です」
そして精霊王は、周囲に視線を移す。
「それに、私はひとりではありません。私のまわりには、無数の臣下たちがおります」
ユニバスは思う。
――そうか、まわりにある草や遠くに見える木は、ただの植物じゃない。
木の精霊たちが宿りし『王の護衛』なんだ。
誰に対しても挑戦的な態度のガミメスが大人しいから、彼女もただならぬ気配を感じているのだろう。
ユニバスは慇懃に応じる。
「お出迎え、ありがとうございます」
「礼を言うのはこちらのほうです、ユニバス様のご活躍は聞き及んでおります。タンブルクイーンに始まり、精霊の隠れ里の慰問、パイススの村の危機から多くの精霊を守ってくださった……」
精霊王は静かに瞼を閉じる。まるで彼らに思いを馳せるかのように。
「それだけではありません。『湯煮刃棲Z會』や、座敷精霊テマリ、精霊虫シルクラース……。あなた様は精霊の大小、階級を問わず、分け隔て無く接し、救いを与えてくださいました。あなた様のような人間がこの世界にいて、同じ時を生きている。こんなに光栄で、嬉しいことはありません」
精霊王はゆっくりと瞼を開きつつ、草原に目を馳せた。
「ごらんください、この草原を。緑したたり風光るこの草木を。この森がここまで活き活きとしていたことは、いまだかつてありません。これもすべて、ユニバス様のおかげです」
精霊王はユニバスに感謝の言葉を述べているうちに気分が昂ぶってきたようで、頬が紅潮していた。
「私もガマンできずに、こんなものを……」
と、マントを脱いでなにかを見せようとしたのだが、まわりの木々がざわめいて我に返る。
「失礼。ユニバス様にお会いできたことが嬉しくて、つい取り乱してしまいました。これより先は、奥にある森をまっすぐお進みください。『精霊王の間』にて、王がお待ちです」
ユニバスは思う。
――やはり、目の前にいるのは精霊王の影武者だったんだ……。
この先に、真の精霊王がいるのか……。
精霊王の影武者はゆっくりと立ち上がると、一礼をして背を向けて歩きだす。
すると、ざざざざざ……! と草原が風に揺れるような音がした。
「わっ!?」と飛びあがるティフォン。
「見て! 草原が移動してる!」
草原は精霊王の影武者の後を追うように、波が引くように動いていた。
「この草原は、マントだったんだ……!」とユニバス。
「す、すご……!」とティフォン。
そう、精霊王の影武者がまとっていたマント、それは広大なる草原であった。
精霊王の影武者の姿が奥にある森に消えると、ユニバスたちの足元は土の大地に変わる。
しばしポカーンとしていた一同であったが、やがてユニバスが我に返って言った。
「せ……精霊王が待っているみたいだから、とにかく行ってみようか」
するとティフォンは「わぉ!」と、棚からぼた餅を見つけた子供のような声をあげた。
「いつも精霊王の間にはユニバスくんしか招かれなかったのに! ついにわたしも精霊王さんに会えるんだ! うわぁ、楽しみーっ!」
「そ、粗相のないようにいたしませんと……」と服装を正すイズミ。
ガミメスは王がいなくなってからいつもの態度を取り戻し、「ざぁこ、どうせクソザコっしょ」と悪態をついている。
歩きだしたユニバスについていく精霊姫たち。
精霊王が入っていった森は、先ほどのおとぎ話のような森とは大きく異なっていた。
長年にわたり、誰も立ち入ることを許されていないような……静謐なる森。
静かで空気はひんやりとしていて、樹齢千年はゆうに超えていそうな巨樹がならび、大地も樹木もこけむした緑一色の世界。
道なき道をしばらく歩いていくと、目の前に馬が現れた。
「白馬……? いや、ユニコーンか」
ユニバスは振り返る。
「ティフォン、伝説の精霊獣のユニコーンがいるぞ」
しかし背後には、誰もいなかった。
「いつの間にかはぐれたのか……? まあ、この森なら心配いらないと思うけど……」
と、気づくとユニコーンが、目の前まで近づいてきていた。
















