104 ガミメスのよとぎ&アパーレの最期(後編)
それからどれくらい時が経ったか、わからない。
フーリッシュ王国の城下町を、ひとりの男が歩いていた。
顔はボコボコで血が滲んでいて、髪の毛はボロボロでハゲ散らかしている。
立派だった服は見る影もなく、あちこち破れて汚れきっている。
その姿はどう見てもホームレス。
通りすがる人たちは「うわっ」「くさっ」などと言いながら、鼻を押さえて避けている。
それならまだいいほうで、子供たちからは石を投げられる。
「目障りなんだよ!」
と、いきなり蹴られ、路地裏にあるゴミ箱に突っ込んだ。
「う……うう……!」
這い出たその男は、路地裏から見ていた。風に揺れる指名手配の紙を。
『国家反逆罪』として指名手配されているのは、アパーレ。
立ち話をしている婦人たちの話題も、もっぱらアパーレであった。
「あのクソアッパレ男、まだ逃走中なんですって」
「嫌ねぇ、あんなのがうろついてるなんて」
「ずっと私、ネズミみたいだって思ってたわ」
「私も! 大臣だった頃はへーこらしてたけど、心の中ではずっとネズミみたいって思ってた!」
「いまじゃドブネズミも同然よねぇ、オホホホホ!」
ホームレスの瞳の端に、涙の粒が浮かぶ。
――なんで……なんで、こんなことに……!
ホームレスの脳裏には、かつてこの大通りを歩いていた、栄えある自身の姿が浮かんでいた。
最高級の身なりで、人々からの羨望のまなざしを一身に受ける。
公園では幼い子供たちに囲まれて満面の笑顔。
お城では揉み手をする部下たちにチヤホヤされている。
良い思い出が、泡のように浮かんでは消えていった。
最後に、ユニバスの顔が浮かぶ。
――なにもかも、ユニバスのせいだ……! アイツさえいなければ……!
こうなったら、あの秘密の倉庫にあるユニバスの発明品をなんとか持ち出して……!
また名を上げ、大臣の座に返り咲くしかない……!
でも……指名手配されているいまの状態では、あの倉庫に近づくことすら……!
ふと、ある顔が浮かんでくる。
それは、微笑む妻の顔であった。
ホームレスはハッ! と顔をあげる。
その顔をぶるんと振って、流れかけた涙を振り払った。
――そうだ……! 泣くにはまだ、早いっ……!
僕にはまだ、味方がいた……!
スクッ、と立ち上がるホームレス。
――最愛の妻がいれば、僕は何度でもやり直せる……!
それに屋敷を売れば、再起のための資金も作れる……!
その瞳には、復讐の狼煙のような炎が燃え上がっていた。
――真の愛の力で……! ユニバスに、復讐をっ……!
アパーレは夜になるのを待つ。
それから人目を忍んで移動を開始し、かつての我が家の前にたどり着いていた。
道中、壮絶ないじめに遭ったのだろう。
顔はよりいっそうボコボコに、身なりは貧相を通り過ぎて素っ裸になっている。
腰には綻びたゴザ、首には長いロープが巻かれていて、あまったロープをズルズルと引きずっていた。
――くっ……! 野良犬に襲われたうえに、子供たちには遊び半分で殺されかけるし、まさか身ぐるみまで剥がされるとは……!
でも、やっと……やっと、たどり着いた……!
ほうほうの体で屋敷の中に入ったアパーレ。
出迎えてくれた妻を見て、とうとう男泣きしてしまう。
「あ……アッパレ……! ただいま、ハニーっ……!」
妻も泣いて喜んでくれるかと思ったのだが、まるで入り込んできたゴキブリを見たかのような、嫌悪感丸出しの表情をしていた。
「わっ……汚っ……くさっ! あなた! あなたーっ!」
妻が呼ぶと、ひとりの若い男が出てくる。
それは、アパーレの部下のひとりだった。
「けっ、ケッパレ!?」
アパーレのその一言で、部下の男は正体に気づく。
「なんだ……ホームレスかと思ったら、アパーレ元大臣か」
「なっ、なんでキミが、僕の妻といる!? さては、浮気を!?」
妻はとんでもない、という表情で言い返した。
「もうあなたは、私の夫でもなんでもありません!」
妻はかつてアパーレから叩きつけられた『絶縁状』を突きつける。
アパーレは「ぐっ……!?」とぐうの音も出なくなる。
しかしすぐに、逆ギレしだした。
「り……離婚したくらいで浮気するとはっ! こ……この、アバズレがっ! ここは僕の屋敷だ! 出ていけ、出ていけーっ!」
すると部下は、妻を抱き寄せながら毅然と言った。
「この屋敷はもう、お前のものじゃない。そしてこの人の心にも、お前の居場所はない」
妻も、部下に抱きつきながら言い返す。
「この人が、屋敷の名義を書き換えてくれたんです! 他にもいろいろ手続きしてくれて、相談にも乗ってくれて……だんだん、大切な人に……!」
「きっ……きえええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
半狂乱になって襲いかかるアパーレ。
しかし、パァン! と部下のビンタ一発で返り討ち。
そのまま屋敷の外に蹴り出され、表通りにゴロゴロと転がった。
「出てけ! この変態無能アッパレ野郎がっ!」
かつての部下からのあまりの物言いに、アパーレは憤然と立ち上がる。
「と……取り消せ! 仮に変態だったとしても、有能な変態だっ! 無能はユニバス……!」
その後ろを、1台の馬車が通り過ぎる。
アパーレの後ろから伸びていたロープが車輪にからまり、アパーレはそのまま地面を引きずられた。
「ぎっ……ぎぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
しかも腰に巻かれていたゴザは剥がれ、生き恥のような姿でもがき苦しみながら、アパーレは夜の町へと消えていく。
馬車の御者はロープが引っかかっていること気づかず、そのままアパーレは10キロ離れた隣町まで引きずり回されたという。
その後の彼の消息を知る者はいない。
















