107 ユグドラララ2
木の精霊たちの祝福に沸く桃源郷。
降りしきる花吹雪のなか、ティフォンがユニバスへ弾んだ声を向けた。
「ユニバスくん、木の精霊さんたちのサプライズだって! せっかくだから精婚しようよ!」
イズミも頬を染め、上目づかいに続く。
「あの……もしよろしければ……ぜひとも……!」
ガミメスはユニバスの腕にしなだれかかり、ふたりを横目に笑った。
「ざぁこ、ティフォンとイズミは別に断ってもいいってさ。でも、あたしとだけは絶対。あたしと精婚しよっ!」
老婆が促すように言う。
「精霊姫の方々とのご精婚のお祝いとして、私どもからの贈り物です。『凰蜜桃』『金爛果』『花馳走』……いずれかの樹を差し上げますじゃ」
「なんだって……!?」
ユニバスは息をのんだ。
――『凰蜜桃』は、生っている桃をひと口食べるだけで、永遠の若さが得られるという……。
『金爛果』は無限に金を生み出してくれる木……。
『花馳走』は望んだ食べものをなんでも、いくらでも出してくれる木……。
どれも伝承だけに存在すると言われていた、幻の樹木じゃないか……!
うつむくユニバス。
かたわらの精霊姫たちは、すっかり色めきたっていた。
「ならわたし、この『食べもののなる木』がいい! ユニバスくんとおいしいものがいっぱい食べられるもん!」
「わたくしは、『永遠の若さをいただける木』をオススメさせていただきます……ユニバス様と永遠の時を過ごせるなんて、夢のようです……!」
「あたしは『金のなる木』! やっぱこの世は金っしょ! 金さえあれば、なんでも買えるし!」
「ねぇねぇ、ユニバスくん!」「お願いでございます、ユニバス様!」「いいでしょ? ユニバスさまっ!」
精霊姫たちが口々にせがむ。だがユニバスは、うつむいたまま声を大にした。
「……そんなものはいらないっ!!」
ビクリとする精霊姫たち。
「これらの木は、ユグドラララの木の精霊たちが作り出したもの……。彼らが命を削って咲かせた花だ!」
ユニバスは顔をあげ、今度は周囲に向かって叫んだ。
「やめてくれ、俺のために力を使うのは! 俺はもう、数えきれないくらいに『愛』を受け取った! 今度は俺が、キミたちを愛する番だ!」
静まりかえる世界。やがて老婆が言った。
「……私たち木の精霊は、ユニバス様のそのお気持ちだけで、じゅうぶんですじゃ……! それに一度咲いた花は、もう元には戻せませぬ……! どうか選んでくだされ、ユニバス様……! 私たちの想いを、無駄にしないためにも……!」
「ユニバスくん……」「ユニバス様……」「ユニバスさまぁ……」
半泣きの精霊姫たち。
しかしユニバスは、にべもなかった。
「俺は選ばない」
「そ……そんな……」
老婆が、絶望に満ちた表情になる。
「どうしても、ひとつ選べというのなら……」
ユニバスは老婆の前に立つ。
「俺は、キミを選ぶっ……!」
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
この宣言に、世界が驚愕した。
いきなりのことに、老婆はしきりにうろたえている。
「えっ……? わ、私……? わわわっ、私のような……枯れ果てたものを……あとは土に還るだけで、なんのお役にも立てないものを……選ぶなど……!」
「役に立つとか立たないとかどうでもいい。それに枯れた草花に価値がないなんて、誰が決めたんだ」
ユニバスは膝を折り、老婆の手を取った。
「俺は、木の精霊を愛している。芽も、つぼみも、花も……そして、枯れたその姿も……!」
まるでお姫様に接する王子のように、シワだらけの手の甲にキスをする。
そして顔をあげ、老婆に向かって微笑んだ。
「キミの、すべてが愛おしいんだ……!」
はらり。
老婆の頬を、ひとすじの涙が伝う。
その身は、随喜に震えていた。
「ああ……! やはり私は、間違ってはいなかった……! この人を、信じてよかった……!」
するとどうだろう、涙が通ったあとの老婆の肌が、渇死した樹皮のようだった硬い肌が剥がれていき……その下から、みずみずしい柔肌が現れたではないか……!
ふわりと、ユニバスと老婆、精霊姫たちの身体が宙に浮き上がる。
老婆は両手で我が身を抱きしめ、あふれる涙を拭いもせずに天を仰いでいた。
「ああっ……! これが、愛……! ほんとうの愛……!」
世界が愛に涙していた。
「ユニバスさま……ユニバスさま……ユニバスさま……ユニバスさま……」
その声は重なり合い、やがて洪水のような勢いを持つ。
「ユニバスさまユニバスさまユニバスさまユニバスさまユニバスさまユニバスさまユニバスさまユニバスさまユニバスさまユニバスさまユニバスさまユニバスさま……!」
世界は老婆とユニバスを中心に、ぐるぐると回りだす。
空には花火のような大輪の花が咲き乱れ、全方位が満開の花で満たされる。
精霊姫たちのドレスの花も、次々と花開く。
老婆の枯れた柳のようだった耳の木の枝が、若枝のようにしなやかに隆起する。
桜の花のつぼみが、ポポポンと現れた。
そしてついに……『彼女』が顕現したっ……!
「ゆ……ユニバスちゃん……!」
老婆は、花開くように両手両足を広げ……!
パァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
樹皮がすべて弾け飛び、ついに全身が若々しい女性の姿へと変貌した。
腰まで伸びた編み髪は艶かで、人柄ならぬ精霊柄を表しているかのようにふんわりと柔らか。
おっとりした垂れ目と口元は、清らかな乙女でありながらも慈母のような微笑み。
そして内なる母性が外にあふれだしたかのような、はちきれんばかりの双丘。
ぴったりと閉じた内股気味の太ももは、白くまぶしい。
木の枝の耳にあったつぼみは満開に咲き乱れている。
割烹着はほどけ、ウエディングドレス姿になっていた。
ユニバスは、その名を呼んだ。
「ぼ……ボタイジュっ……!?」
「ユニバスちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」
ボタイジュは両手を広げ、ユニバスを抱きしめた。
「ユニバスくんっ!」「ユニバス様っ!」「ユニバスさまーっ!」
精霊姫たちも吸い寄せられるように集まってきて、ユニバスを後ろから抱きしめる。
「ユニバスさま……! ああっ、ユニバスさまっ……!!」
さらにそのまわりから無数の花びらが渦を巻き、ユニバスたちを包み込んでいった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
次の日。
ユニバスと精霊姫たち、ティフォンとイズミとガミメスはユグドラララの外の草原にいた。
ユニバスの前には精霊王の影武者、そして木の精霊大臣たちが並んでいる。
「ユニバス様、魔導馬に木の精霊の力を吹き込み終えました」と精霊王の影武者。
「ありがとうございます」とユニバス。
「これから、どちらに……? いえ、尋ねる必要はありませんね。我々の同胞が、つねにユニバス様を見守っていることでしょうから」
「それなら、もうひとつ見守っていただきたい者がいるんですが……」
「はい、誰でしょうか?」
「ナナホシ女王です。フーリッシュ王国の野望は潰えましたが、まだあきらめてはいないと思います。幼い女王を、陰ながら支えてほしいのです」
「わかりました。そのかわり、ひとつ条件が……」
「なんでしょう?」
「あなた様のことを、『王』と呼ばせてください」
ユニバスはくすぐったいものを感じながらも、「わ……わかった」と頷き返す。
ふとあることを思い出し、精霊王の影武者に尋ねた。
「そういえば、ひとつ気になっていたことがあるんだが」
「なんでしょう?」
「昨日、森の中で会ったときに、俺になにかを見せようとしていたよね? あれは……」
「ああ、そのことですか」
精霊王の影武者は、急に照れたような表情になる。
少し迷ったあと、マントをはだけさせ、袖をまくって肩を見せた。
二の腕には、『ユニバス命』とあった。
「ええっ!?」
ユニバスが目を丸くする。
しかし、もっと驚くべきことが起こった。
「あっ、わたしたちとお揃いだね!」
その声に「えっ?」と振り向くと、ティフォン、イズミ、ガミメスが袖をまくって二の腕を見せていた。
ティフォンはドヤ顔で、イズミは恥ずかしそうに、ガミメスは満更でもなさそうな表情で。
そこには、『ユニバス命』のタトゥーが……!
「えっ、えええっ!?」
「ここで精婚式の準備をしたときに、ついでに入れてもらっちゃった!」とティフォン。
「所有物には名前を記すものですが、名前を記された側の気分をはじめて知りました……。ユニバス様の所有物になれるのが、こんなにも心地良いなんて……」
イズミが頬を染める。
うろたえるユニバスに、ガミメスは嘲笑を向けていた。
「ざぁこ、なんでいまさら驚いてんの」
「いや、驚きもするよ! キミたちは精霊姫だろう!? それなのにタトゥーなんて……!」
「ご安心ください」と精霊王の影武者。
「そちらは『ヘナタトゥー』といって、植物由来のタトゥーです。数週間もすれば落ちて消えますよ」
「なんだ……」
ユニバスが胸をなでおろす。いっぽう精霊姫たちは、「そんなーっ!?」と残念そうな声をあげた。
精霊王は微笑み返す。
「ヘナタトゥーと違い、私どものこの『刻印』は永遠ですけどね。いまユグドラララでは、『ユニバス命』の刻印が流行っております。国を挙げて取り組んでいるところです」
「国を挙げて取り組むなんて、いくらなんでもそんな……冗談だよな?」
「おや」
精霊王の影武者は意外そうだった。
「どうしてそう思われるのですか?」
「だって、ひとりの人間の名前を、国を挙げて刻もうとするなんてありえるわけが……。しかも、身体に……」
「あれをご覧になっても、まだ冗談だと思えますか?」
精霊王の影武者は、観光案内のように、上に向けた手のひらで森の上のほうを示す。
遠方にそびえる世界樹。そこにデカデカと刻まれていた『ユニバス命』という文字に、ユニバスは絶叫する。
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ユニバスは『ユニバス命』と刻まれた世界樹を背に、トランスの馬車を走らせていた。
「やれやれ……」
「ねえユニバスくん、おなかすいたー!」とティフォン。
「え? 昼食にはまだ早いだろ。ユグドラララを出る前に、朝食を食べたんじゃないのか?」
「そうだけど、さっきからいいニオイがしてるんだもん!」
ティフォンからそう言われてニオイを嗅いでみると、たしかに料理のいいニオイがする。
しかもそのニオイは、馬車の中からしているようだった。
御者席にはイズミとガミメスもいるし、トランスの上には地の精霊たちもいる。
メンバーではない誰かが、馬車の中に……?
ユニバスは馬車を止めると、精霊姫たちとともにおそるおそる中へと入ってみる。
ニオイは台所からしていて、ゴキゲンな鼻唄が聞こえてくる。
扉が開いていたので覗き込んでみると、そこには……。
割烹着姿のボタイジュがいた。
「ボタイジュ!?」
ボタイジュは振り返ると、ニッコリ笑った。
「あっ、ユニバスちゃん! せっかくだからママもついていくことにしたの! おなかペコちゃんなの? もうすぐごはんができるから、待っててね!」
第3章はこれにて完結です。
拙い話ではありますが、最後まで読んでいただきありがとうございました。
ユニバスたちの旅はまだまだ続くのですが、気が向いたら続きを書きたいと思います。
















