102 ユニバス王誕生
その頃、池に落ちてアップアップと溺れていたアパーレは、なんとか岸から這い上がっていた。
「け、ケッパレ……! し……死ぬかと思った……!」
岸のまわりには、先客であるレセプルや冒険者たちがブッ倒れていた。
彼らはクジラの潮吹きのごとく口からピューと水を吐いていたのだが、気にしている場合ではない。
「は、早く、ここから逃げないと……!」
濡れ鼠のまま走り出すアパーレ。
麓のステージの横を通り過ぎようとしたのだが、ふと目に入ったスクリーンの光景と歓声に足を止める。
「すげぇ、新王国の誕生だ!」
オシドやリフフ、避難していた人たちも集まってきていて、喜びを分かち合っている。
「ああ、ユニバス様が、我らの王に……!」とオシド。
「これで、このオソレヤマも安泰ですね!」とリフフ。
「けっ……ケッパレぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
アパーレは狂ったような絶叫とともに、ステージに駆け上がる。
ジャンジャンバリバリのマイクを奪い取り、観衆に向かって叫んでいた。
『みんな、騙されるな! いまこのスクリーンに映っている男は、あの悪名高い「無能のユニバス」なんだ! あんな男が王になったら、この国は終わりだ! でも、いまならまだ間に合う! いますぐみんなでオソレヤマに乗り込んで、ユニバスを引きずり降ろそう! いや、頂上から突き落として殺そう!』
アパーレは観衆を扇動しようとしたが、心を動かされる者は誰もいなかった。
「無能のユニバスっていうけど……」
「あれほどの活躍ができる人が、無能なわけないよな……」
「むしろ、多くの兵士を危険に晒したアパーレのほうが、無能だろ……」
『ケッパレ!? そっ……そんな……!? そんなことはない! 僕は有能だ! 無能なのはユニバスなんだ! だいいち考えてみろ! 新しい国なんて、まわりの国が許すわけがない! ナナホシ様がおかしくなったと思われるだけだ!』
この主張には、少なからず心を動かされる者がいた。
「そういえば……そうかも……」
「ナナホシ様は、即位して間もない……それなのに、新しい国なんて……」
「まわりの国々は、ぜったいに認めないだろうな……」
『アッパレ! そうだろう!? そうだろう!? もしそんなことになったら、この国は終わりだぞっ!』
アパーレは必死だった。それも、無理もない話であった。
――僕にはもう、後がない……!
フーリッシュ王を裏切って、独立国を樹立しようとして失敗してしまったのだから……!
もうフーリッシュには戻れず、このリングラッドにも居場所はない……!
ならば……! この場で即席のクーデターを起こすしかないっ……!
あの無能を殺すしか、助かる道はないんだ……!
『ケッパレ、いまこそ立ち上がろう! あの無能のユニバスを、みんなで殺そうっ! そうしなければ、近隣諸国からの反発で、この国はメチャクチャに……!』
あと少しで、観衆の心を掴んでいたであろうアパーレ。
しかし、思わぬ横槍が入った。
「ムダなあがきを……! 反発など、あるわけがない……!」
『だ……誰だっ!?』
声がした方角を見やるアパーレ。
その人物が何者かはすぐにはわからなかったが、タダ者ではないということは、ひと目でわかった。
屋敷と見紛うほどの豪華な馬車。それは屋根のない三階建てのバスのような形状になっていて、三階部分には玉座が設えられている。
声の主は、そこからさらに高い位置にある謁見台の手すりの前に立っていて、客席を見下ろしていた。
やがて、目を伏せて話しはじめる。
「ワシはずっと、あの男を我が国に迎えたいと思っていた……。だからこそあの男を追って、ここまで来たのだが……。今日の活躍を見て、考えが変わった……」
カッ! と顔をあげる。
「あの男には、ワースワンプという国は小さすぎ……! ワシの右腕には、あまりにも大きすぎる……!」
正体がわかった観客たちは震えていた。
「まっ……ままま、まさか、あなた様は……! ワースワンプ国王……!?」
「いっ、一国の王が……! たったひとりの男のために、わざわざこんな所まで……!?」
「おいおい、一国じゃねぇぞ!」
と、声がした方角はワースワンプの馬車の反対側。
そこにはワースワンプと負けず劣らずの三階建ての馬車があり、大柄で褐色のワイルドな風体の男が謁見台で仁王立ちしていた。
「人魚たちに海神のごとく崇められてる男がいるって聞いて、はるばる船でやってきたが……。海の向こうにゃ、とんでもねぇ男がいるもんだなぁ……!」
ワイルドな男は馬車の先頭を指さす。
馬車には船の船首のような像が付けられていたのだが、それは人魚たちに抱きつかれたユニバスを模したものであった。
「我がキングバイツは、ユニバス王国を全面的に支持するぞっ!」
「えっ!? えええっ!? キングバイツ国王まで!?」
「うそだろ!? 海の向こうの王が、たったひとりの男のために……!?」
アパーレは冷や汗でいっぱいになりながらも、必死に言い返す。
『け、ケッパレ! うそだ! ワースワンプもキングバイツも、リングラッドからは遠く離れている! 馴染みがないことをいいことに、ニセモノをでっちあげてるんだ! そもそも、隣国の王は誰ひとりとして、ユニバス王国を支持していない! いるわけがない、絶対に誰もっ!』
「いるわ! ここにひとりね!」
その声は、ちょうど麓の観戦場についたばかりの馬車からあがっていた。
馬車はすさまじい勢いで突っ込んできて、ドリフトしながらワースワンプとキングバイツの馬車の間に滑り込む。
それはまたしても三階建ての馬車で、ひとりの少女と父親らしき人物が揃って謁見台にいる。
そのふたりは隣国の人物だったので、観客は誰なのかがすぐにわかった。
「と……トコナッツの、ポーキュパイン王女!? それに、国王まで!?」
ポーキュパインは国王をさしおいて、大見得を切った。
「アイツはウチの、最初で最後の男……! 未来のトコナッツ王に手を出したら、ウチが黙っちゃいないよっ!」
ポーキュパインはズダアン! と謁見台の手すりに足を乗せる。
短いスカートがめくれあがり、露わになった太もも。
そこには、信じられない文字のタトゥーが刻まれていた。
『ユニバス命』っ……!
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「さっ……さささ、三国も……! 三国もの王が、ユニバスを認めるなんて……!」
「ど……どんだけ有能なんだ!?」
アパーレは3匹の蛇に睨まれたカエルのように汗びっしょり。
追いつめられるあまり、とうとう泣きじゃくりはじめた。
『うっ……ううっ……! け……ケッパレぇぇ……。ほ……本当に、本当なんですぅぅぅ……。上司だったから、わかるんですぅぅぅ……。本当にあのユニバスは、無能なんですぅぅ……!』
王たちはあきれていた。
「幾多の奇跡を目にしておきながら、まだ認めぬとは……」とワースワンプ王。
「勇者といい、お前といい、ユニバスの有能さを認めたら死ぬ病気なのか?」とキングバイツ王。
ポーキュパインはアパーレに憐れみの視線を向けていた。
「他人の偉大さを認めず、足を引っ張ることしかしないなんて……。なんて惨めで、あわれな生き物なんでしょう……。でも……あなたがいくら認めなくても、いずれ、世界が認めるわ……。だって彼はまわりからどんなひどい目に遭わされても、人々を助ける……。奇跡を起こし続けることを、やめないから……」
『そ……そんなアッパレな人間、いるわけがないんですぅ……! 奪われてズタボロになった人間は、そのうち奇跡も起こせなくなるんですぅ……!』
ポーキュパインは、アパーレの後ろにあるステージ上のスクリーンを指さす。
「なら思い知るといいわ、何度でも……!」
スクリーン上にはユニバスが映っていたのだが、その手には『虹のタネ』があった。
それを、自分の肖像画が描かれた小さな旗のとなりに刺した途端……。
人々は、最後にして最大の奇跡を目の当たりにする。
そのタネは、一輪の花となった。
それはごくごく小さな花だったのだが、開花した途端、その花を中心に緑が広がっていき……。
岩山だったオソレヤマが一瞬にして、かつての緑あふれる山となったのだ……!
















