101 母の想い
それからワルメシアンは兵士たちの手によって縛り上げられ、ナナホシの裁きを受けていた。
「ワルメシアンよ、わらわの両親を殺めるとは……! 絶対に許さないのだ! この場でわらわの手で……!」
ナナホシが手にしていた剣を振り上げた瞬間、ワルメシアンは縛られた身体でダイビング。
ナナホシの足元に滑り込んで、靴をベロベロ舐めはじめる。
「わ……私も『精神支配の環』に操られていた被害者なんです! あなた様が生まれた時からずっと、私はあなた様の忠犬ですぅぅぅぅ~~~~っ!」
その情けない姿を目に映していたナナホシは、やるせない気持ちになった。
――……こんな女に……パパ上と、ママ上は……。
「もう、よい……。そなたは反逆者として、国法にのっとり改めて沙汰を下す。引っ立てよ……みなも下がってよい」
兵士たちによって引きずられていくワルメシアン。
命乞いの声も、もうナナホシには届いていなかった。
「そういえば、もうひとりのキモいオッサンは?」とガミメス。
「あっ、あちらをご覧ください!」と空を指さすイズミ。
見ると、飛行船のゴンドラに乗ったアパーレが、頂上から逃げていくのが見えた。
「幼女の拳は、またとないご褒美だったよ! また僕に会いたければ、麦わら帽子にワンピース姿で……!」
怪盗気分のアパーレ。ティフォンは慌てて飛びあがった。
「大変、捕まえないと! ……あっ!?」
しかし飛行船がドオンと破裂し、アパーレは真っ逆さま。
「あっ……ぱれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ユニバスたちは「あらら……」といった表情で、飛行船の破片が舞い散る空を見上げ、尾を引くように消えていく絶叫を聞いていた。
そんな中でも、ナナホシだけは一瞥もせずに背を向けている。
「もう、よいのだ……なにもかも……」
すっかり元気をなくし、肩を落としたままとぼとぼ歩いていくナナホシ。
ひとりになりたいのか、ユニバスたちから離れ、崖っぷちに腰掛けていた。
「ナナホシ様、大丈夫でしょうか……?」とイズミ。
「いまは、そっとしておいたほうがいい」とユニバス。
「そうそう、ほっとこほっとこ!」とユニバスの腕に抱きつくガミメス。
「そんなことよりユニバス様、あたしお腹すいちゃった!」
ガミメスの隣にいたイドオンとテマリのお腹も、ぐーぐー鳴っている。
「そっか、キミたちはずっと荷車の中にいて、なにも食べてなかったんだな。俺も頂上に着いたら、弁当を食べようと思ってたんだ」
兵士たちはナナホシの命によってすでに下山を開始しており、頂上はすっかり静寂と平穏を取り戻していた。
ナナホシのいる所から少し離れた、見晴らしのいい崖っぷちで敷物を広げ、わいわいとピクニックを始めるユニバスたち。
イドオンとテマリは、カップ麺タイプの『チーズカレーヌードル』を食べて上機嫌。
ティフォンが「ナナホシちゃんもおいでよー!」と声をかけるが、ナナホシは振り向きもしない。
ナナホシがぼんやりと空を眺めていると、ふと、なにかがヒザの上に乗せられた。
それは竹皮につつまれた弁当であった。運んできたのは地の精霊たちで、目が合うとグッと親指を立て、そのまま「おーっ!」と走り去っていった。
ナナホシは何の気なしに、竹皮の包みを解いてみる。
すると、そこに入っていたのは、ユニバスの顔の旗が刺さった……。
「カレー……おにぎり……!」
ナナホシは震える手で、旗が刺さっていない端っこのおにぎりをひとつ取ると、三角の頂点をはむっとひと口。
するとその脳裏に、あたたかな記憶が蘇ってきた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
オソレヤマの頂上。あたたかな日差しの下、崖から少し離れたところで敷物をひいて、寛いでいる国王と王妃。
そこに、虫を身体じゅうにくっつけたナナホシが駈けてくる。
「パパ上、ママ上、見るのだ! 今年も虫さんがいっぱいなのだ!」
息を切らせて敷物の上に座り込むナナホシ。お腹がぐぅと鳴った。
「ああ……。こんな時こそ、カレーが食べたいのだ……。山の上でもカレーが食べられたらいいのに……」
すると王妃は笑顔で、布包みを開いて見せる。
「じゃじゃーんっ! はい、カレーおにぎりよ!」
「か……カレーおにぎりっ!? カレーをおにぎりするなんて、ママ上は天才なのだ!」
「うふふ、考えたのはママじゃなくて、カレーのレシピを教えてくれた荷物持ちの人よ」
ナナホシはカレーおにぎりに手を伸ばそうとするが、王妃は「ああ、泥だらけじゃない」と、布包みを自分のヒザの上に置いて、ナナホシの顔をハンカチで拭う。
「んふふ、くすぐったいのだ!」と嬉しそうに目を細めるナナホシ。
「これでよし、っと。さぁ、めしあがれ」
王妃にそう言われ、ナナホシは布包みの上のカレーおにぎりを、両手でそれぞれひとつずつ持つ。
右のおにぎり、左のおにぎり、と交互に食べて目を輝かせた。
「おっ、おいしいのだっ!」
それからは夢中になっておにぎりを頬張るナナホシ。
途中で「ぷはーっ!」と顔をあげると、微笑む国王と王妃と目が合った。
やおら、スックと立ち上がるナナホシ。
まわりでふわふわ飛び交うシルクミナス、そしてまわりの大自然を見回したあと、おにぎりを持ったままバンザイする。
「ああっ……! 大好きな虫さんがたくさんいる、大好きなオソレヤマのてっぺんで……! 大好きなパパ上とママ上といっしょに、大好きなカレーが食べられるなんて……!」
ナナホシは極上の笑顔で天を仰ぐ。
「最高なのだぁぁぁぁーーーーっ!!」
国王と王妃も笑っていた。ナナホシはふたりに飛びついて頬ずりした。
「あったかいのだ……! パパ上、ママ上……大好きなのだ……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ヒザにあったカレーおにぎりが、涙で滲む。
「い……いま、わかったのだ……。あれが……あれこそが……『幸せな景色』だったのだ……!」
瞳は、水たまりのように潤んでいた。
「パパ上とママ上がいなくなって……。わらわは、がんばらなきゃ、って思ったのだ……! でも、でも……ダメだったのだ……! わらわのやっていたことは、自然を破壊し、他国の人間を長に据えて……民を苦しめることばかりだったのだ……!」
きつく目を閉じると、とめどなく涙があふれだす。
「パパ上……ママ上……! わらわは、どうすれば……どうすればいいのだ……!?」
ふと、思いでのなかで感じた、あたたかな感触が背中に生れる。
振り向くとそこには、シルクラースが寄り添っていた。
ナナホシが顔をあげると、目が合う。
シルクラースは慈しむような瞳をしていた。
「……ま……ママ……上……? ママ上……なのだ……? 崖から落ちた、わらわを助けてくれたのは……虫さんになった……ママ上……なのだ……?」
シルクラースの顔に、亡き王妃のやさしい微笑みがだぶる。
ナナホシはその胸に飛び込んでいた。
声をあげて泣くナナホシ。羽根でナナホシの身体をつつみこむシルクラース。
ユニバスたちはただじっと、その様子を見つめていた。
それからしばらくして、ナナホシは立ち上がると、いつもの堂々たる足どりでユニバスたちの所に戻る。
後ろに、シルクラースを連れて。
そして、決意に満ちた表情でユニバスたちに宣言した。
「わらわは決めたのだ!」
「あっ、ハナたれてる」
ティフォンに言われ、ナナホシは後ろにいたシルクラースの胸毛に顔を埋め、「チーン!」と鼻をかんだ。
そして、ふたたび振り向いて言った。
「わらわは決めたのだ! この国の人間は、死んだあとに虫さんになる! ならばこの国を、人間だけでなく虫さんも幸せになれる国にするのだ!」
「ふーん、具体的にはどーすんの?」とガミメス。
「そのためにこの国を……もっともっと、緑でいっぱいにするのだ!」
「素晴らしいお考えだと思います!」と両手を合せて賛同するイズミ。
ナナホシはユニバスを見据えて続けた。
「そなたはどう思うのだ?」
いきなり話を振られてユニバスは「えっ?」と戸惑ったが、目をそらしつつも答えた。
「は、はぁ……とても……いい……と、思います……」
「ならばユニバスよ、わらわの婿になるのだ!」
これにはユニバスだけでなく、精霊姫たちもビックリ仰天。
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「カレーおにぎりでピンときたのだ! そなたこそが、この国にカレーをもたらした『伝説の荷物持ち』なのだろう!? この国にはいま、そなたのような人間が必要なのだ!」
ユニバスはキョドるあまり、へんな言葉遣いになってしまう。
「おっ……おおっ、おたわむれを……!」
「たわむれなどではない!」
ナナホシはカレーおにぎりに付いていたユニバスの顔の旗を手に持っていたのだが、それを高く振り上げた。
「これが……わらわの愛の証だっ!」
……ドスゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
その一部始終は、中継が復活した麓の観戦場のスクリーンでもアップで報じられていた。
山の頂上の地面に、旗が突き立った瞬間、
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
観客席は驚愕に包まれていた。
「は……旗が……旗が立った……!」
「しかも、この国の女王、自らの手で……!」
「ってことは、このオソレヤマ一帯は……!」
「ゆ……ユニバス王国ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
















