99 決着(前編)
それは、ユニバスがフーリッシュ王国の魔導装置課で働いていた頃のこと。
事務机の椅子にふんぞり返っているのは、副主任の頃のアパーレ。
彼の机のまわりには、いかにも自分の娘であるかのように、幼い少女たちの真写が飾られている。
アパーレは、ユニバスが新開発した犬用の首輪を弄びながら言った。首輪には、カメラのようなレンズが内蔵されている。
「ケッパレ、魔導真写装置つきの首輪ねぇ。これで、ペットの視点で真写が撮れると」
机の前で立たされているユニバスは、キョドりながら頷く。
「はっ……はい……その……」
「じゃあ実地テストをしてみようか」
「えっ……? はっ、はぁ……」
そして、外の公園。たくさんの子供たちが走り回って遊んでいる。
公園の前で馬車が停まり、中からひとりと1匹の犬が降りてくる。
いや、厳密には両者とも人間であった。
ひとりはアパーレ。そしてもうひとりは、顔だけ出ている犬の着ぐるみを着せられ四つん這いにさせられているユニバス。
その首には、新開発の犬用の首輪が巻かれていた。
アパーレは公園の中に入っていく。
引き綱をされているユニバスは、引きずられるようにしてついていく。
「あ……あの……こ……ここで……な……なにを……?」
戸惑うように見上げるユニバス。
アパーレは少し離れた所で遊んでいる子供たちを見つめながら言った。
「実地テストに決まってるじゃないか。まずはあそこで遊んでいる、スカート姿の小さき者のところで寝転がって、犬の服従のポーズをするんだ」
「えっ……そ、そんなこと……!」
アパーレはしゃがみこむと、ユニバスの髪をガッと掴む。
「ううっ……!?」
「ケッパレ、まさか、できないと……? この僕が副主任になりたてだからって、ナメてるのかい……?」
「ち、ちが……! そっ……そっ、そんなこと……は……!」
「なら、やるんだ……! イヤだといったら、馬車で引きずり回してやるぞ……!」
それから数分後。
走る馬車の後ろに、西部劇のワンシーンのように引きずられるユニバスの姿があった。
引き綱で引きずられているので、ユニバスは首がしまって仰向けのまま、ジタバタともがき苦しんでいる。
当然、衆目の注目の的。引きずり回されたユニバスは、すでにズタボロであった。
「ケッパレ、もう一周行くかい……? それとも……」
倒れているユニバスの上から覆い被さるように、顔を近づけるアパーレ。
サディスティックな悪魔のような表情で言った。
「誓うかい……? これから一生、僕の犬になると……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ユニバスはそのときの恐怖が蘇ってきて、胃液がせりあがってくるのを感じ、「ううっ!」と口を押さえてヒザを付いてしまう。
「ユニバスくん!?」「ユニバス様っ!?」と精霊姫たち。
精霊姫たちが助け起こそうとするが、ユニバスは手で遮り、よろよろと立ち上がる。
「だ……大丈夫……だ……! これは……俺が……乗り越えなきゃいけない……試練なんだ……!」
そしてアパーレの目を見る。
そのキツネのような目に一瞬怯みそうになったが、確かなる声で告げた。
「お……俺は……もう……! お前の思い通りには、ならないっ……!」
アパーレは相手がユニバスだと知らないので、さして驚きもせず、また残念でもなさそうだった。
「ケッパレ、そうか」
アパーレがサッ、と手を挙げる。
一斉射撃の気配を察した精霊姫たちがユニバスの盾になろうとしたが、ユニバスは両手で彼女たちを押しのけ前に出る。
しかし、射撃はやってこない。
アパーレは不審に思い、クロスボウの兵士たちを見やる。
兵士たちはクロスボウを構えたまま、震えていた。
「で……できませんっ……! 自分には……!」
「ケッパレ?」とアパーレ。
それまで兵士たちの瞳は『精神支配の環』で闇に染まっていた。
しかしいまは、ほのかな灯のような光が浮かんでいる。
「あの人は……命の恩人なんですっ……!」
「5合目のキャンプに取り残された自分たちは……絶望のどん底にいました……!」
「いくら待っても……誰も、助けにきてはくれなかったのです……!」
「フーリッシュ王国も、リングラッド王国も……! そして、今回のシルクラース討伐の総司令官である、アパーレ様も……!」
「ファイヤーオークの襲撃を受けて……自分たちは……死を覚悟しました……!」
「そんな……誰もが生きるのをあきらめていた時……あの人が現れたんです……!」
「ファイヤーオークを倒すばかりか……自分たちのケガまで治してくれて……!」
「そのうえ、水や食料まで分け与えてくれたのです……!」
「その時、思ったんです……! あの人こそ……! あのお方こそ……!」
「いまのこの世界に必要な……人物だとっ……!」
とうとう、クロスボウを構えたまま泣きだす者まで現れる。
しかし彼らの男泣きすらも、アパーレは鼻で笑った。
「君主の命令に逆らうとは……ケッパレ、犬として失格だね」
そして、底意地の悪い笑顔で端末を取り出し、ダイヤルをひねった。
すると、クロスボウの兵士たちが苦しみはじめる。
「う……うううっ……!」「あ……頭……がっ!」
「や……やめろっ!」とユニバス。
「そっ、それ以上……やっ、やったら……! 精神が壊れて……はっ、廃人になってしまう!」
「それが?」とアパーレ。
「命令に従えない犬は、廃棄処分されて当然だろう?」
「や……やめろっ! き……金の精霊たちよ……!」
ユニバスは手をかざして止めようとしたが。
「ケッパレ! この精霊2匹のことをお忘れなく!」
アパーレの視線の先には、兵士によって取り押さえられているイドオンとテマリが。
ふたりの首筋には剣が食い込んでいたが、苦悶に顔を歪めながらも叫んだ。
「お……おおんっ! ユニバス様! イドたちにかまわずやるのです!」「まりぃぃぃっ!」
しかし、ユニバスにできるはずがない。
「くそっ……!」とかざした手をおろす。
その間にアパーレは、端末のダイヤルを限界までひねっていた。
「最大出力で命じるっ! 絶対なる忠誠を誓うのだっ!」
その場にいる、精神支配の環を着けている全ての者たち、彼らの首筋にあった首輪の後ろ、『アパーレ製』の文字がキラリンと光る。
兵士、ナナホシ、ワルメシアンが、まるで満月を見た狼男のように天に向かって吠えた。
「うっ……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
彼らの風貌は、獣に取り憑かれたように一変。
瞳には、黒いハートが浮かび上がっていた。
「う……うう……! アパーレ様こそが……我らの……王……!」
「唯一にして……絶対なる……王……! 逆らうものは、容赦しない……!」
「アパーレ様……愛しております……! この心臓すらも、捧げます……!」
ナナホシはアパーレにギュッと抱きつき、ワルメシアンはアパーレの足にすがりつく。
兵士たちはふたたびクロスボウを構えていて、その瞳からはいっさいの迷いが消えていた。
絶体絶命のピンチ。
ユニバスは精霊姫たちをかばいつつ、頭をフル回転っ……!
















