96 ワルメシアンの野望
スクリーンはユニバスの顔を大写しにしていたのだが、ふとカメラが横に大きく動く。
オソレヤマの空を映し出したカメラ、その先にはフーリッシュ王国の紋章が入った気球がいた。
気球に乗っている兵士たちは、クロスボウを向けて警告してくる。
『即刻、撮影を中止し、着陸しろ! 指示に従わない場合は撃墜する!』
観客たちは何事かと、スクリーンから目を離して空を見上げる。
空にはフーリッシュ王国の気球が多数展開していて、撮影している『蝶の気球』を制圧しようとしていた。
観客席のスクリーンの映像が、次々と途切れて真っ暗になる。
『な……なにがどうなってるじゃん!?』とジャンジャンバリバリ。
望遠鏡をオソレヤマに向けていた観客のひとりが叫んだ。
「あっ!? 兵士が『巨人の鉄板』を登っていってるぞ!?」
見ると、冷めて普通の岩壁になった『巨人の鉄板』には、アリの群れのように兵士たちが貼り付いている。
「それに……頂上に飛行船が近づいてる……! フーリッシュ王国の、王家の飛行船だ!」
ひときわ大きな飛行船が山の頂上に着陸する様を見て、観客たちはどよめいた。
「い……いったい、なにが起ころうとしてるんだ……!?」
いっぽう、山頂。
着陸した飛行船から、ワルメシアンが下りてくる。
同時に兵士たちが崖を登りつめ、ワルメシアンの手勢のように、ユニバスたちと対峙した。
ワルメシアンは物干し竿ほどもある大きな旗を、棒に丸めた状態で持っていた。
「また会ったな、下男よ……! そして、ご苦労めしあ……! あとのことはすべて、このワルメシアンが引き受けよう……!」
「な……なにをするつもりだ……?」と身構えながら尋ねるユニバス。
「決まっている。この旗を頂上に刺すめしあ」
ワルメシアンは言いながら、丸めていた旗をほどく。
すると風に煽られ、フーリッシュの紋章が翻った。
「そしたらこの地域一帯は、フーリッシュ王国の領地となるめしあ……!」
ワルメシアンは嫌らしく笑った。
「し……信じられない! ユニバスくんの手柄を、横取りしようっていうの!?」と猛然と言い返すティフォン。
「そ……そんなことをしたら、どうなるか……!」とユニバスも懸命に言い返す。
「どうにもならないめしあ。外部からの撮影は中止させた。いまここで起きていることを知っているのは、ここにいる者たちだけめしあ」
ワルメシアンの笑みに、邪悪な影が宿る。
「あとはそこにいる下男と、そばにいる精霊2匹を殺せば……完・全・勝・利……め・し・あ……!」
「そ……そんなこと、させてたまるかっ!」
ユニバスと精霊姫たちは、戦闘態勢に入ろうとする。
「やめるのだっ!」
と、ワルメシアンたちの背後から声がする。
見ると、そこにはトランスの荷車から抜け出した3人の少女がいた。
ナナホシ、イドオン、テマリのトリオだった。
「ナナホシ様っ!?」
兵士たちは驚いて道を開ける。
ナナホシはイドオンとテマリを引きつれ、ずかずかとワルメシアンに詰め寄った。
「ワルメシアン筆頭大臣! これは、どういうことなのだ!?」
しかしワルメシアンが目配せすると、近くにいた兵士たちがナナホシたちを取り押さえた。
「なっ!? なにをするのだ!?」「おおん、離すのです」「まりぃぃぃっ!?」
ワルメシアンはすっかり開き直った様子で、いけしゃあしゃあと言う。
「おやおやナナホシ様、いつの間にかいなくなったと思ったら、こんな所におられためしあ」
ワルメシアンの表情が臣下のそれから、忌み子を見る継母のように豹変した。
「生まれた時から憎たらしい子……! 死体で発見されればよかったのに……!」
「なっ……!? ぶ……無礼者! そなたはいったい、なにを企んでいるのだ!?」
ワルメシアンは「いいことを思いついた」みたいに鼻で笑う。
「ふふん、ちょうどいいめしあ。そこの下男に、このクソガキ殺害の罪をなすりつけるめしあ。そうすれば、一・挙・両・得……! め・し・あ……!」
妖怪のようにこれでもかと口を裂けさせ、ニッタァァァァァ……! と笑うワルメシアン。
それまで静かにしていたシルクラースが、突如として怒り出した。
……コォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!
ワルメシアンの邪悪な笑いと、黄金に輝き怒りを露わにするシルクラースの雄叫びが、同時に山頂に響きわたる。
吐き気のするような笑みと、目が眩むほどの激しい光。
聖なる光と邪悪な笑い。
それらを目の当たりにしたナナホシの意識は、白く飛んでいた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
シルクラースが暴走する以前、平穏と緑にあふれていたオソレヤマの頂上に、ナナホシはいた。
「パパ上、見るのだ! 珍しい虫さんなのだ!」
身体じゅうにいろんな虫をくっつかせて、父親であるリングラッド国王に笑いかけるナナホシ。
「ナナホシは本当に、この山が大好きなのだな」と笑う国王。
「はいなのだ! この山はいつ来ても、虫さんでいっぱいなのだ!」
「お前の母上も、この山が大好きだったのだよ」
国王はナナホシを抱っこすると、崖の上から麓のほうを見下ろす。
眼下には緑のじゅうたんのように、どこまでも森が広がっていた。
「お前が生まれる前にこの崖で、私とお前の母上のふたりで誓ったんだ。生まれてくる子のために、すばらしい景色を残そう、と。醜く争う大人たちがあふれ、お腹を空かせて泣いている子供たちであふれているような……そんな『不幸な景色』は見せたくない。『幸せな景色』にしよう、って」
「『幸せな景色』……? それは、どんな景色なのだ? ママ上がいなくてもできるものなのだ?」
ナナホシの無垢なる瞳の問いかけに、やや困り顔になる国王。
「そういえば……ママがいなくなって、もう1年になるな。ナナホシは、ママがいなくて寂しいかい?」
国王はその返答によっては再婚も考えていたのだが、ナナホシはニパッと笑った。
「ぜんぜん! だって、ママ上は言っていたのだ! 虫さんになって、ずっとナナホシを見守ってくれるって! 人間のママ上はいなくても、虫さんになったママ上がいるから、寂しくはないのだ!」
「王よ、そろそろ……お別れのお時間です」
背後から声がして、振り返る国王。
「なんだ? 帰るにはまだ早いではないか。久々の親子水入らずなのだから、もう少し……」
と、国王の言葉は消え入る。
兵士たちがみな抜刀していたからだ。
「お帰りになる必要はありません。ただ、お別れを告げさせてください」
国王はナナホシを下ろすと、背後にかばいながら腰の剣を抜いた。
「そうか……ワルメシアンの差し金だな?」
「それは、私どもの口からは申し上げられません。どうか……王妃さまにお尋ねください」
「わ……我が妻に毒を盛っていたのも、貴様らだったのかっ!?」
激昂し、斬り掛かる国王。
兵士たちが怯んだスキに、背後のナナホシに言った。
「ナナホシ、森のほうに逃げるのだ!」
ナナホシは森に向かって駆け出そうとするが、後ろに控えていた兵士がクロスボウを撃ち放つ。
その矢弾は、ナナホシの胸に突き刺さった。
「……!?」
撃たれた衝撃でバランスを崩し、崖に向かって落ちるナナホシ。
スローモーションになる世界。
落ちゆくナナホシが最後に見たのは……。
「な……ナナホシぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーっ!!」
ナナホシに向かって手を伸ばす父の姿。
そして背後からの突きにより、父の胸から剣の切っ先が飛び出し……鮮血のシャワーが吹き出した瞬間だった。
「ぱ……パパうぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
ナナホシの意識がブラックアウトする。
次に気がつくと、あたたかい光に包まれていた。
そこは静かな森の中で、あたりは金色のシルクミナスがふわふわ飛んでいる。
「う……こ……ここは……どこ、なのだ……?」
朦朧とする意識のなかで身体を動かそうとするが、動かない。
「……? わあっ!?」
ナナホシの身体はなんと、金色の糸でグルグル巻きにされていた。
首から下は繭玉のようになっていて、張り巡らされた糸でハンモックのように宙に浮いている。
ビックリして飛び起きようとしたが、びよんびよんと上下に揺れるだけだった。
「な……なんなのだこれは!? なんなのだーっ!?」
騒いでいると目の前に、巨大で黄金のシルクミナス……そう、シルクラースが現れた。
巨大な昆虫というのは恐ろしいものだが、不思議とナナホシは怖くなかった。
「もしかして……わらわのケガを治してくれているのか?」
シルクラースは答えない。ただ黙ってじっと、ナナホシを見つめている。
「おい、こっちだ! なにかいるぞーっ!」
声がしたほうを見ると、村人らしき者たちが森を探索しているようだった。
シルクラースとシルクミナスは飛び去っていく。
するとナナホシを包んでいた糸はしゅるしゅるとほどけ、身体はゆっくりと降下する。
母親が、抱っこしていた子供を床にやさしく座らせるように、お尻から地面に着地するナナホシ。
「あ……!」
ナナホシはその体勢のまま空を見上げ、シルクラースたちを見送る。
彼らがいなくなるのと入れ違いに、村人たちが集まってきた。
「あっ、いたぞ! ナナホシ様だ!」
「よかった、ご無事だったのですね!」
「崖から落ちたと聞いて、村じゅう総出で探していたのです!」
ナナホシはそのままタンカに乗せられ、村長の家……そう、オシドとリフフの家に運び込まれた。
オシドとリフフはナナホシを布団に寝かせ、村の医者を呼んで手厚い看護をする。
「なにがあったのか、覚えていないのですか? お身体のほうはなんともないようですが、あの高さから落ちたショックで、記憶が一時的に無くなっているのかもしれませんな」と医者。
オシドとリフフは、安堵のため息を漏らす。
「オソレヤマの頂上から落ちて、かすり傷ひとつ無いとは……奇跡ですな」とオシド。
「ワルメシアン筆頭大臣には連絡しておきますから、すぐにお迎えが来ると思いますよ」とリフフ。
それから少しして、どかどかと廊下を踏みならす音が近づいてくる。
「ナナホシ様、ご無事でしたか」とワルメシアン。
「お父上は残念でしたが、ご無事でなによりめしあ」
ワルメシアンの隣には、アパーレがいた。
「アッパレ! お初にお目にかかります、ナナホシ様! フーリッシュ王国の魔導装置大臣のアパーレでございます!」
アパーレは挨拶もそこそこに、取り出したチョーカーをナナホシに着けさせようとする。
「聞けば、記憶喪失だとか! こちらは私が開発した、記憶を取り戻せる魔導装置でございます! ささ、どうぞ!」
「ぶ、無礼者! いきなりなにをするのだ!?」
ナナホシは抵抗しようとするが、本来は止める役割のワルメシアンも手伝って、チョーカーをはめさせられてしまう。
カチッ……! とチョーカーの金具が組み合う音を立てた途端、ナナホシの瞳から光が消えた。
















