95 VSギドラ男爵
シルクラースの怒りが強制的に鎮められ、まわりの炎が消え去ったおかげで、頂上の気温はだいぶ下がった。
ユニバスは、地面で羽根を休めている傷だらけのシルクラースに向かって歩いていく。
しゃがみこんで、労るように言った。
『キミを助けるためとはいえ、手荒なマネをしてすまなかった。でも、もう大丈夫だ』
するとシルクラースは、言葉が理解できているようにコクリと頷く。
頷いたあとその口から、黄金の糸を出す。それは天の羽衣のようになって、シルクラースの身体を包み込んでいた。
『きれい……!』
目を見張る精霊姫たちに、ユニバスは言う。
『シルクラースの糸には癒しの力がある。傷付いたときは、こうやって羽衣状にして身体にまとうんだ』
『そうなんだ……』とティフォンは、はぁっ、と熱っぽいため息をつく。
『心臓がまだ、バクバクしてる……! なんだか喉かわいちゃった! イズミちゃん、お水ちょーだい!』
『かしこまりました、どうぞ』
差し出されたイズミのひとさし指を、ちゅうちゅう吸うティフォン。
指を吸われているイズミは、火照った頬を押さえながら言う。
『わたくしも、かつてないほどに胸が高鳴りました……』
『怖い思いをさせてわるかったな』とユニバス。
『いいえ。ギドラ男爵様は確かに脅威ではありましたが、怖くはありませんでした。ユニバス様とともに灰になれるのでしたら、わたくしにはもったいないくらいの栄えある最期だと思っておりましたので』
『それよりも……』と恥ずかしそうに目を伏せるイズミ。
『ギドラ男爵様に立ち向かうユニバス様のご勇姿は、あまりにもりりしすぎて……。危うく、ときめき死するところでした……!』
プハッとイズミの指から口を離すティフォン。
『うん! いつもやさしいユニバスくんが、あんなに強気に出るなんて……! いつもと違うユニバスくんに、本当にドキドキしちゃった!』
息継ぎのように言ってから、またイズミの指に吸いつく。
『なんだ、そんなことか』とユニバス。
『モンスターっていうのは、精霊や人間の弱い心に敏感なんだ。怯んだりすると心の隙間に入り込んでくるから、傲慢なくらいの態度で接するのがいいんだよ』
すると後ろから、ギドラ男爵の声がした。
『バカめ! すでに勝ったつもりでいるのか!』
振り向くと、頭蓋骨だけになったギドラ男爵がいた。
メラメラと燃え、人魂のように浮いている。
『たかが人間に、悪魔を殺すのは不可能なのだ!』
ティフォンがギドラ男爵に、トトトトと走り寄る。
水を口の中に溜めていて、膨らんだフグのような顔になっていた。
ギドラ男爵めがけ、ピューッ! と口から水を吐きかけたのだが……。
……ボンッ!
水を浴びたギドラ男爵から小規模な爆炎がたちのぼり、ティフォンは髪の毛先を焦がされる。
トドメを刺したつもりなのに反撃されて、ティフォンはひっくり返ってしまった。
『わあっ!?』
『フハハハハハハハ! バカめ、獄炎に水は効かぬ! むしろ我が炎をより滾らせるのだ!』
『ええっ!? 炎なのに水が効かないなんてズルイ!』とティフォン。
『そうだ、発破を……!』と荷車に飛んで戻ったのだが、『ああっ!? もう無い!』と品切れに気づく。
『水も効かず、発破も無い……ということは、もはや手詰まり……?』とイズミ。
『そうやって、せいぜい手をこまねいていろ! 我が獄炎の火勢は息を吹き返している! 完全復活した時こそが、お前たちの最期だ!』
『そ、そんな……!?』と、絶望に支配されるティフォンとイズミ。
ユニバスが、ギドラ男爵と精霊姫たちの間に割って入った。
『そうやって、さも絶望的であるかのように見せかけて、心の隙間を作る。それがお前らのやり方だよな』
その手には、小さな革の水筒のようなものがあった。
『フハハハハハハハ! その水筒で鎮火しようというのか! たとえその中身が伝説の秘薬だったとしても、我が獄炎は消えぬ! 絶対に! 絶対にだ!』
『そんなたいそうなものじゃないよ。三下悪魔に使うには、ちょっともったいないけど』
『なにっ!?』
『ほらよ』
ユニバスは水筒の中身を、ギドラ男爵にぶちまける。中身は白くネバネバした液体で、ギドラ男爵が浴びた途端。
……ジュゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!
白煙があがり、息を吹き返しつつあった炎があっさり鎮火する。
『はぎゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』
ギドラ男爵はふたたび地面に落ちる。
もはや浮かび上がる力はなく、白濁液にまみれて口をパクパクさせていた。
『な、なんだこれはっ!? なんだこれはぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーー!?!?』
『マヨネーズさ』
ギドラ男爵、精霊姫たち、スクリーンの前にいる観客たちが、同時にハモった。
「『まっ……マヨネェズぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』」
ユニバスはタネ明かしをする。
『お前ら炎の悪魔がまとっている「獄炎」……。事あるごとに、普通の炎とは違うってアピールしてるよな。でも、そのタネは単純だ。頭蓋骨の表面から絶えず油が分泌されていて、その油が燃焼しているだけだ。高温の油に水を掛けると水蒸気爆発が起こって火勢が増す。それが、水が効かない理由だ』
ユニバスは水筒を見せながら続ける。
『でもマヨネーズを掛けると、油の温度が下がる。頭蓋骨の表面も覆われて、油が出なくなり……獄炎はあっさり消える』
ポカーンとする精霊姫と観客たち。ギドラ男爵も呆気に取られている。
ユニバスは『さて、と……』と、ただの頭蓋骨になったギドラ男爵を踏みつけた。
ギドラ男爵は泣き叫んだ。
『ぎゃああっ!? や、やめろっ! やめろぉぉぉぉーーーーっ!? 地獄の男爵である私を殺したらどうなるか、わかっているのか!? 地獄の上級悪魔たちが黙っていないぞ! 私よりも何倍も強い悪魔たちが、列をなしてお前を殺しに来るぞっ! だがいま止めれば、それはナシにしてやる! いいのかっ!? 本当にいいのかぁーーーーっ!?』
ユニバスの脳裏に、デストラとシニストラの姿が浮かぶ。
『そうかい。でも上級悪魔なら、ついこのあいだ2匹ほど殺したよ』
『えっ? そ……そうなんですか……?』
急にかしこまるギドラ男爵。
『た……たしかに先日、トコナッツにいるデストラ様とシニストラ様が倒されましたけど……。じ……地獄でも、ご高名なあの方々を……。お前……いや、あなた様が……? い……いくらなんでも、それはウソですよね……?』
『それは本人たちに直接聞けばいいだろ。……あ、そうそう、お前の上司が俺のとこに来たら、言っといてやるよ』
『へっ? な、なんと……?』
ユニバスは極寒の瞳で言った。
『お前は踏みつけただけで死ぬほど弱かった……って』
……グシャッ!
ギドラ男爵はユニバスに踏み砕かれ、マヨネーズの海の中で粉々になった。
スクリーンの前の観客たちは、驚きのあまり真っ白になっている。
「う……うそ、だろ……?」
「いくらなんでも……メチャクチャすぎるだろ……!」
「ぐ……軍隊でも全滅しちまうことがある……悪魔を……!」
「軍隊でも……撃退するのが精一杯の……悪魔を……!」
「倒すのは勇者以外には無理だって言われてた……悪魔を……!」
「た……倒しやがった……!」
「そ……それも……調味料で……!」
それは人類史上の歴史に残る快挙なのだが、スクリーン上のユニバスは喜ぶどころか、残念そうにしていた。
『あーあ、水筒の中身を全部使っちゃった。「追いマヨネーズ」をしたかったのにな』
















