94 VSシルクラース
麓の観客席は、入りきれないほどの人でごった返していた。
町中はもはや誰もおらず、町じゅうすべての人間が集まってきて、スクリーンに注目している。
無理もない。前人未踏の地に、ついに到達者が現れたのだから。
誰もが思っていた。将来そんな人間が現れるとしたら、有名な王国兵士の隊長か、はたまた冒険者ギルドのエースだと。
ブックマークのオッズとしては、1.0000000001倍のような、誰もが知る大本命の人物であろうと。
しかしいまスクリーンに大写しになっている人物は、誰も知らなかった。
「あんなすげぇヤツが、いままで無名だったなんて、信じられねぇ……!」
「U28……名前はなんていうんだろうな……?」
「生きて帰ってきたら、サインをもらっちゃおっと!」
「私なんて、ファンクラブを作っちゃうもんね!」
勇ましい表情で空を見上げるユニバスは、すでに男も女も虜にしている。
シルクラースはゆっくりと高度を下げ、ユニバスを見下ろす。
その全身は炎に包まれ、不死鳥のごとく燃え上がっていて、太陽のような熱気とまぶしさだった。
精霊姫たちは思わず顔をしかめていたが、ユニバスは目をそらさない。
シルクラースの背中にいる人影を、厳しい表情で睨み据えていた。
まばゆく輝く人影が、立ち上がる。
『虫ケラのごとき人間よ、よくぞここまでたどり着いた……!』
その人物……いや、モンスターは、全身が炎に包まれた悪魔だった。
頭はヤギの頭蓋骨のような見た目で、めらめらと炎に包まれている。
身体は、黄金でできた骨格標本のような姿。
本来燃えているのは頭だけなのだが、シルクラースが燃えているので、その悪魔も全身が燃え上がっているように見えた。
『本来は、虫ケラに名乗ることはしないのだが……。はじめての登頂記念に教えてやろう、我が名はギドラ男爵! 獄炎をまといし最強の悪魔なり……!』
「あ……悪魔だぁーーーーっ!?」
スクリーンの前は騒然となる。
精霊姫たちもその禍々しさに直視できなくなり、ユニバスの胸に顔を埋めていた。
『悪魔を前にするのは初めてか! ならば存分に味わうがいい! 灼熱にして冷徹! 身を焦がされながら震えあがるという、未曾有の感覚を! フハハハハハハハハハーーーーーーーーッ!!』
観客たちはスクリーンごしだというのに、悪魔の迫力にすっかり震えあがっていた。
しかしユニバスだけは、逆に表情を緩めていた。そして、あっさりと言う。
『よかった、三流悪魔か』
ギドラ男爵の笑いが消えた。
『恐怖のあまり、おかしくなったようだな! 死にゆく虫ケラに教えてもしょうがないのだが……特別に教えてやろう! 悪魔は階級によって身体が変わるのだ! この黄金のボディこそが、一流の悪魔である証……!』
ユニバスは肩をすくめながら『たしかに』と同意した。
『一流の悪魔は黄金の身体をしている。純金でできているからな。でも……』
ニッ、とわずかに口角をあげるユニバス。
『お前のそれは真鍮だ』
『……なっ!? なぜ、それをっ!?』
『職業柄、ね』
ユニバスは口元の笑みを、挑戦的な笑いに変えながら続けた。
『俺は一時期、お前のような悪魔と、散髪に行くくらいの頻度でやりあってたことがあるんだ。その悪魔が、どうなったかわかるか……?』
ユニバスは立てた親指で首を横に切る、いわゆる『首切りジェスチャー』をしてみせる。
『どいつもこいつもバッサリさ、長くなった襟足みたいにな』
ギドラ男爵はボディが真鍮だと見抜かれて少し焦っていたが、ユニバスのあまりの物言いに、大言壮語だと見抜く。
『ふ……フハハハハ! これはこれは、驚いた! 悪魔相手にハッタリとは! そうか、人間一匹と精霊二匹、そのうえロクな装備もなしでは、それが精一杯なのだろうな!』
『装備ならあるさ、ちゃーんとな』
ユニバスは左手を斜め上にかざして叫んだ。
『風の精霊よ、盾を!』
それはまるで、出陣の前の王のような一言。
すると少し離れたところに停めてあった荷車から、風で舞い上がるように大きな板が飛びだす。
スクリーンを見つめていた誰かが、口々に言った。
「あ……あれはなんだ!?」
「大きさからいって、大盾だ!」
「そうか、あの大盾で炎の悪魔の攻撃を防ごうっていうんだな!」
「いくらなんでもあの格好じゃ、炎を浴びたら一発で終わりだもんな!」
その大きな板は宙を舞い、掲げていたユニバスの左手に装着される。
扉のように大きなそれはたしかに大盾だったのだが、白日のもとに晒された瞬間、誰もが驚愕した。
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
スクリーンでアップになっていたのは、なんと……!
「なっ……なんだありゃ!?」
「ベニヤ板に、なんか貼ってあるぞ!」
「パイナップルだ! パイナップルの皮だ!」
唖然となる観客たち。
「あんな果物の皮をくっつけた板で、炎の悪魔と戦おうなんて……! 無謀にもほどがあるっ……!」
「あんなの、あっても無くてもいっしょじゃねぇか!」
「や……やっぱり……あの悪魔の言う通りだった……」
「俺たちのヒーローは、恐怖でおかしくなっちまってたんだ……」
「終わりだ……! もう、終わりだぁぁ……!」
あきらめムードが漂う観客席。
ギドラ男爵は怒りを露わにしていた。
『ぐっ……ぐぬぬぬぬっ……! この私を、小馬鹿にするとは……! 人間風情がっ……! 許さんっ! 許さんぞぉーーーーーっ!』
ゴオッ! と激しく燃え上がるギドラ男爵とシルクラース。
精霊姫たちは『ひいっ!?』となっていたが、ユニバスはさらに小馬鹿にするように言う。
『おいおい、そのくらいで怒るなよ。お前はこれからもっと、屈辱的な目に遭うんだからな。だって……』
ユニバスも、かつてないほどの怒りを露わにした。
『俺ぁ、大っ嫌いなんだ……! 精霊をそそのかして利用する、テメェらのようなモンスターが……!』
『調子に乗りおって……!』とギドラ男爵。
『ならば我が全身全霊の獄炎を持って、身の程を思い知らせてやろう……!』
すると、シルクラースが羽根を大きく広げる。
『たかが……人間がぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!』
シルクラースが大きくはばたいた途端、柱のような業火が放たれ、ユニバスめがけて降り注ぐ。
ユニバスはベニヤ板で、その炎を受け止めようとする。
『バカめ! 我が灼熱は骨すら残さぬ! そんな板きれなど、あっという間に消し炭よ! フハハハハハハーーーーーッ!!』
精霊姫たちは最後の抱擁とばかりに、ユニバスをきつく抱きしめる。
ユニバスたちが炎に包まれた瞬間、スクリーンはカッ! と白く飛んだ。
観客たちはへなへなと崩れ落ち、うなだれる。
「お……終わっ……た……!」
真っ白なスクリーンから聞こえるのは、ギドラ男爵の勝利の高笑い。しかしそれは、急に転調した。
『フハハハハハハハ……ハッ……はぁぁぁぁーーーーーーーっ!?!?』
その異変に、観客たちは一斉に顔を上げる。スクリーンに映っていたものに、またしても……!
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
そこにはなんと、盾を構えたままのユニバスが……。
あれほどの火炎放射を浴びてなお、平然と立っていたのだ……!
『ばっ、ばかなっ……!? ばかなぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーっ!?!?』と絶叫のギドラ男爵。
おそるおそる目を開けた精霊姫たちは、まだ生きていることが信じられないようだった。
『えっ……ど……どうして……?』とティフォン。
『なぜ、こんな板で、炎が……?』とイズミ。
『パイナップルの皮は、炎に強いんだ』とユニバス。
ユニバスの頭には、パイナップル串を食べるガミメスの顔と、パイナップルの皮が積まれたゴミ捨て場の景色が浮かんでいた。
『三流の炎の悪魔、その火炎攻撃の温度は、魔導装置の「魔導火炎放射器」と同じくらい。高くてもせいぜい1200度程度しかない。そのくらいなら、パイナップルの皮でも防げるんだ』
ポカンとする精霊姫たちに向かって、ウインク。
『といっても、何度も浴びたらヤバイけどな。さて、二発目がくる前に、反撃といきますか』
ハッとなる精霊姫たち。
『こ……今度はこっちの番だね! こっちには、炎属性に強い、イズミちゃんがいるから……!』
『お……お任せくださいっ!』
『いや、炎の悪魔に水攻撃は逆効果だ』とユニバス。
『えっ、そうなの?』『それでは、どうやって……?』
『コイツを使う』
ユニバスが持っていたのは、トイレットペーパーの芯に黒色火薬を詰め、雷管と導火線を付けたもの。ようは手製のダイナマイトである。
『えっ、それって、ゴミ捨て場で作ってた……!』『発破でございますね!?』
『そうだ。トコナッツの荒野で地の精霊たちが見つけてくれた硝石、オンセントラルの湯ノ花から抽出した硫黄、ゴミ捨て場の廃材を焼いた木炭で作ったものだ』
スクリーンの前の観客たちがざわめく。
「な……なに考えてんだ!?」
「炎に向かって発破なんて、火に油を注ぐようなもんじゃねぇか!」
「や……やめろーっ! やめてくれーっ!」
しかしユニバスはかまわず、ベニヤ板に付いていた残り火で導火線に火を付け、シルクラースに向かって投げつけていた。
ギドラ男爵は飛んでくる発破を避けるどころか、『バカめ!』と嘲り笑う。
『炎の悪魔である私に爆発物など、猫に鰹節を与えるようなもの……!』
……ドッ……カァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
『はぎゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』
炎は一瞬にして消え去る。ギドラ男爵の骨格はバラバラに吹き飛び、燃える頭蓋骨だけが地面に落ちて、テンテンと転がる。シルクラースは墜落し、ズズンと大地を揺るがしていた。
精霊姫たちは、手品を見たような表情になった。
『えっ……?』『な……なぜ……?』
『炎に爆発っていうと逆効果なイメージがあるから、普通はやらないよな。でも爆発というのは強力な風属性の力も持っていて、炎を一気に消し飛ばすことができるんだ』とユニバス。
『すごいすごい! なんでそんなこと知ってるの!?』『寝耳に水のような、豆知識でございます!』
ユニバスは、遠い昔に思いを馳せた。
――勇者パーティにいたころの話だ……。
魔導女のオンザビーチは炎系の魔法しか使えないから、同じ炎属性のモンスターと戦うと、時には苦戦を強いられていた……。
でも精霊たちが教えてくれたこの知識のおかげで、炎属性のモンスターには爆炎魔法が有効だとわかって、楽になったんだ……。
















