93 オソレヤマ4(後編)
レセプルは唇を噛みしめる。
――ほ……本来なら……! 今頃あそこで見下ろして、勝利に笑っていたのは私のはずでしたのに……!
せいぜい、笑うといいですわ……! この敗者を……!
忠義を貫き死んでいく、この精霊を……! 愚かだと、笑うといいですわっ……!
しかしユニバスは、真逆のリアクション。
危機迫る顔で、レセプルに向かって手を伸ばしていた。
『たのむ、風の精霊たち! レセプルたちを助けてくれっ!』
……ビュォォォォーーーーーーーーーーーーーーッ!!
突如として猛烈な風が吹いてきて、レセプルたちの身体をさらっていく。
きりきり舞いになるレセプル。グルグルまわる世界のなかで、水面が迫ってきた。
『ぎっ……ぎにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』
レセプルと冒険者、馬車たちはあわや地面に激突というところだったが、風に飛ばされたおかげで池に落下する。
……ざっ……ぱぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!
巨大な水飛沫があがった。
ユニバスは『ふぅ』と額を拭う。
――あの重さの馬車を風の精霊で浮かせても、地面に激突するのは避けられなさそうだったから……。
とっさの判断で池に飛ばしたんだが、間一髪だったな……。
遥か下の池では、レセプルや冒険者たちがアップアップと溺れている。
ティフォンが不満げなジト目で言った。
『まったく……ユニバスくんってば、本当にレセプルちゃんに甘いよね』
『そうか?』とユニバス。
『激甘だよ。レセプルちゃんはユニバスくんを崖から落とそうとしてたんだよ? それなのに、なんで助けたの?』
『なんでって……俺はいままで、精霊たちが傷付くところを嫌ってほど見てきたんだ。だから、もう見たくないんだよ』
『ユニバス様は、困っている精霊がいたら見過ごせない性分なのですよね』とイズミ。
『そのおかげでわたくしたちもユニバス様とお会いできたのですから、よいではありませんか』
イズミに諭され、ティフォンの不満も和らいでいく。
『むぅ……それもそっか……。まぁユニバスくんも無事だったから、いっか!』
ユニバスは思う。
――俺は、ずっと望んできた……。人間と精霊が対等の立場で……手を取りあい、心の底から笑いあえる世界を……。
もしその願いが叶うのなら……そこに、俺の姿は無くてもいいとすら思っていた……。
ユニバスの瞳の中には、微笑む精霊姫たちがいる。
――でも……この笑顔に会ってからは……。俺もその場所で、笑いあえたらと思うようになった……。
『ありがとう、ティフォン、イズミ』
『え? なんだかよくわかんないけど、ほめられちゃった!』
『もったいないお言葉でございます』
観客席のスクリーンには、花咲くような笑顔が映っていた。
観客たちはカレーナンドッグとカレーパンを手に、スクリーンに釘付けになっている。
「す……すげぇ……すごすぎる……!」
「殺そうとしたヤツらまで、助けるなんて……!」
「度重なる活躍に、あの慈愛……! 超人のうえに、聖人なんて……!」
「あの男……いや、あのお方はいったい、何者なんだ……!?」
スクリーン上のユニバスたちは、ついに『9合目』にさしかかる。
そこはビルのようにそびえる、一枚板の断崖絶壁だった。
これまで観客と化していた司会者のジャンジャンバリバリが、自分の役割を思い出して叫んだ。
『つ……ついに、頂上目前の9合目、そして最大の難関までやってきたじゃん! ここは過去にはフーリッシュ王国の精鋭軍がたどり着いたことがあるけど、みな撤退を余儀なくされてきたじゃん!』
カメラが引いて、スクリーンには絶壁全体が映し出された。
『9合目は、「巨人の鉄板」と呼ばれているじゃん! 全長300メートルもの絶壁! しかも表面温度は低いところでも300度で、まさに鉄板! 高い所では800度で、触れたらあっという間に黒コゲじゃん!』
岩壁はその熱のあまり蜃気楼のように歪んで見えて、表面からはところどころ白煙があがっている。
『いままで多くの挑戦者たちをステーキにしてきた最凶の絶壁! 我らがヒーローは、どうやって……』
と、スクリーン上のユニバスと精霊姫たちは、ここにきて初めてトランスに騎乗する。
『おおーっとぉ! 魔導馬に乗ったということは、撤退を決めたようじゃん! 我らがヒーローも、この鉄板には為す術なしだったじゃーーーーんっ!』
観客席からは、失望と安堵が入り交じったような、複雑なため息が漏れた。
「アイツでも、さすがに『巨人の鉄板』は攻略できなかったか……」
「そりゃそうだろ、最新の魔導装備で身を固めた、フーリッシュの精鋭部隊だって無理だったんだから」
「人間ひとりと精霊2匹であそこまで行けたのだって奇跡なんだから」
「さすがのヒーローも、奇跡の品切れ、店じまいってわけだ!」
「でも、ちょっとは期待してたんだけどな。アイツがもうなにをやっても驚かないって自信があったか……ら……」
彼らの言葉は消え去る。なぜならば、またしても起こっていたからだ。
ユニバスたちは引き返すどころか、トランスに乗ったまま『巨人の鉄板』へ突っ込んでいく。
ぶつかるかと思いきや、トランスはまるで重力を無視するかのように、そのまま絶壁を駆け上がったのだ……!
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
トランスの頭には地の精霊たちがいて、『ハイホーハイホー』と歌声が聴こえてきそうなくらい、楽しそうにスキップしている。
ユニバスや精霊姫たちも楽しそうに歌っていた。
「あっ……あの……! あの、『巨人の鉄板』を……!」
「多くの精鋭たちが、死に物狂いでやっと3メートル登れるような、あの死の断崖を……!」
「ま……まるでハイキングに来たみたいに、楽しそうに登るなんて……!」
「すっ……すげぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
観客席が阿鼻叫喚の渦に包まれているうちに、ユニバスたちは絶壁をあっさり登り切る。
そしてついに『10合目』と書かれた看板のある、頂上へ……!
















