92 オソレヤマ4(前編)
そのころユニバスは、8合目へと向かっている最中だった。
頂上に近づくにつれ、火の粉と隕石が激しく降りしきる。
まるで豪雪の中を歩いているような感覚だった。
そして、不気味な音がずっと鳴り響いている。
頭上からは空が燃えているような音が降り注ぎ、足元からは大地が震えているような重低音が突き上げてくる。
精霊姫たちはユニバスにピッタリと寄り添って歩いていたが、イズミは不安そうにユニバスの服をきゅっとつまんだ。
『なんだか、不気味な感じがいたしますね……』
『モンスターさんもいなくなっちゃったね……』とティフォンも不安そう。
ユニバスは冷静に言った。
『この不穏さは、シルクラースの怒りに他の精霊たちが共鳴しているんだ。モンスターたちがいないのは、その怒りに怖れをなしているんだろう』
見上げると、上空ではシルクラースが鷹揚に羽根をはばたかせて旋回していた。
『やっほーっ! そんなに怒っちゃダメだよーっ!』
ティフォンはシルクラースに向かって、両手を口に添える山びこポーズで呼びかける。
『同じ精霊どうし、仲良くいたしませんかーっ!?』
イズミもそのマネをした。
その仕草がかわいくておかしくて、ユニバスは思わず笑ってしまった。
『怒ってるシルクラースに呼びかけるなんて、ふたりとも怖いもの知らずだな』
『うん! ユニバスくんといっしょなら、怖くないし!』とガッツポーズをするティフォン。
『ユニバス様とご一緒できるのでしたら、清水の滝からも飛び降りる所存でございます』と胸に手を当てて語るイズミ。
彼らは知らない。背後から、冒険者ギルドの馬車が猛追していることに。
それは6合目を通過し、7合目の坂道を駆け上がっているところだった。
これまでこの山はデコボコ道で、馬車どころか魔導馬も入れなかったのだが、ユニバスが道をならしたので、いまでは馬車でも登れるようになっている。
冒険者ギルドの馬車は1台だけだったが、その中は冒険者ですし詰め状態。
外にも多くの冒険者たちが掴まっていて、さながら途上国の列車のようになっていた。
馬車の屋根では、レセプルがひとり仁王立ちになっている。
片手には耐炎装備なのであろう、大きな婦人傘をさしていた。
レセプルは上方遠方にいるユニバスたちの姿を見つけると、腰に当てていた手をビシッ! と前に突きだし、標的を指で示した。
『おりましたわ! あの男はギルドカードを偽造し、冒険者ギルドの一員の名を騙った不届き者! 倒した者にはランクアップの推薦をしてさしあげましょう!』
馬車にいたのは、どれもゴロツキのようなガラの悪そうな冒険者ばかり。彼らはレセプルの一言に、暴れ馬のごとく鼻息を荒くする。
『よーし! アイツをヤッちまえば、ランクアップさせてくれるんだな!』
『しかも、9合目の新記録も俺たちのもんになるぞ!』
『そうか! 新記録の手柄も加わったら、2ランクアップも夢じゃねぇな!』
『でもよぉ、相手はとんでもねぇ強さなんだろ!? 俺たちで勝てんのか!?』
レセプルは答えた。
『この勢いのまま馬車で突っ込んで、崖から突き落とすといいのですわ!』
『そりゃいいな! あの男がいくら強くても、これだけの重さの馬車で体当たりすりゃ、イチコロだなっ!』
『ひゃっはー! やっちまおうぜーーーーっ!!』
危機が迫っていることに、ユニバスたちはまだ気づいていない。
だが荷車にいたちびっ子たちは、ひと足先に気付いていた。
『なにか追いかけてくるまり』とテマリ。
『うわぁ、虫さんが走るような者たちなのだ! このままじゃ危ないのだ!』とナナホシ。
『そう思うなら、ユニバス様に教えてあげればいいじゃん』とガミメス。
『こんなところで出ていったら、連れ戻されてしまうのだ! というか、無礼者! わらわは女王であるぞ!』
『おおん、ならガミメス、あなたが知らせてあげるといいでしょう』とイドオン。
『ざぁこ、なんであたしが! ってか、無礼者! あたしもお姫様だし! クソザコのイドオンが行きなよ!』とガミメス。
『おおん、イドはもっと劇的なところで、ジャジャーンと出ていく腹づもりなのです』とイドオン。
『まりっ、押さないでぇ!』
ちびっ子たちは、誰が出ていくかで押し合いをはじめる。
そうこうしているうちに、冒険者ギルドの馬車は指呼の距離まで迫ってきていた。
ハッ!? と振り返るユニバスと精霊姫たち。
『れ……レセプル!?』『レセプルちゃん!?』『レセプル様っ!?』
レセプルは勝利を確信したように高笑いする。
『いまさら気づいたところで、もう遅い……! チェックメイトですわ! あなたができることは、勇者様への懺悔のみ! 崖に落ちる時と、地獄に落ちる時、二回に分けて悔いるといいですわ! おーっほっほっほっほーっ!』
ユニバスたちはレセプルを見上げていたので気づかなかったが、このときトランスの荷車の後ろから、テマリの持っていた鞠がぽろりとこぼれ落ちていた。
テマリは『まりっ!?』と手を伸ばしたが遅く、鞠は坂道をてんてんと落ちていく。
そして運良く……いや運悪く、突っ込んできた冒険者ギルドの魔導馬が、その鞠を踏んづけてしまい……。
……ずっ、しゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!!
足を滑らせ、ユニバスたちの目の前で派手に横転してしまう。
巻き込まれた馬車は斜めになって滑り、その上にいたレセプルも傾きながら絶叫した。
『ほっほっほっ……ほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!?!?』
魔導馬と馬車は、レセプルと大勢の冒険者を乗せたまま、崖下に転落。
『たっ……たすけてぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』
冒険者たちは阿鼻叫喚。
空中に投げ出されたレセプルは、絶望的な表情で空に向かって手を伸ばす。
スローモーションになったその世界で、ユニバスと目が合った。
















