91 オソレヤマ3
ユニバスとイズミは背中合わせに立ち、ユニバスは舞踊の男踊りを、イズミは女踊りを披露する。
ユニバスが荒れ狂う荒波を、イズミが穏やかな川のせせらぎを、その身ひとつで表現していた。
『わぁ……!』と見とれるティフォン。
フィニッシュは、ユニバスが取り出した縄をイズミの腰に巻き付ける。
これはユニバスがイズミから受け取っていた縄である。
ユニバスがその縄を力任せに引っ張ると、イズミが、あ~れ~!? と回転した。
バンザイした両手から水芸のように水が吹き出し、宙にいくつもの七色の虹を架ける。
イズミはコマのようにクルクルと回りながらユニバスの元へ戻り、相思相愛のようにひしと抱きあった。
そしてふたりはカメラ目線になり、こちら側に向けた手を大きく広げてこう叫んだ。
『水の癒し……! 救急如律令ーーーーっ!!』
すると広げた両手から、泉の精霊ほどの大きさの、和服姿のリトルナースたちが大量に放出される。
リトルナースたちは『わーっ!』と、かわいい鬨の声をあげながら、負傷者たちに向かって飛んでいく。
そして負傷者にぴとっ、と貼り付くと、酷かった火傷やケガが、ウソのように消えていった。
負傷者たちはみな、キツネにつままれたような表情になっている。
『え……?』
あまりに理解の及ばぬ出来事の連続に、彼らの表情はスンッと抜け落ちた。
光をなくした瞳で己の身体に目を落とし、ぽつりとつぶやく。
『さっきまであった、死ぬほどの痛みが消えた……』
『身体が急に楽になった……まるで、羽根が生えたみたいに軽い……』
『いよいよ、お迎えがきたんだ……』
『目の前にいるのは、やっぱり本物の天使様だったのか……』
兵士と冒険者たちは正座をして、ははーっとユニバスを拝む。
ユニバスは困惑し、ティフォンとイズミは笑顔になった。
するとふと、誰かのお腹がぐぅ~っと鳴った。
ひれ伏していた者たちは、思い出したように口を開く。
『あれ……? おかしいな……死んだはずなのに、ハラペコのままだ……』
『死者になっても、腹がすくんだなぁ……ああ……ハラ減った……』
『ユニバスくん、わたしもお腹すいちゃった!』とティフォン。
『じゃあちょっと休憩するか。食べものを配ったあとでな』とユニバス。
『やったー!』『はい!』と精霊姫たち。
ふと、ティフォンがあることに気づいた。
『配る、って……。もしかして、たくさん食べものを持ってきてたのは、このためだったの?』
ユニバスは荷車のずだ袋から、いくつもの紙包みを取り出しながら言う。
『そうだよ。大勢の人間が挑む極地のクエストでは、食糧不足を起こしやすいからね』
精霊姫たちは『はぁ~っ』と驚嘆した。
『ユニバスくんって本当に用意周到だよね……。魔導女学院の子たちとのクエストでは、全員分の防寒具を持ってきてたし……』
『本当に、至れり尽くせりの流れる石でございます……!』
それからユニバスと精霊姫たちは、手分けして紙包みを配っていく。
受け取った者たちは、みな感激していた。
『ああ……ふたつも……! ありがとうございます……!』
『すごい……! まだあったかい……! それに柔らかいぞ……!』
『補給食は固くてパサパサしたものが普通なのに……! 最高だぁ……!』
彼らはいそいそと包みを解く。
その中のメニューには、お子様ランチサイズのユニバスの旗が刺さっていたのだが、外れてぽろりとこぼれ落ちた。
しかし旗を気にする者はいない。
誰もが、メニューのほうに目を奪われていたからだ。
ひとつ目の包みに入っていたのは……。
『なんだ、この食べもの……? ナンにウインナー……茶色いソースがかかってるけど……』
『この匂い……初めて嗅ぐのに、たまらなくいい匂いだ……!』
『この匂い、俺は嗅いだことがあるぞ! 王宮の食事会の警護の時、こんな匂いの料理を国王が召し上がっていた!』
『王宮……王様……? ってことは、もしかして……』
ひとあし先にナンカレードッグを頬張っていたティフォンが、『うん、カレーだよ!』と答える。
『えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』
『か……カレーって、あの高級料理の!?』
『そ、そんなバカな!? 上流階級しか食べられない料理を、なんで!?』
『高級料理のカレーを補給食にするなんて、聞いたことないぞ!』
『もー、いいから食べなよ! あったかいうちに!』
ティフォンにそう言われ、彼らは震える唇にナンカレードッグを運ぶ。
あちこちで、パリッ! シャクッ! と美味なる音が響き渡った。
『うっ……うんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』
『なっ、なんだこれ!? なんだこれぇぇぇぇーーーーっ!?』
『うまい! うますぎる! うまいにも程がある!』
『やっぱりここはあの世だ! 天国だったんだ!』
ナンカレードッグをパクつく姿が、観客席のスクリーンに大写しになる。
「う……うそだろ……!」
「カレーの補給食なんて、なんて贅沢なんだ……!」
「やばい、メチャクチャうまそうだ……!」
「あのナンカレードッグ……俺も食ってみてぇ……!」
そしてスクリーン上のティフォンは、ドヤ顔で『チッチッチ』と、立てた人さし指を左右に振っていた。
『驚くのはまだ早いよ! もうひとつの包みのほうも開けてみて!』
『えっ? もうひとつの包みって、同じナンカレードッグじゃないんですか?』
『ナンカレードッグ以上に驚くものって、いったいどんな……?』
ワクワクしながら開けてみると、そこにあったのはキツネ色の揚げパンだった。
『なんだ、ただの揚げパンじゃないですか』
するとティフォンは、またドヤ顔で『チッチッチ』とやる。
『まぁ、食べてみて、食べてみて!』
『はぁ、わかりました……』
『でも揚げパンなんかが、ナンカレードッグより美味しいわけが……』
少し不服そうにしながら、揚げパンを口に運ぶ。
そして、さらなる美味なる音が……!
……サクッ……!
ふわっ、とたちのぼる湯気。
誰もが目を見開いて放心する。やがて天をあおぐと、その頬につぅ、と涙が伝った。
『うっ……うまぁぁ……!』
観客席にいた者たちは、ステージに上がってスクリーンに殺到した。
「な、なんだ、なんなんだ、あの食いものは!?」
「ただの揚げパンじゃないのか!?」
「中になにか入ってるみたいだぞ!?」
「おい、もっと手元に寄れよ!」
誰かのその要望に反応するかのように、気球のカメラが揚げパンを持つ手をアップで映し出す。
そこに映っていたのは……。
「かっ……カレぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「カレーが入った揚げパンだと!?」
「庶民的な揚げパンの中に、カレーを入れるなんて、贅沢にも程があるだろ!」
「あんなすごいパン、王様だって食べたことがないはずだぞ!」
スクリーン上では、精霊姫たちがニコニコ笑顔で揚げパンを頬張っていた。
『「カレーパン」っていうんだよ! 最初見た時はわたしもビックリしちゃった! カレーをパンに包んで揚げるなんて!』『流れる石ゴロゴロでございます!』
ユニバスは言った。
『片手で食べられるナンカレードッグに、もっと満足感を足せないかと思ったんだ。揚げ物って、食べたときの満足度が高いだろ?』
ぐぅ~~~っ!
ステージの前の観客たちの腹が、いっせいに鳴り響く。
「す……すげぇ……すごすぎる……!」
「う……うまそう……うまそうすぎる……!」
「俺もあのナンドッグとカレーパン、食ってみてぇ……!」
「ああ……! いまなら、いくらでも出すのに……!」
と、そこに、タイムリーな呼び声が響いた。
「いらっしゃい、いらっしゃい! おいしいおいしい、ナンカレードッグはいかがですか~っ!」
観客たちは一瞬、幻聴かと思った。だが、声のしたほうを見る。
会場のはずれで、カレイラが『ユニバスカレー』という屋台を引いて呼び込みをしていた。
次の瞬間、カレイラは、観客席の仕切りをなぎ倒して迫りくる観客たちを目にする。
「おいしいおいしい、カレーパンも……えっ、ええええーーーーーっ!?!?」
「ナンドッグをくれーっ!」「こっちはカレーパンだ!」「いくらでも出すぞーっ!」
もみくちゃになるカレイラ。
スクリーンの向こうのユニバスもまた、カレーパンに感動した人々に泣きすがられ、もみくちゃになっていた。
ユニバスと精霊姫たちは、人混みの足元から這い出る。ユニバスは言った。
『こ……これだけ元気なら、もう大丈夫だよな。ティフォン、イズミ、そろそろ行こう』
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そのころ冒険者ギルドでは、相変わらずの行列ができていた。
レセプルはひとり、誰もいないカウンターの椅子に座り、優雅に紅茶を飲んでいる。
勇者のぬいぐるみは人形用の椅子に座らせていて、人形用のテーブルにはちいさな紅茶が置かれていた。
「勇者様、そろそろユニバスの訃報が届くころですわ。あなた様の無念が、ついに晴らされるのです。とっておきのお紅茶で、祝杯とまいりましょう」
そこに、冒険者らしき男が血相を変えて飛び込んでくる。
「た……大変だ! うちのギルドのヤツが、7合目を越えたらしい!」
広場にいた冒険者たちは「なにっ!?」と驚いた。
「ギルドの最高記録は6合目だったのに! ついにやったか!」
「でも、うちのAランクのヤツは重傷を負って、5合目のキャンプに取り残されてるって聞いてるが?」
「それがAランクじゃないんだ! 見たことも聞いたこともない、ランク外のヤツらしい!」
「ランク外!? なんでランク外のヤツが入山してるんだよ!?」
「わからん! しかもソイツは、とんでもないヤツらしい! 耐炎装備も無いのに涼しい顔で登ってて、100匹以上のファイヤーオークの軍勢をなぎ倒して、しかもキャンプの負傷者を一瞬で治したって話だ!」
「なんだそりゃ!? そんなとんでもないことができるのは、SSSランクの冒険者くらいだろう!?」
「いやいやいや! SSSランクといったら世界でただひとり、ブレイバン様だけだぞ! ブレイバン様みたいなお方が、そうそういてたまるか!」
「っていうか、勇者様と同じ力を持ってるようなヤツが、ランク外なんておかしいだろ!」
「そうだそうだ、ありえねぇ! もしホントだったら、判定した受付嬢は永久追放になるほどの大問題だぞ!」
その話をはたで聞いていたレセプルは、ショックのあまり紅茶をひっくり返していた。
レセプルと勇者のぬいぐるみは頭から紅茶をかぶってしまい、「あっつぅぅぅーーーーっ!?」と飛びあがる。
這いつくばり、全身から紅茶の雫をぽたぽた、湯気をほかほかと立てながら、ぐぬぬ……! と拳を握りしめた。
「ゆ……ユニバスめぇ……! 二度ならず、三度までも……! どうやっているのかはわかりませんけど、四度目の奇跡はありえませんことよ……!」
レセプルはカップを頭に乗せたまま、ズダンとカウンターに立つ。
「こうなったら、私自らが出ますわ! 冒険者たちよ、馬車を用意するのです!」
















