90 オソレヤマ2
イチャイチャしている、としか言いようがない様子のユニバスたちは『4合目』にさしかかる。
しかし橋の先はおびただしい数のモンスターでひしめきあっていた。
彼らは群れをなし、遥か遠方に見える『5合目』にあるキャンプに攻め入っている真っ最中。
キャンプはバリケードが張られているのだが、崩されつつあるようだった。
『ファイヤーオークか』とユニバス。
ファイヤーオークとは、名のとおり炎をまとったオークの魔物。
炎のように逆立つ毛に、火の付いた棍棒やヤリ、火矢を武器としている。
ユニバスたちの存在に気づくと、『ブヒィーッ!』と襲いかかってくる。
その数は百をゆうに超えていた。
『ど……どうしよう!?』とティフォン。
こんな時でも、ユニバスは落ち着き払っていた。
『ふたりとも、いつものように力を貸してくれないか?』
ギョッとなる精霊姫たち。
『そ、そんな、無理だよっ!』『わたくしたちの力では、あんな大勢を相手には……!』
『大丈夫、俺を信じてくれ。ただふたりは、しっかりと俺につかまっているだけでいい』
と、ユニバスは迫りくるファイヤーオークたちを睨み据えて言った。
『想いは時に、狂おしきほどの力を生み出す……! 見ろ、ファイヤーオーク! お前たち魔物が決して持ち得ない、愛の力を!』
『愛の力』と呼ばれて、精霊姫たちは勇気百倍。がぜんやる気を出し、ユニバスの首に手をまわして、しっかりと抱きついた。
『よし……!』とユニバス、その髪が逆巻いた。
『ふりおとされんなよぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!』
ユニバスの裂帛の気合いとともに、眼前に水の竜巻が起こる。
炎の精霊にとって、それは並の人間が炎の渦を浴びせられているにも等しかった。
『ギャァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?』
しかも風圧がすさまじく、重量級のファイヤーオークが枯葉のごとく次々と巻き上げられる。
彼らは濡れたマッチのようにしおれた身体になって放り出され、山から落ちていく。
特攻した者はもちろん、放った火矢も弾き飛ばされ、近づくことすらできない。
とんでもない威力に、精霊姫たちも驚いていた。
『す……すごっ!? こんなに威力があるなんて……!?』
『これも、ユニバス様のお力なのですか!?』
『俺の気持ちに、キミたちが応えてくれたからこそだ! この調子で、一気にいくぞっ!!』
『うんっ!』『はいっ!』
まるで庭の掃除でもしているかのように、ゆったりと進んでいくユニバス。
高圧洗浄のような精霊姫の合体攻撃が、こびりついた汚れのようなファイヤーオークたちをみるみる落としていく。
そのあとに残ったのは、スッキリと濡れた誰もいない道。
いっぽう5合目にあるキャンプの兵士たちはバリケードを守るのに必死で、救世主が現れたことにも気づいていなかった。
『だ……ダメだっ! もう持たない!』
『が……がんばれ! ここを突破されたら終わりだ!』
『し……しばらくなにも食べて無いから、力が……!』
『こ……こっちはケガで、もう……限界だ……!』
『が……がんばれ! 応援に……! ぐわっ!』
応援に向かおうとした兵士は、太ももを火矢で射貫かれてヒザをついてしまう。
そして、とうとうバリケードが破られる。
恐ろしい形相のファイヤーオークたちが向かってくる姿に、兵士はまるで戦争映画のポスターのように天を仰いでいた。
背後のキャンプには、絶望に支配された負傷者たち。兵士は天に向かって叫んだ。
『お……俺はいままで、なにも信じてこなかった……! だけどもし、神というのが本当にいるのなら、助けてくれっ……! もし助けてくれたら、俺は一生、あんたを疑わない……! 残りの一生すべてをかけて、あんたに仕えると誓うっ……!』
しかし応えはない。聞こえるのは、迫りくる地響きばかりであった。
『ブヒィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!』
一片の容赦もなさそうな怒号に包まれながら、兵士は思った。
『やっぱり……いない、のか……』
兵士はすべてをあきらめ、すべてを受け入れるように前を向く。
するとそこには、『え?』としか言いようのない光景があった。
ひとりの作業着の男が、こっちに向かってきているのだが……。
男はなにもしていない。ただふたりの精霊を抱いているだけ。
それなのに目の前にいるファイヤーオークたちは、まるで風神の裁きを受けたかのごとく吹き飛ばされているではないか。
兵士は気が触れたかのように叫んでいた。
『かっ……かみさまぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』
観客席では、絶叫する兵士の顔がドアップで映し出されていた。
静まりかえる観客席。
『王じゃなくて……神様だったじゃん……』とつぶやくジャンジャンバリバリ。
兵士はヒザを付いたポーズで気絶してしまった。
キャンプに到着したユニバスは精霊姫たちを下ろし、気絶している兵士と、その奥にあるキャンプを見やる。
キャンプにはタープテントがいくつも建てられていて、中には負傷した兵士や冒険者たちが、足の踏み場もないほどに横たわっていた。
そこは最前線の野戦病棟のよう。治療がまったく行き届いておらず、地獄のような有様であった。
『うう……痛ぇ……痛ぇよぉ……』『熱い……身体が燃えちまう……!』『水……水をくれぇぇ……』
ユニバスの活躍を見ても驚く者はおらず、『ああ……ついに、お迎えがきたか……』と、死ぬ前の幻を目にしたような感想を漏らしている。
『うわぁ、みんな大変そう』と他人事のような顔のティフォン。
『おいたわしいです……』と自分のことのような悲痛な顔のイズミ。
ユニバスはふたりに言った。
『ティフォン、少しでも涼しくするために、みんなに風を送ってくれ。イズミは負傷者たちを治療、あとは水をあげてやってくれ』
『うん!』『かしこまりました!』
ティフォンは両手をかざし、『えーいっ!』と風を放つ。
『ああ……涼しい……!』と負傷者たちは気持ち良さそうにしている。
そこにイズミがやってきて、『ご気分はいかがですか? お水をどうぞ』と吸い飲みに入れた水をくれる。
そして冷たいハンカチで『ふきふき』してもらうと、拭き取られるように傷や火傷跡が消えていく。
『ああ……気持ちいい……!』
負傷者たちにとって、ふたりの精霊姫は天使に見えていた。
『ああ……ありがとう……天使さま……!』『なんと美しい、天使さまたちだ……!』
『エヘヘ、ありがと! って、しっかりして! わたしたちは天使じゃないよ!』『はい、ユニバス様の精霊です!』
そしてここで、問題が発覚する。ユニバスはイズミのわずかな変化を見逃さなかった。
――水の精霊であるイズミの治癒は、体内の水の力を必要とする……。しかしさっきの戦闘で、水を使い過ぎてしまった……。
残りの水では、全員を治すことは無理だろう……。負傷者の数が、想像以上に多い……。
ユニバスはトランスの荷車を見る。そこには補給用として持ち込んだ水瓶があったのだが……。
――ダメだ……! あれだけじゃ、ぜんぜん足りない……!
水が……水がもっとないと……!
ここまで難なくこなしてきたユニバスだったが、初めて焦りを見せる。
なにかないかとあたりを見回し、古井戸を見つけたので駆け寄る。
当然枯れているのだが、それは百も承知。
ユニバスは祈るような思いで、井戸を覗き込み言った。
『井戸の精霊たちよ、聞こえるか? まだ残っているなら、俺の声に応えてほしい……!』
しかしなにも起こらなかった。
観客席からは、疑問の声があがっている。
「あの男は、なにをやろうとしてるんだ?」
「枯れ井戸から水を出そうとしてるんじゃないのか?」
「ええっ、そんなの不可能だろ!」
「当たり前だろ! だからできてないんだよ! でも……」
「あの男なら、やってくれるような気がしたんだが……」
観客席に落胆が走る。
スクリーンの向こうのユニバスも『ダメか……!』と悔しそうにしていた。
――枯れ井戸でも、井戸の精霊が残ってくれているかと思ったんだが……。
『こんな時に、彼女がいてくれたら……』
これは誰にも見えていないのだが、トランスの荷車に掛けられている布がもぞもぞ動く。
端からイドオンのもみじのような手がニュッと出てきて、枯れ井戸に向かって「こいこい」と手を動かした。
すると枯れ井戸の底から、……ゴゴゴゴゴ……! となにかがせりあがってくるような音がしたあと、
……どばっ……しゃぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!
間欠泉のごとく、水が吹き出したっ……!
「『えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?』」
これには現場の負傷者たちと、スクリーンの前の観客たちが同時に叫んでいた。
しかしそれよりも、キャンプに恵みの雨が降りはじめたことで、驚きは狂喜に変わる。
『み……水だっ……! 水だぁぁぁぁーーーーっ!』
『あ……あ……ああっ……! 生き返る……!』
『た……助かった……助かったぁぁぁぁーーーーっ!!』
『わあっ! すごいすごい、ユニバスくん!』とティフォン。
『イドオンソードもナシで枯れ井戸から水を出すなんて! イドオンちゃんもビックリだよ!』
『いや、これは俺がやったことじゃ……』とユニバスは困惑していたが、『いや、いまはそれどころじゃないな!』とイズミの所に向かう。
雨をポカンと見上げているイズミの手を取った。
『これだけの水があれば、みんな一気に治せるはずだ! やるぞ、イズミっ!』
『は……はいっ!』
















