89 オソレヤマ1
ユニバスがオソレヤマに踏み込んだと同時に、上空の『蝶の気球』にいるカメラマンがその姿をとらえていた。
麓の観戦場にある巨大スクリーンでは、ユニバスの顔がアップになって映し出されている。
ステージの上にいる司会者はマイクに向かって『おおっとぉ!』と声をあげていた。
『ジャンジャン、バリバリィーーーーッ! 新しい挑戦者が現れたじゃーーーーんっ!』
その人物は、かつてワースワンプ王都のダンス大会の司会進行をしていたジャンジャンバリバリである。
『ゼッケンはU28! 予想オッズは……なんとなんと、過去最高の300万倍じゃーーーーん!』
ステージには巨大スクリーンと同じくらいの大きさの出馬表があり、そのいちばん下に新しいプレートが付けられる。
『名前:U28 所属:冒険者ギルド 倍率:3,000,000』
『当てれば億万長者間違いナシの、過去いちばんの大穴じゃん! 投票の締め切りはU28が1合目に到着するまで! さぁ、はったはったぁーーー!』
しかし観客たちは誰ひとりとして動かなかった。
「いや、アイツはどう見たってダメダメだろ!」
「耐炎装備も着けてねぇし、あんなに荷物を運ばされてるってことは、冒険者ギルドの下っ端も下っ端だな!」
「アイツに金を賭けるくらいなら、噴水にでも投げ捨てたほうがマシだぜ!」
「そうだそうだ! アイツが1合目もクリアできずにリタイアするのに、全財産を賭けてもいいぜ!」
「そら見てみろ! もう道が無くなる! あそこは荷車じゃ通れないぜ!」
スクリーン上のユニバスは山道を登っていた。ちょうど『1合目』の金属の看板があるところで道は途切れ、その先は道とは呼べぬ岩のデコボコになっていた。
先行している兵士たちは装備の重さと悪路に苦戦し、まるで這いつくばるようにして、えっちらおっちらと登っている。
「あれじゃ、引き返すしかねぇな! U28は0合目でリタイアだ!」
「ったく、邪魔だからさっさと帰れよ! この役立たずのド素人が!」
「リータイア! リータイア!」
客席は「リタイアコール」に包まれ、係員はさっそくリタイアの文字を出馬表のU28の欄に付けようとしていた。
しかしスクリーン上のユニバスが地面に向かってこうつぶやいた途端、信じられないことが起こる。
『大地の精霊たち、すまないが少しのあいだ整列してくれないか?』
なんとデコボコが地面に引っ込んでいき、真っ平らな道に……!
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
観客は騒然となっていたが、スクリーンの向こうのユニバスは平然としている。
『みんな、怒りで我を忘れていたかと思ってたけど……まだ、俺のことを覚えていてくれたのか』
地面にそう告げて歩きだす。その後から、精霊姫と魔導馬の荷車が続く。
「な……なんだ、あれ……? 地面が、ひとりでに平らになってくぞ……?」
「まるであの男に、ひれ伏してるみてぇだ……!」
「あの男、魔法使いなのか……? でも、あんなすげー魔法、聞いたことねぇぞ!」
スイスイ進むユニバスは、先行の兵士たちを追い越す。急に道がならされてしまったので、兵士たちはポカーンと立ち尽くしている。
しかし観客たちは、これはなにかの間違いだと思い納得しなかった。
「い……いや! 次の2合目でどのみち終わりだ! あの装備じゃ、降り注ぐ火の粉や隕石に耐えられるわけがねぇ!」
「そうだそうだ! アイツが火だるまになってリタイアするのに、全財産を賭けてもいいぜ!」
「そら見てみろ! さっそく降ってきやがった! ひーだるま! ひーだるま!」
巻き起こる「ひだるまコール」。しかし彼らはまた我が目を疑うことになる。
ユニバスが『2合目』の金属の看板を過ぎたところで、雨あられとなった火の粉や隕石が降ってきた。
ユニバスは見上げて、またしてもつぶやく。
『炎の精霊たち、俺のことを覚えているかい? 覚えていたら、ここを通してほしい』
すると、まるで見えないバリアで覆われているかのように、ユニバスの頭上で火の粉や隕石が軌道を変えたのだ。
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「なっ、なんだあれっ!? なんだあれーっ!?」
「よ、よけてる!? 火の粉や隕石が避けてるぞ!?」
「うそだろっ!? なにがどうなってんだ!?」
観客は騒然となっていたが、スクリーンの向こうのユニバスは相変わらずの表情。
精霊姫たちは複雑な表情だった。
『しょ……正直驚きだけど、このくらいで驚いてちゃ、ビックリがいくらあっても足りないよね』とティフォン。
『はい……このくらいの奇跡は、あの方にとっては日常だと思うほかございません』とイズミ。
ユニバスは振り返り、両手を広げて言った。
『ここから先はどんな危険があるかわからないから、俺のそばにいるんだ』
パアッと顔を明るくする精霊姫たち。
『うん!』『はい!』とユニバスに駆け寄る。
ティフォンはユニバスの右側に、イズミはユニバスの左側に、まるでホームポジションであるかのように寄りそう。
しかしユニバスは『もっとくっついて』とふたりの腰を抱き寄せる。
それだけで精霊姫たちは、憧れのアイドルにハグされたファンのような表情になった。
『う……うん……!』『は……はひっ……!』
そこに、もっともなツッコミが飛んでくる。
『おいおい! なんだテメェは!?』『こんなとこで、見せつけてんじゃねーぞ!』
それはふたり組の兵士だった。
観客席から「終わったな」という感想が漏れる。
「フーリッシュの兵士はああやって、弱そうな冒険者がいると絡むんだ」
「あの山の中ならヤツらが法律みたいなもんだから、やりたい放題だもんな」
「あーあ、荷物をぜんぶ奪われちまったな。アイツ弱そうだから、身ぐるみまで剥がされるんじゃないか?」
「だったら、あの精霊の姉ちゃんたちの身ぐるみも剥がさねぇかな!?」
「みーぐるみ! みーぐるみ!」
湧き起こった「みぐるみコール」は、一瞬で終わりを告げる。
ユニバスの頭上で軌道を変えた隕石ふたつが、兵士ふたりの顔面に直撃したからだ。
『はぶっ!?』『ぐへっ!?』
兵士ふたりは、なにが起こったのかわかっていないような悲鳴をあげてブッ倒れる。
ユニバスは背中の通信機に向かって言った。
『2合目でフーリッシュ兵2名が隕石により負傷、救援を』
『もう、こんな人たちほっとけばいいのに!』とティフォン。
『どなたにもおやさしい……流れる石でございます!』とイズミ。
ふたたび歩きだすユニバス。『3合目』では大勢の兵士たちが立ち往生していた。
そこはもともと金属製の吊り橋があったようなのだが、崩れて柱だけになっていた。
『くそっ! まただ!』と兵士たち。
『橋を直そうとしても、デカイ隕石が降ってきて崩していきやがる!』
『は、早くなんとかしないと! 5合目のキャンプでは、物資がもう無いんだ!』
『負傷者のケガは治せないし、水や食料も尽きてるらしい!』
『そのうえ、4合目からモンスターの軍勢が襲撃してきてる! 急がないと、キャンプは全滅するぞ!』
物怖じしないティフォンは、最初からそこにいたように彼らに話しかけた。
『ふぅん、大変だね。空からどうにかできないの?』とティフォン。
『それはもうやったよ! 何度もやったが、隕石と火の粉にやられちまうんだ!』
『でも町のほうには兵士が大勢いるから、増援に来てくれれば、まだ……!』
『それは無理だ! アパーレ様に何度お願いしても、兵士をよこしてくださらないんだ!』
『それどころかお願いしたら、命令違反で捕まっちまうなんて……!』
『ちくしょう! 俺たちは命を張って戦ってるのに……! ……って、なんだお前?』
兵士たちは、あきらかに異質なユニバスを見て不審がる。
無理もない。他の人間はみな冬山登山かと思うような重装備なのに、ひとりだけハイキングに来ているかのような軽装。
しかも手ぶら……いや、両手に美少女精霊という、まるで『合同ハイキング』のようないでたちだったからだ。
『その……俺に、任せて……』
ユニバスはボソリとそう言って、崖に向かって歩きだす。
『なんだ……?』と、その場にいた兵士だけでなく、スクリーンの向こうの観客までもが不思議そうに見守っていた。
ユニバスは歩みを止めず、こうつぶやいた。
『大地の精霊たち、どうか力を貸してくれ。この先にいる人たちを助けたいんだ』
すると、またしても……!
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
その絶叫は、山の中と観客席で同時に起こっていた。精霊姫まで絶叫している。
ユニバスが崖に足を踏み出した途端、その足元にひとりでに岩の橋が架かっていったのだ。
それはもはや、疑いようのない光景であった。
そう、奇跡。観客席は静まりかえり、誰もがその瞬間に釘付けになっている。
やがて、誰かが言った。
「す……すげ……!」
「お……王だ……!」
「まるで、精霊王だ……!」
大写しになったユニバスは、まさしく王の風格。兵士たちは呆然自失のまま、その後ろ姿を見送る。
しなだれかかる精霊姫たちは、まるで王の側室のように恋い焦がれるまなざしを向けている。
『が……ガマンしてたけど……も……もう無理ぃぃ……! こんなの、ドキドキするなってほうが無理だよぉ……!』
『はひぃ……! このドキドキを止めるには、あなた様に心臓を捧げるほかありません……!』
『はわわわ……』と腰砕けの精霊姫たち。
もはや立っていられないようだったので、ユニバスは腰に回した手で、ふたりをひょいと抱え上げる。
『素敵……! 素敵っ……!』『流れる石でございますぅ……!』
しかしユニバスはすっとんきょうなことを言い出す。
『ふたりとも顔が赤いけど大丈夫か? まわりは暑いけど、ティフォンは平気か?』
『うん……この鎧、耐炎装備だから……』
『そういえばそうだったな。俺も本当だったら暑さでへばってたところなんだが、イズミがいてくれて助かったよ』
『はい……その火照ったお身体、しっかりと冷やさせていただいております……』
















